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あぶはちとらず改稿版 ~全員片思いのすれ違い群像劇~  作者: 井氷鹿
第4章 Fall between two stools.2 1995年 夏 崇直編

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45.恋愛は銘々稼ぎ2 Love knows no common rules.

「ありがとう。もう思い残すことは無いよ。これで、気持ちが吹っ切れた」

「ああ。そりゃよかった」

 直樹も安心ってやつだ。

 背中を叩いて起きろと促す。

 無意識だろうが、おまえすげー格好で俺の上に座ってるぞ。

「ほら、顔を上げろ。鼻水付けてんじゃねーぞ、ナオ……」

 あっ。

 お前全然吹っ切れてねーじゃんか!


 思わず田中の肩を掴んだら、より赤くなった顔を背けそのまま立ち上がる。

「やっべ。スマンっ」

 そういって、目をそらしたまま赤い顔でルーフテラスへ飛び出して行った。

「わったるくーん!」

 何がわったるくーんだ。

 お前、そのまま亘に絡んだらぶっ殺すぞ、てめぇ。

 分かってるんだろーな、この野郎待ちやがれ!

 慌ててカウチに掴まり立ち上がる。

 外を見たらカーテンが引かれ、テラス窓が全開になっていた。

 部屋より一段と涼しい空気が流れてくる。

 一歩外に踏み出すと、田中が放心したように突っ立っていた。

 屋上の半分近くを占めるバルコニーには、背の高い柵、アクリル樹脂板のスキットルーフが設置されている。

 下側はスモークで高さへの恐怖は半減されてるとはいえ、アクリル樹脂の透明度たるや。

 そのせいで外に出ると、毎回この大パノラマに圧倒されてしまうのだ。

 住宅街の穏やかな灯りが広がり、その照明が遠くまで連なって見える。

 その右手側、遥か新宿の高層ビル群の明かりまで見えた。

 

 「やれやれ」

 オレに気が付き、田中は頭を掻きながら歩き出した。 

 ルーフ中央にはテーブルと椅子が並べてあり、テーブルにはさっき亘が抱えていた大きなボウルのような入れ物が置いてあった。

 氷と一緒にもらってきた、缶チューハイやビール缶が冷やされている。

 田中がそこからまた何か物色しはじめた。

 音がして目をやると、バルコニー左角、最奥にあるドーム型の小屋の影から誰かが出てきた。

 リビングからの明かりだけでは、ここからは暗くてもう誰だか分からないが。


「今、わーちゃんが望遠鏡セットしてくれたよ」

 紅緒の声だ。相変わらず大声で、よく通る。

「土星の輪がすっごくキレイに見えるよ、ほら早く」

 と飛び跳ねながら、手招きするのが分かった。

 屋上には、趣味が高じて亘が建てた小さな天文台がある。

 しっかり屋根はドーム型で、スリットからは屈折望遠鏡のレンズが覗いていた。

 その入り口手前、ご自慢の350ミリ反射屈折式望遠鏡がセットされていた。

 自動追尾装置付きって奴で、架台の極軸を北極星にしっかり合わせるのが大変らしい。

「先に見ていい?」

 と田中が待ちきれなさそうな顔で聞いてきた。

「もちろんナオト先輩、どうぞ」 

 場所を紅緒と入れ替わり、田中が望遠鏡に恐る恐る手をのばす。

「ここに立って、後はココから見るだけ」

 と紅緒が足場を教え、覗くように接眼レンズを指さした。

 望遠鏡の角度に合わせ、見易いように足場が用意してある。

 亘がひょいと体をかがめて、天文台の狭い入り口から出てきた。

「あ、来たな。屈折望遠鏡(こっち)でヴェガに合わせたから見たいならべーと見ると良いよ」

 名前どころか、目も合わせちゃもらえねぇってか。

 直樹でも崇直でも、何でもいいんだけどさ。

 面倒くさい奴だよなお前も。

 亘と入れ違いで、ドームのドアに手をかけ、中に入る。

「わーちゃんありがと」

 亘は紅緒に微笑むと、そのまま田中の横に立った。

「今なら木星も見れるよ。ガリレオ衛星だってこれならイケるんだ」

「ええ、そうなの。衛星まで見れるんだ」

「ちょっと待ってて、今合わせるか……」

 ああ、その望遠鏡でガリレオ衛星見たら世界観変わるぞ田中。

 スケールが馬鹿でかいからな、尺が盛大にバグるんだ。

「建付けが狂ったみたいで、閉まりにくいんだって」  

 不意に紅緒がドアの前に立ってオレの視界を遮った。

「明かりは無いから、開けてても大丈夫ってわーちゃんが言ってた」

 そういって入ってくる。

 かがんで入ってきた紅緒の肩に腕を回して、オレの膝に座らせた。

 真ん中に設置された大口径屈折望遠鏡の可動域に合わせた設計のため、人が立てる空間は限りなく狭いのだ。

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