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あぶはちとらず改稿版 ~全員片思いのすれ違い群像劇~  作者: 井氷鹿
第5章 Grasp all , Lose all.3 1995年 夏 亘編2

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51.縁は異なもの味なもの3 Strange Ties and Sweet Bonds.

 社屋正面玄関前で山下助教授(山下先生)を降ろし、地下駐車場へバイクを停め一階へ上がる。

 正面入り口で待っていた先生と中に入ったら、受付がゲスト用入館証を持って待っていてくれた。

「じゃ、先生急ぎましょう」

 僕もインターンのIDカードを首から下げ、到着したエレベーターへ乗り込む。

「まだ、この本社ビル使ってるんだね」

「来月には新社屋へ引っ越すらしいですよ」

 七階フロアに着くと、廊下が人であふれていた。

 何事? 

 UNIXが止まるとこんなに人が集まるのか。

 作業服姿の人もいる。工事が入るほどの事態だったのか。

 きょろきょろしながら先生とラボまで歩いていたら、後ろから声がした。

「日向!」

 振り向くと、やっぱり先輩だ。

「すまん、来てくれて助かった。悪いな、山ちゃん。こっち、サーバ室の方へ来てくれないか」

「ひらかわぁ~、久しぶり。何があったの?」

 と先生が先輩の肩に手をかける。

「昨夜、HDDの経年劣化を考えて数台入れ替えたんだ。で、RAIDリビルド中に七階フロアの分電盤がショートした」

「うわぁ、そりゃ最悪なタイミングだな」

 うっそ。よりによってそのタイミングでショートするか。

 って、待って、待って。昨夜突っ込んだ僕のジョブ。

「先輩、僕のモジュールは」

「まさかジョブ走ってるHDD交換はしないだろ、平川」

「八台やられたが、すまん日向の突っ込んだ先が対象かまでは確認取れてない」

 うそーーーっ。

 当たってませんよね。

「僕確認してきます。先生は」

「サーバ室で、研究費分働いてくれるらしいから。用があったら内線で連絡くれ」

「体で研究費稼いでくるよ、そっちも頑張れ」

 そう言って、得意の二指の敬礼を決めてくる。

「また、それを言う」 

 と、先輩が先生を睨んで眉間に皺を寄せた。

 が、睨まれた先生は気にも留めず、舌を出して先輩の背中を叩いて、急ぐんだろとサーバ室へと足早に歩いていった。

 先輩もよく二指の敬礼をするけど、あれって先生の影響だったんだ。

 って、そんなのどうでもいいんだよ。

 今夜はシンデレラなんだから、さっさと仕事をこなさないと。

 ラボに入り、X端末を立ち上げる。

 頼むよ!

 ログイン画面にIDとパスワードを打ち込んでエンターキーを叩く。

 左上でカーソルが点滅してる。

 点滅してるぞ、ああ嫌な予感。

 ……カーソルが止まる。

 

 Connection timed out。


 詰んだ……

 HDDの入れ替えなんて、通知来てないよ。

 いや、来てたっけ。


 慌ててガントチャートまで走る。

 設計、詳細設計、開発工程、総合テスト、データ移行、そして保守運用管理。

 ありましたよ、保守運用管理。

 上下の修正が激しくて列が侵食されてる『保守運用管理』欄。

 指でたどっていくと……

 『HDD交換。HDQ群の一部十八時→七時』

 青と赤と黄色。上下列の修正がはみ出たとしても、情報は読めた。

 HDQ群に黄色で何重にも丸が書かれ、下に矢印。

 矢印の下にステイプルで留められた紙がぶら下がってる。


 プリントされたUNIXサーバHDQ(ヘッドクォーター)群のユニーク番号一覧が書かれていた。


 見落としてた。

 いくら上下の修正が激しくても、何色で書かれてたとしても、一番見落としちゃいけない奴だ。

 今、こうやって確認できてんだから。

 

 浮かれて、早く帰りたくて、確認を怠った。

 どうせ、何もないと高を括って。

 そのまましゃがみ込みそうになるが、踏ん張ってデスクに戻り、内線へ連絡を入れる。

「分かった。悪いが今空いてるUNIX(サーバ)はないよ。現在、助教授様が復旧のプロトコルを確認中でね、指示が出るまで動かせない」

 受話器の向こうから、『様は余計だ平川』と叫ぶ先生の声、そこに先輩が『聞こえますって』と情けない声で応戦しているのが聞こえてきた。

 こんな時なのに、なんか笑える。

 わざとらしい先輩の咳払いの後、

「サーバが開き次第知らせるから、それまで翻訳の方頼むわ」

「はい。すみませんでした」

「うん。こっちの手が必要になったら、頼むよ。君は立派な家の戦力なんだから」

 先輩はそれだけ言って、電話を切った。

 叱らないんだ。

 それなのに戦力だなんて、こんな初歩的な人為的ミスを冒したのに。


 いかんいかん。

 落ち込むのは今じゃない。

 頭を振って、雑念を払う。

 頬を叩き、気合を入れて、顔を上げろ亘、前を向け。

 開きっぱなしのドア越しに、邦電のロゴが入った紺色の作業着の作業員が数名、設計図や工具箱を持って走っていくのが見えた。

 あ、そうだ分電盤、この先にあったんだ。

 今頃になって、鼻についてた焼け焦げた何とも言えない匂いの意味に気が付く。

 今から線の確認作業をするのか。一本一本。

 ラボの人員が出払ってガランとした室内。

 昨夜帰ったままの状態が、さらに悪化して椅子なんかがでたらめな方向に向いている。

 現場入りのメンバーは招集できないからな。

 よし。

 落ち込む時間があるなら、目の前の仕事に集中、集中だ。

 まずは、ドキュメントの整理からだ。 

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