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左手の小指


テントでフォーと別れ、リノはいつものようにサーカスの舞台用テントの横を抜けて村へと急ぎました。

あたりはまだ明るいのですが夕方の気配がしました。

今日の夕食は芋とベーコンのスープだと家をでる時おばあちゃんが言っていました。


…早く帰って芋の皮むきを手伝わなくちゃ。


リノの祖母は厳しい人でした。

女は料理や裁縫ができなくてはいけないと小さな頃からリノに言い聞かせ育てました。


リノは料理の手伝いが嫌いではありません。

けれど祖母の前で少しでも行儀悪くしようものなら無言で手を叩かれるのが昔からとても恐ろしかったのです。



サーカスのテントからは楽しげな音楽が聞こえてきます。

これから夜の公演が始まるのかもかもしれません。


「おちびちゃん、もうおウチに帰るのかしら?」


突然肩をつかまれ、そっと耳元でささやかれました。

リノは驚き身体をこわばらせました。


「あなたいつもあの子に会いに来てるお嬢ちゃんでしょ?」


精一杯の勇気をふりしぼり振り向くと、そこには妙齢の美女が赤い紅を刷いた蠱惑的な唇の端を上げ嫣然と微笑んでいました。




その女は長く濃い睫毛に縁どられた灰色の瞳をそれはそれは大きく見開き感嘆ともいえる口振りで呟きました。

「あら まあ!なんて可愛らしいお嬢ちゃんだこと!あの女の子みたいな坊やもすみにおけないわね」


そうして驚いたままかたまっているリノの頬を左手でつっつきました。


「若いわ!!このお肌の張り!なあにこの透き通るような透明感!あああぁ…お姉さん嫉妬しちゃうわ」


身を捩り大げさに肩を竦めます。



…なんだろう、なんなんだろう。


害意はなさそうですが変な人です。

リノは走って逃げてしまおうかとちらりと思いましたが小さな頃から失礼な事をしないようにと厳しく育てられたのでそれもできませんでした。


それに少し気になることもありました。


「あの…お姉さん、フォーを知っているの?」


『女の子みたいな坊や』たしかそう言ったはずです。


女は嘆く動作をぴたりと止めもう一度唇の端を上げ、今度はニヤリと笑いました。


「知っているわよ、あの綺麗な男の子。『神へ生贄』なんていう馬鹿げた悪習の犠牲者。」


その言葉にリノはだじろぎ、改めてその女を見つめました。

女は紅い唇を薄く開きクスクスクスクスクスクスクスと止め処もなく、抑揚もなく、まるで感情をなく笑いました。


軽くあごにあてた細い指。


左手


根元から無い


       小指




                    ◆



私達はいつも神の導きに従い

神の恩情により生かされている

祈りなさい

跪きなさい

敬いなさい


迷い戸惑う罪深い私達に

神は許しを与えて下るのです


私達の左手の小指から

神は力をお送りくださいます


私達は神の為に日々を重ねます


貧困や飢えも全ては神の試練

私達は絶望を捨て祈り信じます


私達をいつか死ではなく光の国へと導いてくださる

神を信じて




祈り言葉が駆け巡ります。


左手の小指


運命とか神聖さとか祈りとかそういったものにひどく深くかかわってくる

特別な部位


リノは礼儀に欠ける行為であることも忘れ女の左手を強く凝視してしまいました。



「気になる?」


女はさして気にする風でもなく口元から左手を動かしリノの顔前でひろげます。

指が生えているはずの場所は指がちぎれた様子もなく皮膚はなめらかに綺麗です。


「はじめからよ?生まれた時からなかったの」






リノは驚き女を見上げます。

「はじめから…?」


「そう、私には左手の小指がないの」



にっこり  紅い唇

腕をくみ首をちょこんと傾げる仕草

なめらかな曲線を描く肢体

それを包む薄い絹



「ねぇ、お嬢ちゃん。お友達にならない?おねえさんアナタとお話してみたいわ」


「………」


大人の女性と「お友達」なんて奇妙しな感じです。

けれどもリノは小さく頷きました。


小さな村、父親と祖母という家族の中で育ってその中での価値観や思考しかない自分が最近はひどく矮小に思えるのです。

そうでなくともリノは小柄な少女です。

こんなちっぽけな世界のはずなのに世界の大きさを考えると押しつぶされてしまうような感覚にしばしば陥りました。


…もっと、もっと知らなければいけない。

…『いつか』の為に

…私の大切な『何か』の為に



「私はリノです」


「リノね。おねえさんはアジェル。敬語使わなくていいわ、お友達になるんだから」



傾いていた日が最後に光を地上に与えています。


赤い紅い朱い 

      光

夕方の薄寒い気配の中でその色は燃えているように見えました。







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