51.縁は異なもの味なもの3 Strange Ties and Sweet Bonds.
社屋正面玄関前で山下助教授を降ろし、地下駐車場へバイクを停め一階へ上がる。
正面入り口で待っていた先生と中に入ったら、受付がゲスト用入館証を持って待っていてくれた。
「じゃ、先生急ぎましょう」
僕もインターンのIDカードを首から下げ、到着したエレベーターへ乗り込む。
「まだ、この本社ビル使ってるんだね」
「来月には新社屋へ引っ越すらしいですよ」
七階フロアに着くと、廊下が人であふれていた。
何事?
UNIXが止まるとこんなに人が集まるのか。
作業服姿の人もいる。工事が入るほどの事態だったのか。
きょろきょろしながら先生とラボまで歩いていたら、後ろから声がした。
「日向!」
振り向くと、やっぱり先輩だ。
「すまん、来てくれて助かった。悪いな、山ちゃん。こっち、サーバ室の方へ来てくれないか」
「ひらかわぁ~、久しぶり。何があったの?」
と先生が先輩の肩に手をかける。
「昨夜、HDDの経年劣化を考えて数台入れ替えたんだ。で、RAIDリビルド中に七階フロアの分電盤がショートした」
「うわぁ、そりゃ最悪なタイミングだな」
うっそ。よりによってそのタイミングでショートするか。
って、待って、待って。昨夜突っ込んだ僕のジョブ。
「先輩、僕のモジュールは」
「まさかジョブ走ってるHDD交換はしないだろ、平川」
「八台やられたが、すまん日向の突っ込んだ先が対象かまでは確認取れてない」
うそーーーっ。
当たってませんよね。
「僕確認してきます。先生は」
「サーバ室で、研究費分働いてくれるらしいから。用があったら内線で連絡くれ」
「体で研究費稼いでくるよ、そっちも頑張れ」
そう言って、得意の二指の敬礼を決めてくる。
「また、それを言う」
と、先輩が先生を睨んで眉間に皺を寄せた。
が、睨まれた先生は気にも留めず、舌を出して先輩の背中を叩いて、急ぐんだろとサーバ室へと足早に歩いていった。
先輩もよく二指の敬礼をするけど、あれって先生の影響だったんだ。
って、そんなのどうでもいいんだよ。
今夜はシンデレラなんだから、さっさと仕事をこなさないと。
ラボに入り、X端末を立ち上げる。
頼むよ!
ログイン画面にIDとパスワードを打ち込んでエンターキーを叩く。
左上でカーソルが点滅してる。
点滅してるぞ、ああ嫌な予感。
……カーソルが止まる。
Connection timed out。
詰んだ……
HDDの入れ替えなんて、通知来てないよ。
いや、来てたっけ。
慌ててガントチャートまで走る。
設計、詳細設計、開発工程、総合テスト、データ移行、そして保守運用管理。
ありましたよ、保守運用管理。
上下の修正が激しくて列が侵食されてる『保守運用管理』欄。
指でたどっていくと……
『HDD交換。HDQ群の一部十八時→七時』
青と赤と黄色。上下列の修正がはみ出たとしても、情報は読めた。
HDQ群に黄色で何重にも丸が書かれ、下に矢印。
矢印の下にステイプルで留められた紙がぶら下がってる。
プリントされたUNIXサーバHDQ群のユニーク番号一覧が書かれていた。
見落としてた。
いくら上下の修正が激しくても、何色で書かれてたとしても、一番見落としちゃいけない奴だ。
今、こうやって確認できてんだから。
浮かれて、早く帰りたくて、確認を怠った。
どうせ、何もないと高を括って。
そのまましゃがみ込みそうになるが、踏ん張ってデスクに戻り、内線へ連絡を入れる。
「分かった。悪いが今空いてるUNIXはないよ。現在、助教授様が復旧のプロトコルを確認中でね、指示が出るまで動かせない」
受話器の向こうから、『様は余計だ平川』と叫ぶ先生の声、そこに先輩が『聞こえますって』と情けない声で応戦しているのが聞こえてきた。
こんな時なのに、なんか笑える。
わざとらしい先輩の咳払いの後、
「サーバが開き次第知らせるから、それまで翻訳の方頼むわ」
「はい。すみませんでした」
「うん。こっちの手が必要になったら、頼むよ。君は立派な家の戦力なんだから」
先輩はそれだけ言って、電話を切った。
叱らないんだ。
それなのに戦力だなんて、こんな初歩的な人為的ミスを冒したのに。
いかんいかん。
落ち込むのは今じゃない。
頭を振って、雑念を払う。
頬を叩き、気合を入れて、顔を上げろ亘、前を向け。
開きっぱなしのドア越しに、邦電のロゴが入った紺色の作業着の作業員が数名、設計図や工具箱を持って走っていくのが見えた。
あ、そうだ分電盤、この先にあったんだ。
今頃になって、鼻についてた焼け焦げた何とも言えない匂いの意味に気が付く。
今から線の確認作業をするのか。一本一本。
ラボの人員が出払ってガランとした室内。
昨夜帰ったままの状態が、さらに悪化して椅子なんかがでたらめな方向に向いている。
現場入りのメンバーは招集できないからな。
よし。
落ち込む時間があるなら、目の前の仕事に集中、集中だ。
まずは、ドキュメントの整理からだ。




