終わりの村
古い言語で「終わりの・行き止まりの」という名前の村がありました。その村にはずっと昔から「終わり」があったからです。
「終わり」は大きな岩の裂目でした。
その世界はちっぽけだったので歩いても半年あれば充分一周できてしまいました。もちろん海もあれば山もあります、大きな滝も深い森もあります。しかし世界の裂目は「終わりの村」にあるきりでした。
「終わりの村」は暮しやすい村でした。
一年中暖かく、柔らかい草が一面に生えていて子供達は裸足で走りまわって遊べました。
小さな村ですので村人は皆顔見知りでとても平和でした。
ゆっくり歳をとって、そして灰になるまで。
疑問はありませんでした。深く思考する必要性もなく、日々は穏やかに過ぎていきました。
たまに裂目を見に来る旅人が訪れます。ある者は世界の亀裂に興奮し良い土産話が出来たと喜び、またある者は見に行ったきり戻ってきませんでした。
小さな少女はそんな世界の「終わりの村」で生まれました。
村人の半数がそうであるように彼女は白い肌に金色の髪を持っていました。ただ彼女の髪は誰よりもきらきらと陽に映える素晴らしいもので皆それを褒め称えました。
彼女の名前はリノ。古い言語では「天使」という意味でした。
ある日終わりの村に移動サーカスが着ました。
娯楽や変化に乏しい村ですので村人達、特に子供達はとても喜びサーカスの馬車にかけよりました。
リノも近くで見たいと思いましたが、彼女は少し引っ込み思案でしたし知らない者への恐怖もありましたのでこっそりと様子を伺っていました。
サーカスの馬車は先頭に団長の乗る素晴らしい造りの車があり、その後ろには団員が乗る少し質素なものが繋がっていました。その後ろは衣装や道具の荷馬車、その後ろが動物達の檻のようでした。
大人達は団員達と公演の話しをしていますし、子供達は檻の中にいる珍しい動物に夢中です。
リノも動物の檻を覗いて見ましたが、他の子達を押しのけて近づける程リノは気が強くありませんでした。
ふと、動物達の檻の後ろにもいくつか布の被さった小さな檻がある事に気が付きました。
この中にも動物がいるのだろうかと思い近づいてみましたが、鳴き声など聞こえません。
だからか子供達もその檻の周りにはおりませんでした。
これも道具入れなのかと考えた時、檻の中からチリンと小さな鈴の音が聞こえました。
…ネコ?でもそれにしては檻が大きい。
トラやライオンは入りそうにありませんがネコを入れるには大きな檻です。
リノはそっと分厚い布に手をかけました。
下の方には風で捲れないようにか重しがついてある布です。
気の小さいリノはそっとそっと、本当に少しだけ布を捲ってみました。
すると中でもう一度チリンと鈴の音がしました。
中にいる何かが身じろぎをするような気配が伝わってきました。
リノは恐くなって布から手を放しゆっくり後退りました。
…人が 人が中に居る
布を捲くって見た訳ではありませんが、リノは昔から勘の強い子供でした。
…この檻の中に人が居る。身体を縮こまらせて息を潜めて…
断言はできませんがリノはそう確信しました。
チリン
また鈴の音がしました。
「お嬢ちゃん、まだ準備ができていないから勝手に見てはいけないよ」
突然後ろから少し強い調子で声をかけられ、リノは酷く驚いてふりかえり檻から離れました。
声をかけてきたのはサーカスの団員らしい中年のがっしりした体型の男でした。
気の小さいリノは咎められた事が恐ろしくて、震えながら俯いて謝ると急いでその場を離れました。
家まで走って帰る時も咎められた事が恐くてなりませんでした。
リノは叱られる事に弱い子供でした。
元々大人の言う事をよく聞く良い子でしたから滅多に叱られないのですが、少しでも強い口調で責められると恐ろしくてならなかったのです。
特に両親意外の大人から叱られると自分がとんでもなく悪い子なのだという気持ちになって、何かとりかえしがつかない大変な事をしてしまったような気持ちになって。
何日も何日も胸の中が重くなってしまうのでした。
だから今日も言われた事がなかなか耳から離れてはくれませんでした。
そんな強く咎められた訳ではないのに、リノはそんなに悪い事をしていた訳でもないのに。
リノはそういう子供でした。
◆
ところで
それは丁度13年程前、ちっぽけな世界の中でもとりわけちっぽけなある村でおこなわれました。
「神様へお伺いをたてる儀式」
村で一番の年寄りが村の真ん中にある岩の上に昇り
「神様 神様 私達がもっと豊かに、もっと幸福に暮せるようにするにはどうしたらよいのでしょう?」
「神様 神様 どうぞ私達に天災をあたえないでください、牛や豚や野菜を沢山お与えください」
大体そんなような事を一年に一回お祈りして神様からのお言葉をいただくのです。
神様は村で一番の年寄りに乗移り
「今年は豊作だ」とか
「山の近くに社を建てるが良い」とかおっしゃいました。
が その年は違いました。
「これから産まれて来る赤子がこの岩と同じ背丈になったら『おわり』に放り込め。さもないと村は大変な事になるだろう」
そう、恐ろしい声で年寄りに乗移った神様はおっしゃいました。
丁度その儀式の翌日男の子が産まれました。
その子は古い言葉で「おわり」という意味の『フォー』と名付けられました。
フォーは賢い子供でした。
だから村の中で自分が異質であるという事に小さな頃から気がついてしまっていました。
フォーに両親はいません。
フォーが産まれた日長老から神のお告げを聞かされ、まだ赤子のフォーを抱いて逃げたのです。
そして村人に捕まり両親は亡くなりました。
亡くなった
いいえ 殺されました。
村人は誰もそんな事フォーには言いませんがそんな事は小さな頃から理解っていました。
二親のいないフォーを育ててくれたのはリストムという老賢人でした。
村人達は「災い」であるフォーを育てる事を恐れ村外れに住む変わり者に押付けたのです。
妻も子供も無く、長年書物に埋もれて生活していたリストムはフォーを可愛がりました。
村人や村の子供達は表立ってフォーを苛めたりはしません。
人は恐ろしいものや正体がわからないものには距離をおきます。
関わりをもってしまう事が恐いのです。
それはもしかしたら、迫害や苛めや差別よりもずっとずっと酷い事なのかもしれません。
フォーが近づくと村人は何気無さを装ってその場を離れます。
子供達も遊ぶのを止め走り去ります。
だからフォーは自分は自分の姿が村人と変わり無いと思っていたけれど、もしかしたらみんなにはフォーの事が鬼や化け物みたいに見えているのではないかと何度もリストムに訊ねました。
けれどリストムはそんな事はないというばかりでした。
実際、フォーはとても綺麗な姿形をしていました。
肩程に伸ばしたままの亜麻色の髪は細く真っ直ぐで白い民族服から伸びる手足は形良く、顔は少女じみた風貌でしたが大きく深い翠の瞳が彼の賢さをありありと物語っておりました。
「お前が鬼や化け物に見えるなんて言う者がいたらそやつが鬼や化け物の目を持っているんだろうよ」
そう 悲しい表情でリストムはフォーに言聞かせました。
…もしかしたら、この愛らしい容姿も
村人達があそこまでフォーを忌み嫌う原因の一つかもしれない。
『可愛らしい姿に騙されてはいけない、とんでもない災いを運んでくる悪魔の子』
そう村人達が囁いているのがリストムには聞こえてくるようでした。
フォーが13になった年リストムは病に倒れました。
そう苦しむ事も無く、ほんとうにあっけなく、彼は亡くなりました。
リストムの亡骸を埋めながら泣く事もせずフォーは世界が消えて無くなってしまえばいいと思いました。
それからフォーは1人になりました。
村人はフォーが死んでしまうと困るので食事だけは毎日置いていきましたが、相変らず気味悪そにフォーを見ていました。
フォーはもう理由を知っていました。
リストムがすべて語って逝ったのです。
神のお告げがあった事
村の中心にある岩にフォーの背丈が届いた時「おわり」に行かねばならぬ事
フォーはその事を聞いた後も不思議と悲しくはありませんでした。
自分を可愛がってくれたリストムはもういません。
大事なものなんてありません。
この世界には未練がなかったのです。
今すぐにでもリストムのいるところにいきたかったのですが村人達はそれを許さないでしょう。
だからフォーは待ちました。
誰も話し掛けてはくれない世界で
誰も笑い掛けてはくれない場所で
リストムの残した大量の書物を読みながら終わりを待っていました。
村にある学校には通っていませでしたがリストムがあらゆる事を教えたので
フォーは村の子供よりも知識が格段に豊富でした。
けれどフォーは考えました。
…でも、この行為には何の意味をないんだろうな
だって自分は大人になる前に死ぬのだから
リストムが亡くなって少しすると村人は急に不安を覚えました。
…もし突然フォーが、災いの子供が逃げ出したりしたら
もし突然病で死んでしまったりしたら
村人達にとって、フォーの存在は自分達のすべてを左右するものだったので、本当は「その時」が来るまで箱にでも閉じ込めておきたいぐらいでしたが自分達のすぐ近くに置くのも恐ろしかったので、フォーが生きている事を確かめる手段を考えました。
一日二度の食事は家の前に置いていきますので毎日顔を確かめている訳ではありません。それにフォーはあまり村の方に来たりしませんが突然顔を出されると心臓に悪いと年寄り連中が嘆くので常に居場所を知っておきたかったのです。
数日後、村長がフォーを尋ねてきました。
「これをつけていなさい」
そう 端的に告げると村長は足早に帰っていきました。
フォーはぼんやりと村長の持ってきたモノを見つめました。
小さな鈴がいくつも結び付けられている細い紐が4本。
…4本、という事は手足なんだろうな。
のろのろと紐を手にとりフォーは考えました。
…5本じゃなくて良かった、首にまでつけさせられたら自分はまるで…
そんな事を考えながらフォーはもういないリストムの姿を探しました。
慰めてくれる唯一の人間を探しました。
狭い家の中、どこにもその人がいない事を理解っていながら視線はいつまでも優しかった人を探していました。
それからフォーが動くたびにチリン チリンと鈴が鳴りました。
村の外れに一日中一人でいるフォーはあまり物音をたてない静かな少年だったので、動く度にする鈴の音はひどく耳に障りました。
もうリストムもいないので喋る事をしません。
チリン チリン
鈴だけが静かな村外れに響きました。
修正しながら更新します。
誤字脱字等つながりが奇妙しい箇所があったら「一言」とかで指摘していただけたらうれしいです。




