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舞台



サーカスのテントは規模としてさほど大きなものではありません。

けれども近隣の村や町からも見物客が訪れるのでそれなりに人は集まっていました。

まるい舞台にはまだ薄暗い照明しか使われていません。

客達は今か今かとはじまりを待っています。





ゴーン と低い音が響きました。

舞台の端に立つ派手な服を着た女に一筋の強い照明があてられました。

女はくっきりした笑顔で客に挨拶をすると高い声で司会を始めました。




「それでは今から我々最高のエンターテイメントを御覧いただきましょう、と  その前に」


ここで司会の女は声のトーンを下げ作り物めいた神妙な面持ちで続けます。


「山奥の小さな村に我々が訪れた際、類稀な歌声を持つ天使のような姿をした少年を発見しました。しかしこの少年、実は不治の病を患っており…ああ 大丈夫です、人にうつるものではありません」


ここで女は一度にこりと笑った。


「そう、実はその少年はあと何年も生きることができないのです!」


女はここで言葉をくぎり少し肩を落とす仕草をする。

観客からは「まぁ」とか「そんな」とか同情にみちた嘆息がもれる。



「しかしです、「広い世界を見てたい」という少年の最後の希望を我がサーカスの団長が聞き入れ今その少年は我々の旅の仲間となりサーカスに参加しているのです!皆様は本当に幸運です!命短き少年が魂を削って紡ぐ至上の歌声どうぞご静聴くださいませ!!」




                    ◆




わあああああ

客席から割れる様な拍手が響く

目頭をハンカチでおさえた中年女性

興味深そうに首を伸ばす男

きゃあきゃあ嬉しそうに騒ぐ女



他人の不幸は自分の幸福を引き立たせます。

不幸な人を同情し「可哀想」と思える自分が優しいと思えます。



舞台袖で白い一枚布の民族衣装を着た少年はぼんやりと湧き立つ客席を見ています。


…『命が短い』というのは間違ってはいないんだろうな


…でも、自分が死ぬのは



…『死んでしまう』のではなく『死ななくてはいけない』からだのに


 



簡易舞台から司会者退場


照明暗転(客席の拍手が弱まる)


小さな足音(客席静かにざわめく)


足音・舞台ほぼ中央にて静止(客席ささやき)




沈黙



暗転したままの舞台

弱い照明があたる

白い服が浮きあがる


亜麻色の髪の少年

眩しげにまたたく(客席感嘆や再びささやき声)



沈黙

沈黙

沈黙




少年が静かに息を吸い込む



空白と静寂






空気に融けていたかのように

ゆるゆると声がうまれる


少しずつ少しずつ


静寂を浸していく


いつのまにかそれは旋律を帯びる声に静寂は沈黙し、そして屈する


声は単純な律をなぞり

けれど

空間をいつのまにか支配していく



か細く頼りなく耳を必死で澄まさなければ聞こえないと思われた小さく静かな歌声が

数秒の間にサーカスのテント全体にずっと以前から聞こえていたかのようにまるで違和感なく響きわたる



それは清水のように

それは淡い光のように



透明な歌声


声はするすると高音に昇り

音の波動としか聞き取れないような段階になって尚

それは耳に心地よく


その声はかすれることをしていない



客席は水をうったように静まりかえっている

身動きひとつしない

瞬きすらきっと

忘れているのだろう





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