【第8章 第9話】 呼ばれる北
北の塔が深い「赤」へと染まった瞬間、世界を刻む音は不気味な静寂を経て急加速を始めた。
主人公は迫りくる十体以上の魔獣を前に、自らの限界を削る「空気圧縮」の行使を決断する。
──理論が現実の暴力に塗り替えられる中、少年は初めて魔法の真の「代償」を知ることになる。
朝八時。
ギルドの前に、六人が集まった。
マーカス、カイラ、トーマス、アリス、エルネスト。
そして、僕とセラ。
ガルムは、まだ休んでいる。
父さんが「無理させるな」と言った。
僕も、そう思う。
マーカスが地図を広げる。
「昨日の位置を、もう一度確認する」
僕は、昨日のルートを指でなぞる。
「ここです。岩に、埋まってました」
エルネストが頷く。
「深さは?」
「分かりません。表面だけ、見えてました」
アリスが測定器を取り出す。
「反応は?」
「振り切れました」
「……振り切れた?」
「はい」
アリスが自分の測定器を見る。
「私のは、そこまで強くなかった」
「僕のだけ、強いんです」
「……なぜ?」
「分かりません」
マーカスが地図を畳む。
「まず、確認だ。装置の状態。Level 2の数。それから、作戦を立てる」
トーマスが双剣を確認する。
「森の中は不利だ。地形を把握しないと」
カイラが杖を握る。
「回復は、私に任せて」
マーカスが僕を見る。
「お前は、後ろだ。測定器を使え。危険があれば、すぐに言え」
「はい」
エルネストが立ち上がる。
「行くぞ」
森の中。
足音を、できるだけ消す。
トーマスが先頭。
マーカスが中央。
僕とセラが後方。
測定器を、前に向ける。
反応は、強い。
「……近い」
マーカスが手を上げる。
全員、止まる。
風が、揺れる。
木々が、ざわつく。
トーマスが小さく声を出す。
「……動いてる」
「どこ?」
「北西。二つ」
測定器を、北西に向ける。
反応が、跳ね上がる。
「……Level 2、二体」
マーカスが頷く。
「距離は?」
「五十メートル」
「動きは?」
「……こっちに、来てます」
マーカスが剣を抜く。
「迎撃する。トーマス、右。私が左」
トーマスが双剣を構える。
「了解」
カイラが後ろに下がる。
「準備、できてます」
エルネストが杖を握る。
「援護する」
僕は、測定器を握りしめる。
「……四十メートル」
風が、強くなる。
木々が、大きく揺れる。
「……三十メートル」
地面が、震える。
足音が、近づく。
「……二十メートル」
茂みが、割れる。
灰色の毛皮。
Level 1の、倍以上。
二体。
マーカスが叫ぶ。
「来るぞ!」
一体目が、跳ぶ。
マーカスが盾で受け止める。
衝撃。
マーカスが、数歩下がる。
「……重い!」
二体目が、トーマスに向かう。
トーマスが双剣で切りつける。
浅い。
傷が、すぐに塞がる。
「回復してる!?」
エルネストが杖を振る。
炎が、二体目に当たる。
吹き飛ぶ。
でも、すぐに起き上がる。
「……効いてない?」
マーカスが一体目を押し返す。
「硬い! 普通じゃない!」
僕は、呼吸を整える。
マナを、集める。
空気を、圧縮する。
一体目に、放つ。
吹き飛ぶ。
でも、すぐに起き上がる。
「……昨日と、同じ」
セラが横に並ぶ。
「レイ、もう一回!」
「でも――」
「大丈夫!」
僕は、もう一度集中する。
マナを、集める。
空気を、圧縮する。
二体目に、放つ。
吹き飛ぶ。
木に、ぶつかる。
「……効いた?」
二体目が、起き上がる。
でも、動きが、少し遅い。
「……少しだけ」
マーカスが叫ぶ。
「今だ! トーマス!」
トーマスが駆ける。
双剣が、二体目の首に突き刺さる。
倒れる。
動かない。
「一体!」
一体目が、吠える。
マーカスが盾を構える。
「来るぞ!」
一体目が、突進する。
マーカスが受け止める。
でも、押される。
足が、地面を削る。
「……くそ!」
エルネストが炎を放つ。
一体目の背中に、当たる。
吠える。
でも、止まらない。
僕は、呼吸を整える。
マナを、集める。
三回目。
視界が、少し歪む。
でも、止められない。
空気を、圧縮する。
一体目の横腹に、放つ。
吹き飛ぶ。
地面を、転がる。
僕は、膝をつく。
視界が、揺れる。
「レイ!」
セラが、支える。
「大丈夫ですか!?」
「……大丈夫」
一体目が、起き上がる。
でも、動きが、明らかに遅い。
マーカスが剣を振り下ろす。
一体目の頭に、突き刺さる。
倒れる。
動かない。
「……終わった」
マーカスが剣を鞘に戻す。
「全員、無事か?」
トーマスが頷く。
「無事です」
カイラが僕に近づく。
「レイ、大丈夫?」
「……はい」
でも、手が、震えてる。
視界が、まだ少し歪んでる。
カイラが杖を振る。
温かい光が、体を包む。
震えが、少し収まる。
「……ありがとうございます」
エルネストが魔獣を見る。
「Level 2、二体。昨日より、反応が早い」
マーカスが頷く。
「気づかれた。昨日の匂いか、音か」
トーマスが周囲を見渡す。
「他にも、いるかもしれない」
アリスが測定器を向ける。
「……反応、ありません。今のところ」
僕も、測定器を取り出す。
前に、向ける。
反応は、強い。
でも、動いてない。
「……装置の方向だけ、強いです」
マーカスが地図を確認する。
「あと、百メートル」
エルネストが首を振る。
「戦闘の音で、他が来るかもしれない。急ぐぞ」
五分後。
岩が、見える。
大きい。
高さは、三メートル以上。
表面に、記号。
六つ。
僕は、近づく。
手で、触れる。
冷たい。
でも、微かに温かい。
「……これです」
マーカスが岩を見る。
「埋まってる深さは?」
「分かりません」
エルネストが杖で岩を叩く。
音が、響く。
「……深い。少なくとも、一メートル以上」
マーカスが周囲を見渡す。
「掘るには、時間がかかる」
トーマスが地面を確認する。
「土は、固い。石も、混じってる」
アリスが測定器を岩に向ける。
「マナ濃度、異常です。測定器、限界に近い」
僕も、測定器を向ける。
反応が、振り切れる。
「……僕のも、振り切れてます」
エルネストが岩の記号を見る。
「六つ。東西南と、同じだな」
僕は、記号をなぞる。
「はい。でも……」
「でも?」
「四つ目、欠けてます」
「……欠けてる?」
僕は、指で窪みをなぞる。
「ここ。削れてます」
セラが横に並ぶ。
「劣化、ですね」
「はい」
エルネストが岩を見る。
「……劣化が、進んでる」
マーカス「どれくらいだ?」
エルネストが考える。
「……分からん。でも、早い」
「早い?」
「東西南の劣化速度から推測すると――数日か、一週間」
僕は、息を呑む。
「それまでに、掘らないと」
「ああ。止まったら、何が起きるか――」
エルネストが口を閉じる。
――何が起きるか、分からない。
でも、良いことじゃない。
マーカスが岩を叩く。
「掘るには、半日。でも、その間、Level 2が来る」
トーマスが首を振る。
「森の中で、半日は無理だ。逃げ場がない」
カイラが不安そうに周囲を見る。
「もう、来るかもしれません」
エルネストが地図を見る。
「一度、戻るか?」
マーカスが考える。
「……いや。確認だけ、する」
「確認?」
「装置の状態。劣化の程度。それだけ」
マーカスが僕を見る。
「レイ、記号、全部記録しろ」
「はい」
僕は、ノートを取り出す。
記号を、一つずつ描く。
一つ目。
二つ目。
三つ目。
四つ目――欠けてる。
削れた部分を、できるだけ正確に。
五つ目。
六つ目。
「……終わりました」
マーカスが頷く。
「次は、測定だ。アリス、レイ、二人で測れ」
アリスが測定器を岩に向ける。
僕も、同じように向ける。
アリスの測定器――反応、強い。でも、振り切れてない。
僕の測定器――反応、振り切れてる。
「……やっぱり、レイのだけ強い」
アリスが測定器を見る。
「なぜ……?」
僕は、測定器を見る。
光が、脈動してる。
一秒。
一秒。
一秒。
――北の塔と、同じリズム。
「……同じだ」
「同じ?」
「脈動。北の塔と、同じリズムです」
エルネストが目を細める。
「……繋がってる」
アリスが測定器を見る。
「繋がってる?」
「塔と、測定器が、何かで繋がってる」
セラが測定器を見る。
「塔を、直してから……」
「直してから?」
「その後、レイの測定器だけ、北の信号に強く反応するようになりました」
エルネストが頷く。
「……同調、か」
マーカスが首を振る。
「分からん。今は、それより――」
風が、強くなる。
トーマスが剣を抜く。
「……来る」
測定器を、周囲に向ける。
東――反応、弱い。
西――反応、弱い。
南――反応、強い。
「……南! Level 2、一体!」
マーカスが盾を構える。
「距離は!?」
「三十メートル!」
「撤退する! 北へ!」
トーマスが先頭を走る。
僕たちが、後に続く。
足音が、近づく。
地面が、震える。
「……二十メートル!」
マーカスが叫ぶ。
「速い! 追いつかれる!」
エルネストが振り返る。
杖を振る。
炎が、後ろに放たれる。
吠える声。
でも、止まらない。
「……効いてない!」
僕は、呼吸を整える。
でも、視界が、まだ歪んでる。
「レイ、無理しないで!」
「でも――」
「私がやります!」
セラが止まる。
振り返る。
「セラ!?」
Level 2が、跳ぶ。
セラが、横に飛ぶ。
爪が、地面を削る。
セラが立ち上がる。
Level 2が、向き直る。
「……セラ!」
僕は、走る。
前に、出る。
Level 2が、吠える。
セラに、向かう。
僕は、マナを集める。
視界が、大きく歪む。
でも、止められない。
空気を、圧縮する。
四回目。
Level 2の横腹に、放つ。
吹き飛ぶ。
木に、ぶつかる。
僕は、倒れる。
視界が、真っ暗になる。
耳鳴りが、する。
吐き気が、込み上げる。
――これ以上は、無理だ。
体が、分かってる。
五回目は、ない。
「レイ!」
セラの声が、遠い。
マーカスの声。
「レイを、連れて戻れ! 私が時間を稼ぐ!」
トーマスの声。
「了解!」
体が、持ち上がる。
誰かが、背負ってる。
足音。
速い。
視界が、少しずつ戻る。
「……セラ」
「大丈夫です。マーカスさんが、時間を稼いでます」
「……マーカスさん」
「大丈夫。すぐに、戻ります」
十分後。
森の外。
トーマスが、僕を下ろす。
「大丈夫か?」
「……はい」
カイラが杖を振る。
温かい光。
視界が、少しずつはっきりする。
「……四回、使いました」
「四回?」
「限界です。これ以上は――」
マーカスが戻ってくる。
息が、荒い。
「……逃げた。追ってこない」
エルネストが頷く。
「戻ったか」
「ああ。縄張りがあるんだろう」
アリスが測定器を確認する。
「反応、弱まりました。森の中に、留まってます」
マーカスが地図を広げる。
「今日は、ここまでだ」
トーマスが頷く。
「装置の確認、できました。記号も、測定も」
エルネストが記号を見る。
「四つ目、欠けてる。これは、問題だ」
「……問題?」
「劣化が、進んでる。数日か、一週間で、止まるかもしれん」
マーカスが地図を畳む。
「明日、作戦を立てる。今日は、戻るぞ」
ギルド。
マーカスが報告書を書く。
「Level 2、三体確認。二体撃破。一体撤退」
エルネストが記号を見る。
「装置、劣化進行。四つ目記号欠損。数日〜一週間で停止可能性」
アリスが測定データをまとめる。
「マナ濃度、異常値。レイの測定器のみ、振り切れる。北の塔と同期」
マーカスが僕を見る。
「お前、四回使った」
「……はい」
「限界だな」
「……はい」
「明日、お前は戦わない」
「でも――僕が戦わないと――」
「お前が倒れたら、誰が測定する?」
「……」
「測定器が使えないと、装置の位置も分からん。お前の役割は、測定だ」
僕は、拳を握る。
――戦いたい。
でも、マーカスの言う通りだ。
「……分かりました」
マーカスが頷く。
「賢明だ」
エルネストが立ち上がる。
「明日、朝八時。作戦を立てる」
「はい」
夜。
部屋。
セラが窓から外を見る。
「……北の塔、また強くなってます」
僕も、窓に近づく。
赤い光。
脈動。
一秒。
一秒。
一秒。
「……止まらない」
「はい」
「四つ目、掘れなかった」
「明日、掘れます」
「でも、Level 2が――」
「マーカスさんたちが、戦います」
「……僕も、戦いたい」
「レイ、無理です」
「でも――」
セラが僕の手を握る。
「レイ」
「……」
「四回、使いました。限界です。五回目は――」
セラが震える。
「五回目は、魔力が尽きるかもしれません。生命維持に必要なマナまで使ってしまう」
「……」
「だから、無理しないで」
僕は、セラの手を握り返す。
「約束する。無理しない」
「本当ですか?」
「本当」
セラが少し、安心した顔をする。
でも、すぐに不安そうに窓を見る。
「……でも」
「でも?」
「四つ揃ったら、何が起きるんでしょう」
僕は、窓の外を見る。
「分からない」
「循環が、完成するんでしょうか」
「……それとも」
「それとも?」
「別の何かが、起動する」
セラが僕を見る。
「……危険、かもしれません」
「危険?」
「呼ばれて、行って――罠だったら」
「……罠」
測定器を、取り出す。
北に、向ける。
反応が、振り切れる。
――測定器が、震える。
僕の手じゃない。
測定器そのものが、震えてる。
「……何、これ」
セラが測定器を見る。
「震えてます」
「うん」
光が、強くなる。
一秒。
一秒。
一秒。
――まるで、返事してる。
「……怖い」
「レイ?」
「怖いけど、行かないと」
「なぜ?」
「……分からない。でも、行かないといけない気がする」
セラが不安そうに僕を見る。
「……一緒に、行きます」
「セラ――」
「一人で、行かせません」
僕は、ノートを開く。
記号を、見る。
東西南北。
全部、六つずつ。
四つ目――欠けてる。
「……劣化してる」
「はい」
「数日か、一週間で、止まる」
「……」
「止まったら、どうなるんだろう」
「分かりません」
「でも、止まる前に、掘らないと」
「はい」
僕は、ノートを閉じる。
明日。
四つ目を、掘る。
そうしたら――
循環が、完成する。
それとも――
別の何かが、起動する。
どっちだ?
分からない。
でも、確かめないと。
窓の外。
北の光が、また少し強くなった。
一秒。
一秒。
一秒。
止まらない。
測定器が、また震える。
「……呼んでる」
「呼んでる?」
「何かが、呼んでる。僕を」
セラが測定器を見る。
「……それ、危険かもしれません」
「でも、行かないと」
「……一緒に、行きましょう」
「うん」
「一緒に、確かめましょう」
僕たちは、手を取り合う。
明日。
四つ目を、掘る。
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(8章 第9話 終)
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命を削る四度の行使。魔獣の群れを退けた主人公の手に残ったのは、痺れるような疲労と、さらなる巨大な災厄の予兆だった。
赤い光は止まらず、劣化したシステムは今も制御不能なまま「次」へと進み続けている。
次に主人公は、応援すら届かぬこの港町で、何を引き換えにして“次なる脅威”を迎え撃つのか。
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