6.本木に勝る末木なし3 The first is the best.
マジでひょっこり、紅緒が出てきたよ。
どうしよう。逃げようにも、体が全然動かないんだ。
何だか夢みたいだな。
あいつがわずか数メートル先に立って、こっちを指さしているって。
それに、何だかとても怒ってるようで。
僕に向かって、ツカツカと歩いてくるが、それが次第に足早になり。
うっそ。
勢いよく僕に抱きついてきた。
あんなに会いたいと願った紅緒が、抱きついてきたよ。
僕にとってこれはもう、抱きとめるというより抱擁で良いんじゃね?
紅緒の感触。こんなに華奢だったっけ。
こんなに頭、小さかったっけ。
こんなに泣き虫だったっけ。
彼女の懐かしい香りが、鼻腔を満たす。
「わーちゃん。何してたんだよう」
五感全部が紅緒で一杯になる。夢みたいだ。
ああ。幸せ……
そう感じた僕の意識はぶっつり、ここで途切れた。
良い香りだなぁ。
あれはちょうど今頃、帰国して間もない春。
朝だったよな。
「お前ら、頭ン中小六男子で止まってんのかよ」
二人で抱き合って喜んでたら、崇直たかおがそう言ってからかってきたんだ。
悪かったな。
何年も会ってなかったから、お互い頭ン中が出会ったころの小学生に戻ったんだよ。
ほっといてくれ、邪魔すんな。
紅緒にはどうしても直接会って知らせたくて、帰国する事を内緒にしてもらってたんだ。
帰国理由が理由だから、彼女には知られたくなかったんだよ。
僕は十五歳だったが、紅緒は九歳の時事故で両親を亡くしている。
経験しないと分からないよな、これは想像以上にしんどいんだ。
両親の事故死の話はまー爺から崇直に伝わり、結局まー爺がこっちに来て帰国までの手続きをしてくれた。
ホント、まー爺には世話になりっぱなしだな。
帰りたいなら一緒につれて帰るぞとまで、言ってくれたっけ。
崇直たちも、家に来いって何度も何度も誘ってくれてたな。
結局僕はFifth formフィフスフォーム終了まで、学校の寮に残ることにしたんだけどね。
とうとう最後まで素直になれなくて、編入試験日までぶらぶらヨーロッパを旅してたよ。
まー爺の話によると、両親が残してくれた遺産に加え事故の補償金が、どうでも良いけど、暫く暮らせるくらいのお金が入ったようだった。
日本に住んでる時は祖父母が所有するマンションで暮らしてたが、それを相続した時両親は、まー爺に運用方法を相談していたらしい。
そして、僕には両親以外の肉親が居ない。
その両親が居なくなり、僕を心配したまー爺が、代わりに遺産その他の運用を考えてくれたのだ。
まー爺は僕が相続したマンションを転売し、もっと価値が上がると見た土地に別のマンションを建設する段取りを立ててくれた。
「事故の補償金がさ、海外って予想以上でね。人の命には替えられないが」
と、ひと仕事終えたまー爺が話してくれたっけ。
「円高にも恵まれて、条件が良かったんだよ。で、現金も必要だろ、それで一部ローンを組んだんだ。ごめんね」
そう言って見せてくれた通帳には、身分不相応の金額が記入されてて。
月々の支払いも平均給与を遥かに超えてはいたけど、それを考慮してもまー爺のマネジメントには今考えても驚きだな。
四階以下は商業施設で貸出してるから、その家賃収入が今後のローン返済のメインに設計されていた。
分譲以外の部屋の賃貸部分の収入は、僕の生活費と学費用に充てられ、おかげで高校へ通い大学への進学も諦めずにすんだんだ。
新学期が始まって、直ぐだったなぁ。。
ちょうど今時分だよ。
朝、窓の外を見たら交差点に紅緒が一人で立っていたんだ。
僕は急いで着替えて、彼女の後を追いかけたよ、そりゃぁもう必死で。
会いに行くタイミングが合わなくて、コレを逃したらと焦ったよね。
ひたすら駅まで走り続けて、改札でようやく追いついて。
声をかけたのに、紅緒は無視してスタスタ歩いて行っちゃって。
思わず腕を掴んだら、ひどく驚かせてしまったよね。
不審者でも見るような目で、僕を見てたっけ。
でも、お決まりの頭ポンポンでみるみる顔がほころんでさ、あの時も抱きついてきたよな。
「わーちゃん。わーちゃん」って連呼して、僕も嬉しくて一緒に飛び跳ねたっけ。
そしたら、崇直にからかわれたんだ。
「亘。おい」
ざんねーん、頭ン中の小六男子は卒業しましたよ……
「小六男子がどうしたって?」
目の前に崇直の顔。
なんでお前が居るんだ??
慌てて起き上がったら、何故か自室のカウチだった。
「わーちゃん、気分悪くない?」
うわっ、何で紅緒……って、紅緒だよな。
「お水飲む?」
差し出されたグラスを受け取る。
口に運ぶと、食道を伝わって腹に水が降りていくのが実感できた。
かなりのどが渇いてたようで、冷えた水が五臓六腑に沁み渡る。
「お代わり持ってくるね」
そう言ってキッチンへ歩いていくその後ろ姿。
最後に見た時と、ほとんど変わってない。
ん? 何で僕のシャツ着てんだ。しかも下、素足じゃないかよ。
「ベーを抱きかかえたままひっくり返ったって聞いたぞ」
と、崇直のやや棘のある声。
「お前、モヒート一気した後、続けてウイスキーも空けたって、頭沸いてんのか」
やべぇ、あのロック呑んじゃったんだ。




