地上げ屋③
「さて、お次は何処に向かいますか?」
乾清苑を出た佐伯は皮肉混じりに祓川に声をかけた。結局、秋貞にはのらりくらりと言い逃れをされてしまった。
「糸井不動産の社長から話を聞いてみたい」と祓川が言うので、佐伯は高島に電話をして、糸井不動産の場所と連絡先を聞き出した。
「糸井不動産の社長に何を尋ねるのです?」糸井不動産に向かいながら尋ねると、「中村拓真と仲崎幸太郎の関係を調べるのだ」と言う。
「二人の関係を調べることと、糸井不動産の間にどんな関係があるのですか?」
「関係があるのか無いか、それを調べに行くのだ」と堂々巡りになってしまう。
「どういうことでしょう?」と辛抱強く尋ねて、やっと祓川の意図が飲み込めて来た。
仲崎幸太郎の経歴で分かっているのは、妻の真理の交通事故まで警備会社で働いていたということだ。真理の事故死により保険金と賠償金をせしめたことから、会社を辞めマンションを購入している。これがざっと二十年前のことだ。その後、加藤寅雄の転落死が起き、彼が手にしていた配当金が紛失した。更に、その後、金に困った仲崎幸太郎が糸井不動産で地上げ屋をやっていた。
ここまでの間で、仲崎幸太郎と中村拓真が接触した形跡は見られない。
では、糸井不動産で働いていた間と、それ以降で、二人が接触した形跡がないか調べておきたい――ということなのだ。
糸井不動産に、社長の糸井将を尋ねた。
「おや、また刑事さんかい」と糸井は肥満した体を椅子に埋めながら、座ったまま二人を迎えた。
糸井は六十代。福々しくて人が良さそうに見えるが、三日月形の眼が冷たい光を湛えている。若い頃にはギラギラとした目付きだったことだろう。額に幾つもある小さな傷が糸井の過去を物語っていた。
「仲崎のこと? あいつはね、よくない筋から金を借りて困っていた。うちで働くことになったのは、その筋からの紹介だった。意外に使える男でね。あいつには稼がせてもらったよ」糸井はそう言って、「ひひひ」と笑った。
「地上げ屋をやっていたとか?」
「刑事さん。地上げ屋はひどいなあ~彼はうちの非正規社員ですよ」
「非正規社員? 仲崎幸太郎さんが最近、どんな仕事をしていたのか分かっていないのですが、ご存じですか?」
「ご存じもなにも、彼はかれこれ・・・十五年前から、ずっとうちの非正規社員です」
「なるほど~なるほど~お宅の仕事をしていたってことですか?」
「ええ、まあ。もっともうちで仕事がなくなってからは、警備会社で働いた経験があるって言うんで、知り合いのビルで守衛の仕事をやってもらっていました」
仲崎幸太郎が再びビルの守衛として働いていたことを、息子たちは知らなかったようだ。
「ほう~どちらのビルですか?」
「ああ」と糸井は港区にあるビルを教えてくれた。「紹介した当初は毎日、通っていたみたいだけどね。最近はまあ、あの年だ。定年退職状態で、ピンチヒッターみたいなもんだったらしい。毎日、出勤って訳じゃなかった。勤務時間が不規則で、昼だったり、夜だったりしたらしい。だから、あいつがどんな仕事をしていたのか、分からなかったのも無理はないな」
「何時頃からその守衛として働いていたのですか?」
「そうだね~かれこれ十年以上になるんじゃないかな」
「そうですか」と祓川は満足そうに頷いた。
「仲崎さんは大金を持っていたようなのですが、どうやって手に入れたかご存じありませんか?」と祓川が尋ねると、「ああ、きっと、掛け軸だよ」と糸井が答えた。
「掛け軸?」
「いえね。あいつがうちに来た頃、『金がない。利子だけでも払わなければヤバイ。何とかしてくれ』と言うので、あいつが持っていた掛け軸をカタに金を貸してやった。詳しくは知らないが、由緒正しい掛け軸だそうで、『かなりの値打ちものだ。売れば数百万にはなる』と言っていた。そこで、二百万ほど貸してやったよ。当時、うなるほど金があったからね。そして、掛け軸は倉庫に放り込んで、そのまま忘れてしまっていた」糸井は当時を懐かしむ様子で豪快に笑い飛ばしながら言った。
「なるほど~なるほど~それで、その掛け軸がどうしたのですか?」
「半年くらい前だったかな。やつがひょっこりと尋ねて来た。まあ、また金を貸して欲しいと言う話だったんだが、『貸しても良いが、何か借金のカタになるようなものがあるのか?』と聞くと、最初は今、住んでいるマンションをカタにしたいと言っていた。ちょっと古いが目黒なんで場所は悪くない。(あのマンションがカタなら金を貸して良い)と思ったよ」
「で、マンションをカタにお金を貸したのですか?」
「それが、久しぶりに顔を合わせたものだから、色々、昔話をしている内に、ほれ、あの昔、借金のカタに預かった掛け軸の話になった。『あの掛け軸、売り払ったのか?』と仲崎に聞かれたので、『そう言えば、倉庫に放り込んで、そのままになっている』という話をした。そしたら――」糸井はそこで言葉を切ると「あいつが、『勿体ない』って言うんだ」と言って、何が面白いのか「がはは――!」と高笑いをした。
「勿体ない?」
「ああ。あの掛け軸は歴史的な価値のある値打ちもので、売れば数百万、いや一千万になる。俺なら一千万で売ってみせる――て言うんだ。『じゃあ、売ってみろ。一千万で売れたら、貸してある金に利子をつけて返せ。残りはお前にやる』って言う話になった。それで、倉庫から掛け軸を探し出して仲崎に返してやった」
「なるほど~なるほど~それで、掛け軸は売れたのですか?」
「さあなあ・・・売れたとしても、仲崎のことだ、素直に『売れました』と言って金を持って来やしないだろう。ネコババしてしまったに違いない」
「騙されたのですね?」
糸井は「がはは――」とまた高笑いとしてから、「何の。仲崎には随分と儲けさせてもらったからね。まあ、退職金代わりよ。安いもんさ。正直、あんなミミズの這ったような掛け軸、二束三文にしかならないさ」と一気に喋った。
どうやら梅沢トキの事故以外にも、仲崎は糸井の指示で散々、汚い仕事をやって来たようだ。その口止め料の意味合いもあって、気前よく掛け軸を返したのかもしれない。
「退職金? 口止め料では?」という祓川の問いに、糸井は「何のことですかな? がはは――!」と大笑いして惚けて見せた。だが、その目は笑っていなかった。
「仲崎さんは何処で掛け軸を売り払ったのでしょうか?」
「さあね~そんなこと、俺に分かるはずが――」と言いかけた後、糸井は何か思い出した様子で、「ああ~」と呟いた。
すかさず、祓川が問い詰める。「心当たりがあるのですね?」
「いえ、まあ、その、あの・・・」と歯切れが悪い。明らかに何か思い当たることがあるのだ。恐らく、刑事には伝えずに、先ずは自分で確かめたいのだ。仲崎が掛け軸を売って、大金を手に入れたとなると、何とか、その分け前をせしめたい。その算段を考えているのだ。
「仲崎さんの部屋から現金は見つかっていませんよ」と言うと、糸井はあきらめた様子で、「いえね、刑事さん。知り合いの古美術商がいたことを、ふと思い出したんですよ。そう言えば、仲崎の野郎とも顔なじみだったなあ~なんて思ったものですからね。掛け軸を売るとしたら、先ず、そこに持ち込んだんじゃないかと思いました」と渋々、答えた。
「ほう~何処のどなたです?」
糸井は文京区本郷にある骨董品屋「西浦竜玉堂」の店主、西浦岳という人物を教えてくれた。
きっと、糸井は西浦に仲崎が掛け軸を売りに来たかどうか、確認するだろう。そして、掛け軸を買い取ったのなら、幾らで買い取ったのか尋ねるはずだ。
まだ、分け前をせしめることを、あきらめてはいないだろう。




