地獄爺③
秋貞杏里の逮捕を受けて、幾つか事件に動きがあった。
先ずは野川孤高だ。
「ああ。彼女が犯人だったのですね」秋貞杏里の逮捕を伝え聞いた野川はそう証言した。
「どういうことだ――⁉」と問い詰めると、野川は父親の事故の真相を聞き出す為に仲崎幸太郎を訪ねた。だが、家に入れてもらえず、玄関先で追い払われた――そう証言していた。
そこで、野川は仲崎が外出するのを待ち伏せした。
二時間近く、マンションの近所で待ち伏せしていたと言う。ようよう姿を現した仲崎を捕まええて、父親の事故の真相について再度、問い詰めたが、「知らん!これ以上、しつこつつき纏うと警察を呼ぶぞ!」と仲崎に逃げられた。
その時、路上で二人が言い争う姿を近所の住人に目撃されている。
だが、その後に続きがあった。二人が良い争う姿を見ていた人物は一人ではなかった。その中に若い女性がいた。仲崎がマンションを出て来る少し前、現れた女性は、マンション前で何かを迷っている風で、暫くうろうろしていた。野川が「仲崎~! 仲崎幸太郎だな」と仲崎を呼び止めると、はっとした様子で二人を見守っていたと言う。
野川を振り切って歩き去る仲崎を、若い女性はつけて行った。その姿を野川は見ていた。もし、野川がそのことを警察に伝えていれば、もっと早く事件は解決していたかもしれない。
女性は杏里だったはずだ。和義から仲崎の居場所を聞いて、仲崎を訪ねて父親のことを問い詰めようとしたのだろう。そして、偶然、マンション前で野川と言い争う仲崎を見かけた。
仲崎に追いつくと、杏里は父親のことを尋ねた。
立て続けに過去の悪行を問われ、仲崎は焦ったことだろう。加藤寅雄の事件は既に事故として処理されている。緊急性は低い。中村拓真の事件は、遺体すら発見されていない未解決事件だ。足がつくと面倒だ。それに相手は若い女性だ。組み易し、と考えた。野川も殺してしまうつもりだったのかもしれないが、後回しにした。
そして、杏里は仲崎に後をつけられ、居場所を知られた。仲崎は杏里を殺そうと考え計画を練った。二、三日、間が空いているのは、その間にどうやって殺し、遺体をどう処理するか、考えたからだろう。そして、杏里を尋ねた。
仲崎がどんな計画を練り上げていたのか、今となっては知る由もない。
今まで上手くいっていた。警察にバレることなど無かった。今度もうまく行くと仲崎は考えていたに違いない。
「何故、そのことを話さなかったのだ――⁉」と刑事に叱責された野川は「ふん。あの人が仲崎を殺してくれたのなら、お礼を言いたいくらいだ。何故、俺が彼女を売らなきゃならないんだ」とうそぶいたらしい。
もうひとつ、オカルトめいた話があった。
「聞きたいか? これはな。祐さんが聞き込んで来た話だ」と高島が声を潜めて教えてくれた。
仲崎幸太郎の身辺調査を行っていた小笠原は、背筋の冷たくなるような事実を掴んできた。
「小山豊太郎という人物を知っていますか?」そう小笠原が言った。
「小山豊太郎? さて、どこかで聞いたような気がするけど、誰だったっけ?」
「ほら。例の掛け軸。総督の遺言でしたっけ。事件の発端になった、あの掛け軸ですよ。あれ、中国の高官、李鴻章という人が書いたものですよね。その李鴻章を拳銃で襲った人物が、小山豊太郎なのです」
「へえ~で、祐さん。それがどうかしたのかい?」
「仲崎幸太郎の周辺の人物に聞き込みを行ったところ、仲崎の叔父、仲崎の母の兄だそうですが、その叔父に当たる人物が生きていました。北区に健在です。親戚と言っても、仲崎幸太郎とは全く付き合いがなかったようです。で、この叔父さん、近所では『地獄爺』と呼ばれている変わり者でした。奇矯な人物で、家はごみ屋敷、道行く住人に訳もなく罵声を浴びせかけたりして、町内で鼻つまみ者になっているような人物です。仲崎幸太郎も変わった男だったようですが、血筋なのですかね」
「それで、その地獄爺がどうかしたのかい?」
「この爺さん、自分の曽祖父が犯罪者で、『活地獄』という獄中記を書いたことを自慢して回っていたことから、『地獄爺』と言うあだ名がついたみたいです。調べてみると爺さんの名前は小山で、爺さんの曽祖父が小山豊太郎でした。小山豊太郎は李鴻章を襲った後、裁判の結果、無期徒刑の刑が確定し、釧路刑務所に収監されています。やがて、恩赦を受けて出獄し、東京で妻を娶り生涯を終えたのです。その子孫が地獄爺ということになります」
仲崎幸太郎は李鴻章を襲った小山豊太郎の曾孫と言うことになる。
小山豊太郎の子孫が、弥助の子孫を殺害し、そしてまた弥助の子孫の手に因り復讐され、殺された――ということになるのだ。
「よしてくれよ。祐さん。考えれば考えるほど、因縁めいて背筋がぞっとしてしまう」と高島が悲鳴を上げると、「そうでしょう。だから、高島さんにも教えてあげたくて」と小笠原は楽しそうに言ったらしい。
ちなみに、佐伯はその話を祓川に伝えてみた。それを聞いた祓川の反応は「そうか」の一言だった。




