馬鹿にする試験官を圧倒します
試験が始まった。
内容はシンプルだ。
討伐依頼を模した“模擬依頼”に挑み、実力を評価されるというもの。
とはいえ、あくまで形式的なもので合格の可否は審査員――つまりギルド幹部のさじ加減で決まる。
「この依頼をこなしてこい。草原に現れた盗賊団の残党を追え。報酬は無しだ」
「……報酬が無い依頼って、なんなんだ?」
俺が眉をひそめると審査員と名乗る中年男が鼻で笑った。
「文句あるなら受けなくていい。ま、スキル無しのおっさんが逃げる理由にはちょうどいいだろ?」
……なるほど。
つまりこれは“試験”ではなく“排除”だ。
最初から、俺を落とす気満々というわけか。
俺の隣でグレイが『ムカつくー!』と地団駄を踏み、アリシアが剣の柄に手をかけた。
騎士団長さま、おっかねー。
あとセラも『……ひどいです』とつぶやいた。
だが、俺はそれを手で制し、にやりと笑った。
「いいだろ。受けてやるよ。お前たちが後悔する姿を見られるなら、な」
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依頼現場はチュラスの南西にある草原地帯。
そこで俺たちは不可解な“異変”に遭遇した。
「……魔物の気配が異様に濃いな」
アリシアが剣を抜き、緊張の声を上げる。
「しかも、なにかに操られてるような……」
セラも感じ取っていた。
魔物たちが、まるで意思を持った兵のように整列している。
「お兄ちゃん、あの人たち……」
グレイが指さした先には魔物の背後に立つ1人の人影――――。
「……審査員の男じゃねぇか」
その男は、魔物たちの先頭で口元を吊り上げ、明らかに“こちらの到着”を待っていた。
「さて、ここで死んでもらうぞ。“試験中の事故”ということにしてな」
――――なるほど。
そういうことか。
「つまり、俺を殺す気で試験を設定したってわけだな」
「ギルドに仇なす危険人物を、未然に排除するのは当然の義務だ。貴様のスキル《徳政令》――――あれは危険すぎる。ここで死んでもらうぞクソおっさんが」
なるほどなるほど。
つまり、こいつはもう俺を“消す対象”と見なしているというわけか。
おおよそ俺のスキルを危険視した貴族が情報を流したんだろう。
「この卑怯者! なにしてんのよあんた! 許されるわけないでしょ」
「そ、そうです。あまりにもひどい行いです」
「許さないんだからね!」
アリシアたちの猛抗議にも耳を傾けない。
舐め腐った態度を取り続ける審査員の男。
「だったら――」
俺はゆっくりと右手を掲げる。
「お前の“契約”、全部破棄してやるよ」
スキル《徳政令》、発動。
――――ズン!
空間が震えた。
魔物たちが一斉に硬直し、次の瞬間、バッタリと倒れた。
「な、なに……!?」
「魔物たちとの“命の契約”はすべて破棄された。これでお前の“支配”は終わりだ」
「う、うおおおおおおおッ!?」
審査員の男は慌てて何かの呪文を唱えようとしたが――――その手に宿る魔法の光はたちまち消え去った。
「そっちの契約も解除済みだ」
「ぐ……ぐあああああああ!」
審査員の男はその場に崩れ落ち、泡を吹いて倒れた。
「……やりすぎだよ、お兄ちゃん」
「いや、ギリギリのラインだ。殺してはいない」
「やっぱり、ガクさんは優しいですね……」
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――――翌日。
冒険者ギルドは騒然としていた。
「昨日の試験で、審査員が魔物と違法契約を結んでたってマジかよ!」
「やべえよあいつ、誰かを事故死させようとしてたんだってよ!」
「しかも、それを止めたのが新人のガクとかいう……あのオッサン!」
「聖女さまと騎士団長さまが一緒にいるって噂の……!」
「チートすぎんだろ!」
受付嬢は顔面蒼白で俺に土下座してきた。
「ご、ごめんなさいぃぃぃ……っ! 昨日は本当に、本当にすみませんでしたあああっ!」
「……いや、もういいよ」
さすがに土下座は想定外だったが、まぁ、それだけインパクトがあったのだろう。
審査員の男は、王都へと護送され、重大な違法契約の容疑で起訴された。
そして――――。
「ガク・グレンフォード。冒険者ギルドへの登録、認可された」
幹部らしき老人が頭を下げた。
「あなたはもはや、我々にとってただの新人ではない。敬意を込めて、“冒険者ガク”として迎えさせていただきたい」
その瞬間、ギルドの空気が変わった。
「うおおおお! アグノスの英雄ガクさんだ!」
「やべえ! 俺あの人に憧れてんだよ! いろいろ助けてもらったしな!」
「おい、握手してもらえ!」
「ガクさまー!」
若者たちが俺に群がる。
昨日までバカにしていた連中とは思えないほどの手のひら返しだ。
俺は……にやりと笑った。
「ま、まぁ……悪くないな」
――――こうして、俺の冒険者としての第一歩は想像以上の“伝説”として刻まれることになった。




