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あぶはちとらず改稿版 ~全員片思いのすれ違い群像劇~  作者: 井氷鹿
第2章 Fall between two stools.1 1995年 春 崇直編

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19.入り日良ければ明日天気1Red sky at night , sailor’s delight.

「シェフ、アニョーってなんですか」

 ナイス紅緒。亘以外みんな知りたいと思ってるぞ。

「失礼、アニョーは子羊のことです。今日は良いフランス産のアニョーが手に入ったので」

 うぇ〜、女性には営業スマイルで応えるんだ。

 亘の変なツッコミのせいで、とあいつを見たらオレを見て笑ってやがる。

「崇直はラム肉、好物だったよね」

「オ(・)セ(・)ア(・)ニ(・)ア(・)産(・)のラムチョップね」

 このやろう、覚えとけよ。

「ここだけの話なんですが」

 え? 何だシェフどうした。

 頬に手を当て内緒話のようにオレの横で話しかけてきたから、自然とみんな前かがみになって聞き耳をたてた。

「いつもはニュージーランド産のラムなんですよ、実は」

 おいおい、何だか密談っぽくなってきたぞ、イイのかこれで。

「フレンチビストロなのに、ね」

と、ここで意味有りげに微笑む。

「でもクセがなくて、その上いい肉なんですよこれが。しかも安い」

 ですよねー。オセアニア万歳ッス。

「大事なのは食材を上手く調理することですか」

 と合わせるように、紅緒も頬に手を当てシェフに言う。

「そうです、そうです」

 ここで勝負よね、とでも言うように紅緒が腕を見せた。

 それにシェフが大きく頷く。

 わぁ、それキラースマイルだ。紅緒じゃなきゃ惚れちゃうところだゾ。

「ナイショですが、豚は千葉県産なんですよ」

 そうなんだ、と全員がこれには静かに驚いた。

 国産豚、最高ッス。

「では、デザートをお持ちしますね」

 今度は爽やかな笑顔で、あなたモテるっしょ、いろいろ。

「川崎さん、あ、シェフね」

 と田中がシェフが去った方に目線を投げ話しだした。

「W大の法科出てるんだよ。俺らと同じように現役合格したくせに、司法修習生蹴って調理師学校へ行ったんだ 」

 そりゃまた急な方向転換で。

 司法修習生より調理師免許って、すげーなぁ。自由度高過ぎじゃね。

「料理好きが高じたとかじゃないんだよね、理由が」

「W大って、べーの先輩じゃん」

「あたしは法科じゃないよ、わーちゃん」

「知ってる。文転したんだって?」

「うん。第一文学部。来年は日本語の先生だよ〜」

 爬虫類の話は尽きないくせに肝心な情報はからっきしだな。

 小一時間も、何してたんだよお前ら。

 

「変わった人だろ」

 誰がって、あ、シェフ?

「うん?」

「良い顔してたからね。あの笑顔は良いわぁ」 

 おお、言うねぇ紅緒くん。

 誰かさん以外の男も眼中に入るようになったってことか。

「お客様は神様なんて言われてるけど、本来は対等なんだよ」

 亘くん、対等(フェアー)精神、好きだよな。

 そんなこと言って、うかうかしてると鳶に持っていかれっぞ。

「デザートのイル・フロッタント塩キャラメルソースとラベンダー香るクレームブリュレでございます」

 紅緒と田中がイルフロッタント(メレンゲのデザート)、オレと亘がクレームブリュレを選んだ。

「わーちゃん、それ一口ちょうだい。あたしのも取っていいよ〜」

 もう食べる気で紅緒はスプーンを伸ばしながら、自分の皿を亘の方へ差し出してる。

「べー、サンキュー」

 あーあ、爬虫類で仲良しに戻っちまったよ。

 お互いシェアしながら、仲良くまー腹の立つ。

 くそう、田中のヘタレが。ヘビくらい掴めよ、男のくせによぉ。

「笠神、俺の一口食ってもいいぞ~」

「要らんわっ」

 直樹よ、お前の親友はお前の親友だったよ。

 天を見上げたら、ベロを出した直樹にからかわれている様な気がした。

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