【第8章 第10話】 共鳴する四点
北の塔から届く脈動は、レイの持つ測定器を物理的に震わせるほど強まっていた。
塔が自分を「呼んでいる」という不気味な確信を抱きながら、少年はプロの冒険者たちと共に、Level 2の魔獣が潜む最後の埋没地へと向かう。
──掘り起こされる前の装置が放つ青白い光は、まるで「四つ目」が揃う瞬間を待ちわびているかのようだった。
朝八時。
ギルドの会議室に、全員が揃った。
マーカスが地図を広げる。
「昨日の偵察で、北の装置の位置は確定した」
地図の北側、森の奥に印がある。
「深さは一メートル以上。掘削には半日かかる」
エルネストが腕を組む。
「問題は時間だ」
視線が、レイのノートに向く。
「装置の劣化が進んでる。数日か、一週間で止まる可能性がある」
カイラが不安そうに言う。
「止まったら、何が起きるんですか?」
エルネストが首を振る。
「分からん。だが、良いことではない」
マーカスが地図を叩く。
「だから、今日掘る」
トーマスが慎重に言う。
「Level 2が、また来ますよ」
「分かってる」
マーカスが頷く。
「だから、役割を決める」
視線が、レイに向く。
「レイ、お前は測定だけだ」
レイが息を呑む。
「でも——」
「戦うな」
マーカスの声が、低く響く。
「お前が倒れたら、誰が測定する?」
レイが唇を噛む。
「……分かりました」
拳を、ぎゅっと握る。
セラが、そっとレイの手に触れる。
マーカスが続ける。
「俺が前線。トーマスが側面。カイラは回復。アリスは魔法支援」
エルネストが頷く。
「俺は記録だ。レイの測定結果を全部書き留める」
アリスが測定器を取り出す。
「私も測定します。レイさんのと、比較したい」
レイが頷く。
「……お願いします」
マーカスが全員を見渡す。
「Level 2は三体確認。倒したのは二体。残りが一体いる。それに加えて、新規が来る可能性もある」
トーマスが小さく息を吐く。
「厳しいな」
「だが、やる」
マーカスの声が、静かに響く。
「装置を掘る。記号を記録する。そして生きて帰る」
全員が、頷く。
セラが小さく言う。
「……もし、罠だったら」
マーカスが振り返る。
「罠?」
セラが測定器を見る。
「測定器が、呼んでいるんです。北の塔が、レイを」
「もし、それが罠だったら……」
声が、少し震える。
「レイが、引き込まれたら……」
「私、止められません」
静寂。
エルネストが腕を組む。
「可能性はある」
「だが、確かめないと分からん」
マーカスが頷く。
「行くぞ」
森の中を、進む。
ガルムが先頭を歩く。
過労から回復し、いつもの警戒態勢に戻っている。
レイは測定器を手に、周囲のマナを測り続ける。
震えてる。
測定器そのものが、震えてる。
北へ向かうほど、震えが強くなる。
一秒、一秒、一秒。
北の塔と、同じリズムで。
手が、引っ張られる感覚。
北の方へ。
自分の意志とは関係なく。
「……呼んでる」
レイが小さく呟く。
セラが心配そうに見る。
「レイ……」
「大丈夫」
レイが頷く。
「ただ、確かに、呼ばれてる気がする」
「でも、行かないと」
セラが手を取る。
「一緒に、行きます」
「一人で、行かせません」
レイが、セラの手を握り返す。
「……ありがとう」
ガルムが、ぴたりと止まる。
「……ここ」
前方に、昨日確認した岩がある。
その下に、装置が埋まっている。
マーカスが大盾を構える。
「警戒しろ。いつ来てもおかしくない」
トーマスが周囲を見回す。
「今のところ、反応なし」
「だが、油断するな」
マーカスが頷き、岩に近づく。
「掘るぞ」
土を掘る音が、森に響く。
マーカスとトーマスが交代で掘り進める。
レイは少し離れた場所で、測定器を構える。
震えが、止まらない。
一秒、一秒、一秒。
脈動が、はっきり分かる。
アリスが隣で測定器を向ける。
「……やっぱり、反応が違う」
「レイさんの測定器、異常に強く反応してる」
レイが頷く。
「分かります。こっちは、振り切れそうなくらい」
「そっちは?」
「安定してます。強いけど、測定範囲内」
アリスが首を傾げる。
「なぜ……?」
「塔を直してから、変わった気がする」
レイが測定器を見つめる。
「まるで、繋がってるみたいに」
エルネストが記録しながら言う。
「塔と、測定器が、何かで繋がってる」
「それが、同調の理由か」
その時。
測定器の震えが、一瞬止まった。
レイが息を呑む。
「……え?」
そして——
激しく震え始めた。
さっきより、ずっと強く。
「——!」
ガルムが低く唸る。
「……来る」
全員が、身構える。
森の奥から、気配。
大きい。
速い。
Level 2だ。
三体。
灰色の毛皮。
Level 1の倍以上のサイズ。
マーカスが叫ぶ。
「レイ、下がれ!」
「掘削は続ける! 俺たちが食い止める!」
レイが一瞬、躊躇する。
戦いたい。
三回なら、使える。
空気を圧縮して、Level 2を吹き飛ばせる。
セラを守れる。
ガルムを助けられる。
でも——
四回目で、倒れる。
五回目は、死ぬかもしれない。
レイが歯を食いしばる。
測定器を抱えて、後ろへ下がる。
セラが横に並ぶ。
ガルムが前へ飛び出す。
「……戦う」
Level 2の一体が、ガルムに向かって突進する。
ガルムが空気を噛む。
Level 2の首を狙う。
だが、Level 2は速い。
避ける。
反撃。
爪がガルムの肩を掠める。
「——!」
ガルムが小さく呻く。
マーカスが大盾を構えて割り込む。
「こっちだ!」
Level 2が方向を変える。
マーカスの盾に、激突。
鈍い音。
衝撃が地面に伝わる。
マーカスが一歩、後ろへ下がる。
「……重い!」
トーマスが側面から斬りかかる。
双剣が、Level 2の脇腹を切り裂く。
血が飛ぶ。
だが、Level 2は止まらない。
振り向き、トーマスに爪を振るう。
トーマスが後ろへ跳ぶ。
「速い!」
アリスが魔法を放つ。
火球が、Level 2に命中。
爆発。
煙。
だが、Level 2は、煙の中から飛び出してくる。
毛皮が焦げているが、動きは止まらない。
カイラが叫ぶ。
「耐久力が高すぎます!」
もう一体のLevel 2が、掘削中のマーカスたちへ向かう。
ガルムが先回りする。
「……ダメ」
空気を噛み、Level 2の足を狙う。
Level 2が転ぶ。
だが、すぐに立ち上がる。
三体目が、レイとセラの方へ向かってくる。
セラが前へ出る。
「レイ、後ろへ!」
レイが測定器を抱えて下がる。
「セラ!」
セラが地面を蹴る。
Level 2の攻撃を避ける。
だが、Level 2は執拗だ。
追いかけてくる。
レイが、拳を握りしめる。
戦いたい。
でも——
「くっ……」
ガルムが、三体目のLevel 2に飛びかかる。
首に噛みつく。
Level 2が暴れる。
ガルムが振り飛ばされる。
地面に叩きつけられる。
「ガルム!」
レイが叫ぶ。
ガルムがゆっくり立ち上がる。
「……続ける」
再び、Level 2へ向かう。
マーカスが大盾でLevel 2を押し返す。
「トーマス、今だ!」
トーマスが双剣を振るう。
Level 2の首を狙う。
剣が、深く入る。
Level 2が倒れる。
一体目、撃破。
だが——
残り二体が、即座に動く。
一体は掘削地点へ。
もう一体は、レイたちへ。
トーマスが息を切らせる。
「……まだ、終わらない」
カイラが回復魔法を唱える。
ガルムの傷が、少しずつ塞がる。
アリスが再び火球を放つ。
Level 2が、少しよろめく。
トーマスが追撃。
だが、Level 2は反撃してくる。
爪が、トーマスの腕を掠める。
「——っ!」
血が滲む。
カイラが叫ぶ。
「トーマス!」
「大丈夫だ!」
トーマスが後ろへ下がる。
マーカスが前へ出る。
「俺が引きつける! お前たちは攻撃に専念しろ!」
その時。
掘削の音が、止まった。
エルネストの声が響く。
「出たぞ! 四つ目だ!」
レイが振り返る。
岩の下から、装置が露出している。
六つの記号。
四つ目の記号が、欠けている。
でも——
光ってる。
微かに、青白く、光ってる。
まだ、四つ目を掘り出したばかりなのに。
まるで——待ってたみたいに。
レイの測定器が、激しく震える。
振り切れる。
「——!」
レイが息を呑む。
「これ……動いてる……?」
セラが驚いて言う。
「まさか、四つ揃う前に……」
エルネストが叫ぶ。
「レイ、記号を記録しろ! 急げ!」
レイが走り寄る。
ノートを開き、スケッチを始める。
一つ目。
二つ目。
三つ目——
四つ目は、欠けている。
でも、欠けた部分から、光が強く漏れている。
五つ目。
六つ目。
レイが記号をなぞる。
震える手で、線を引く。
その瞬間。
装置が、震えた。
微かに。
でも、確かに。
そして——脈動した。
一秒。
また一秒。
北の塔と、完全に同じリズムで。
測定器が、限界を超える。
レイが呟く。
「……呼んでる」
測定器が、北の方へ引っ張られる。
手が、震える。
「確かに、呼んでる」
「でも――何が?」
装置の光が、少しずつ強くなる。
青白い光が、森の中に広がる。
マーカスが叫ぶ。
「レイ、記録は終わったか!」
「終わりました!」
「なら撤退だ!」
トーマスとアリスが、最後のLevel 2を押し返す。
ガルムが、レイとセラの前に立つ。
「……行け」
全員が、走り出す。
Level 2が追いかけてくる。
だが、ガルムが後ろを振り返り、威嚇する。
「……止まれ」
Level 2が、一瞬躊躇する。
その隙に、全員が森を抜ける。
振り返ると、Level 2は追ってこなかった。
縄張りの境界で、止まっている。
マーカスが息を整える。
「……全員、無事か」
「無事です」
トーマスが腕を押さえる。
カイラがすぐに回復魔法をかける。
「傷、浅いですね。すぐ治ります」
ガルムが、肩の傷を舐める。
レイが心配そうに見る。
「ガルム、大丈夫?」
「……平気」
エルネストが、レイのノートを覗き込む。
「記号、全部記録できたか?」
「はい」
レイがノートを見せる。
六つの記号。
四つ目だけ、欠けている。
でも、その部分に、光の描写が加えられている。
エルネストが頷く。
「これで、四つ全部揃った」
アリスが測定器を見る。
「でも、装置が動き始めてます」
「四つ揃う前に」
レイが頷く。
「……そうなんです」
「まるで、四つ目が来るのを、待ってたみたいに」
セラが不安そうに言う。
「循環が、完成するんでしょうか」
「それとも……」
エルネストが腕を組む。
「分からん」
「だが、何かが起きる」
「それは、確実だ」
マーカスが全員を見渡す。
「今日はここまでだ。ギルドに戻る」
「明日、改めて状況を確認する」
全員が、頷く。
レイが、測定器を見る。
まだ、震えている。
一秒、一秒、一秒。
北の塔と、同じリズムで。
呼んでる。
確かに、呼んでる。
でも、それが何なのか——
誰を、どこへ——
まだ、分からない。
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(8章 第10話 終)
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激戦の末、ついに四つすべての装置が露出し、世界を刻む一秒の鼓動は完全な同期を果たした。
だが、レイの手に残ったのは仮説の証明という達成感ではなく、意志を乗っ取らんとするほどの強烈な「同調」の衝撃だった。
次にレイは、振り切れた測定器の指し示す“北の深淵”で何を確かめるのか。
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