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3.お守り 裏

時間は少し戻って、菫達がサングラスの青年と別れて直ぐ。



(任務かんりょーっと)



菫達と別れた青年の口許は吊り上がっていた。

そのまま青年は歩みを進め、学園の隅にひっそりと立つ旧校舎の前までやって来た。辺りに人気もなく、シンとしている旧校舎の立て付けの悪い昇降口を上がり、ギシギシと軋む廊下を通り、いつもの教室の前にやってきた。



「おーい、皆居るー?」



新校舎のドアとは違う、木製のドアをスライドする。呼び掛けながら中を覗き見ると、見知った面々が青年を見ていた。今日は珍しく、全員が揃っているらしい。



「お、いるじゃん。やっほー」


「やぁ」


「よーっす、サイ」



片手を上げながら教室へと入ったサングラスの青年に、教室に居た奏太と蛍が手を上げ返した。そのままサングラスの青年――――サイは近くにあった椅子に座った。



「お守り渡してきたよー」


「あぁ、お疲れ。ありがとう」


「どういたしましてー」



サイが奏太を見て笑って手をひらりと振る。そして、そのまま奏太と蛍の近くの椅子へと座る。



「それで、話し合いはどこまで進んで……」


「お前らの勝手にしろ、私は知らん」



自分がやって来るまで行われていたであろう『話し合い』についてサイが尋ねようとするのを遮り、壁に寄りかかっていた眼鏡の青年はその一言だけを冷たく言うと、サイと入れ代わりになるかのように教室を出ていってしまった。



「あっ、ちょっ、コンくーん!」



サイはもう一度立ち上がり廊下に出て呼び止めるものの、その呼び掛けも黙殺し、眼鏡の青年は去っていく。



「もう、行っちゃったよ」



去っていくその背中を見送って呆れたようにため息を吐き、サイは教室に戻って同じ席に座った。



「彼の事は放っておこう……」



ぼそりと呟くように隅の方に居た烏の羽ように黒い髪の青年が言う。



「そーだな。ま、アイツも興味が湧いたらその内来るだろ」


「それもそっか。なんやかんやでやさしーもんね、コンちゃん。で、どこまで進んだ感じ?」


「先程まででは、関わりたいなら関わればよい、という話になっておる。要はいつもと変わらんよ」



黒い髪の青年に頷いた奏太に同意を返し、サイはその隣の小柄な青年に尋ねる。青年は朗らかに笑いながら何処か古めかしい話し方で奏太に先程まで話していた方針を教えてやった。それにサイが興味無さげに、ふーん、と返した所で、奏太が口を開いた。



「俺とミナセは関わることにしたぜ」


「え、ミナセくんも?」


「ほう」


「………ちょっと、借りが出来てね」



奏太の言葉に目を丸くし、意外だと言いたいのが良く分かる口振りでサイは言う。小柄な青年も目を丸くして蛍の方を見た。その視線に応えるように蛍は一言そう返した。



「へー。あのミナセくんが借りねぇ」


「………ところで、例の『鴉』についてはどうなったんだい」


「いや話題転換下手だなお前……」


「うるさい、誤魔化すの下手なお前に言われたくないよ」



サイが『借り』について深掘りしてこようとしているのを察した蛍は、即座に話題を摩り替えようとする。そのあまりに唐突な話題転換に思わず奏太が苦笑すると、蛍が冷たく言い返した。



「なんだとてめぇ」


「こらこら、やめんか」



奏太の額に青筋が浮かび、いつもの口喧嘩が始まろうとしたのを察して、小柄な青年が二人を窘める。



「………『鴉』の情報は幾つか手に入ったぞ」



そんな様子を知ってか知らずか、黒い髪の青年が、ぼそりとそう言った。それを聞いて、全員の視線が黒い髪の青年に集まる。



「………正体までは分からなかったが……どうやらここ十数年の間で動いているらしい……」


「へぇ………割りと最近なんだ?」



話した情報を聞いて訪ね返したサイに、黒い髪の青年は小さく頷いた。

先程から彼等が話している『鴉』とは、つい最近まで噂になっていた『ひきずり踏切』に現れた『大きな鴉』のことである。先月に何処からか出回り始めた『ひきずり踏切』の噂は、噂が出回り始めて直ぐに彼等の耳にも届いていた。その踏切が学園に行く通学路の一つでもあり、何人もその踏切を使う生徒が居たため、学校中にその噂で持ちきりになるのも早かったからだ。それに加え、実際に引き摺り込まれかけた現場を目撃していた生徒が居たのも大きい。とにかくあの噂は、あっという間に周知された。


都市伝説にいたろうとするほどには。


学園内だけではなく町中にまで急速に広がっていく噂に、これはまずい、と妖怪達は考えた。

そもそもの話、『妖怪』という物はあくまでも『人間から造り出されたモノ』である。その為、『人間がどう認識しているか』によって、その有り様は左右されてしまう。良い方向にも悪い方向にも、どちらともだ。そして、認識されればされるほど、その力はより強大になっていく。人に尽くしていた筈なのに、愛していた筈なのに、厄災を振り撒く存在として有り様を歪められ、その力に呑まれて壊れてしまう、なんて事もある。

今回の場合は、それが悪い方に働いていた。噂が広まり始めた頃はまだ無力で人を殺せる力はなくとも、次第に噂が広がれば、誰かの命が奪う事が出来る程強力になるだろうというのは直ぐに予想された。


力を付けて、死人が出る前に、どうにかするべきだ。


話し合った結果そう結論を出した、その矢先だった。



『鴉』が現れたのは。



「………結局よぉ、『鴉』って何なんだろうな。人間なのか、それとも妖怪なのか……?」



机に腕で枕を作り、そこに頭を預けて奏太はそう疑問を口にする。



「………人間……というには、少し気配がおかしかったけどね」



奏太の疑問に、蛍はそう返した。



「あれは、人間とは言い切れない」



そうして、そう言い切った。



「………まぁ、直接見てきたミナセがそう言うならそうなんだろうな。でも、あー……意味わかんねぇ」



蛍の言葉を聞いて、尚更混乱した奏太は頭を抱え、机に突っ伏す。その様子をちらりと見て、蛍は自分が見た光景を思い出す。

忘れもしない、一月程前のあの日。草木も眠る丑三つ時、蛍はあの踏切へとやって来ていた。だが、蛍が本来の姿でひきずり踏切にやって来た時には、全てが終わった後の異様な空間が広がっていた。

何も知らない一般人からすれば、町の中にただの踏切がそこにあるだけだ。だが、蛍のような力ある存在からすれば、其処は()()()()()としか言えない場所だった。



「……ちょっと頭がこんがらがってきたし、一番最初から整理し直そうぜ。確か、『他の場所より穢れが少なかった』……だったか?」


「あぁ」



顔を上げた奏太が、蛍にそう言葉を投げ掛けた。その言葉に、蛍は頷きを返す。それを見ていたサイが首を捻った。



「………やっぱりどう考えてもおかしいよね、それ。噂になるぐらいのヤツが居た其処が、穢れきって瘴気で澱んでるとかならまだ分かるよ。だけど逆にそこだけ穢れが少ないって……かなりの実力者じゃん」



訝しげに首を捻る青年に対して、蛍は全くの同感だった。あの日から一ヶ月経っている今ですら未だに信じられないのだから。

あの日、あの踏切は、周りに比べて穢れが少なかった。穢れとは、人から発せられる負の感情―――邪気が蓄積し、煮詰められたようなもの。場所によって溜まりやすい、溜まりにくいという差異はあれど、この世界の何処にだってそれはある。そして、穢れは、特に怨霊や怪異などがいる場所に溜まりやすい。怪異等から発せられる瘴気に吸い寄せられ、段々と増幅されていくからだ。それが少ない、ということは、其処に居たモノとその場を纏めて浄化したのだろう。しかし、そんな事をするのにはそれなりの力を使う。つまり、浄化を行ったのはかなりの実力者ということになる。


だが、この町にいる妖怪の中で、そこまでの実力を持っているのは、この学園内に住み着いている面々を除けば少数だ。


あの場に微かに残されていた気配は、その少数の中の誰一人として当てはまらない、異様な気配の持ち主だった。



「しかもその原因が鴉みてーな奴だったけど、妖怪なのか人間なのかわかんねーってどういうことだよ……幻術でも使って気配を誤魔化してんのか……?」


「それが分かればこっちだってこんなに悩んでないよ……」



頭を抱える奏太を見ながら、蛍は溜め息を吐く。

あの気配は、人間とも妖怪ともつかない、異様な気配だった。どちらともが混ざり合っているような、違うような、どっち付かずで曖昧なモノ。そんな気配を持つ妖怪は、この町には居ない。

幸い、この町に住む烏の一羽がその気配の持ち主らしきモノを目撃していた。踏切がある方向から走り去って行った、夜闇に紛れるような黒いコートの何者か。その顔には、烏のような嘴があったという。


全身真っ黒な出で立ちと、烏のような嘴、という特徴から、彼等はその存在を『鴉』と仮に呼んでいる。



「でも、本当にどうしようね。もしソイツが祓い屋だったりしたら、オレ達も危ないし……」


「うむ。可能性の話ではあるが、な」



サイが一言ぽつりと言うと、神妙な顔をして小柄な青年が頷いた。

『祓い屋』というのは、その名の通り妖怪などを祓い、退ける事を生業としている人間の事だ。もし『鴉』が祓い屋だった場合、妖怪である自分達が祓われかねない。そういった危機感から、こうして集まって話し合い、警戒していた。

基本的に彼等がこうして一同に介して話し合う、ということは稀だ。それだけ、今回の事にはそれぞれ警戒している、ということだった。



「ねぇオオバ、念のためもう一回聞くけど、鴉天狗じゃないんだよね?」


「………何度も言うが、そんな奴はいない」



ふと、サイが黒い髪の青年―――オオバに、これまで何度も聞いた質問をもう一度尋ねると、オオバは今までと同じように首を横にふるふると振った。



「あー………完っ全に手詰まりだな、こりゃ」



その様子を見ていた奏太が、ガシガシと頭を掻き、机に突っ伏す。中々勢い良く突っ伏した為か、ゴン、と大きな音が机から鳴った。



「………まぁ、取り敢えず、踏切の件が片付いたのは良かったけどよ。噂に『鴉』を出したのはどうかと思うが」


「仕方なかろうて。あのまま放っておけば、またあの踏切に何かが住み着くやも知れぬ。それならば『鴉』に啄まれて退治されたことにしてしまうのが一番早かったのでなぁ」


「そうだけどよ……正体不明な奴の威を借るってのもなぁ……」



そのまま言葉を続けた奏太に、苦笑しながら小柄な青年はそう言った。それに対し、奏太は分かってはいても思わず不満そうな声をあげてしまう。

二人が話しているのは『ひきずり踏切』の噂の話である。つい最近、『ひきずり踏切』の噂はそれまで流れていた内容と少し変わった。前の噂とは違い、『大きな鴉』が新しく登場し、踏切に居た怪物を退治してしまった、という話になっているのだが、実はこの新しい噂を流したのはここに居る妖怪達である。今は何も居ないとしても、噂をそのままにしておけば、その噂の力でまた踏切で怪異が発生する可能性があった。それならば一層のこと事実通りに『鴉』を出して退治された事にしてしまえばいいだろう、という事になり、ほぼ事実そのままのカバーストーリーを流布したのだ。だが、奏太はあまりこの内容を良く思っていなかった。理由は先程彼自身が言っていた通りである。合理的な判断だと彼も分かってはいるのだが、彼の性分的に納得できないのだろう。



「ヒガンの言いたい事は分からなくもないけどね………」



机に突っ伏して顔が見えない奏太に蛍は頷いた。『信用ならない奴を使っていいものか』という彼の懸念は理解はできる。



「話ぶった切って悪いんだけどさ、取り敢えず『鴉』に対しては今まで通り警戒、もし見かけたら報告ってことでいーの?」


「まぁ、それが良かろうな」



話の流れを無視し、今後の対応をサイが尋ねると、小柄な青年が頷いた。



「………烏達にも、見掛けたら言うように話しておく……」



ぼそりとそう言ったオオバは、話は終わったとばかりに黙って教室を出ていった。早速話をつけにいってくれたのだろう、と蛍は推測する。西日が差し込む教室には四人だけが残された。



「これで今日は終わりかな? ならオレももう行くねー」


「それなら私も……」


「あ、ちょっと待って」


「ん? どうしたの。何かまだあった?」



話し合いは終わったと感じたサイと小柄な青年が席を立とうとしたのを、蛍は咄嗟に呼び止める。きょとんとした二人の視線が蛍に集まった。



「……あのさ。一個、気になってることがあって……」



教室に来るまでにずっと話すべきか悩んでいた事を蛍が話そうとした、その瞬間、



「うおっ!?」



机に突っ伏していた奏太が突如大声を上げて飛び起きた。飛び起きた勢いで椅子が一瞬浮き、ガタン、と大きな音を立てる。突然の事に三人とも驚いてそちらを見た。



「うわうるっさいな、何?」


「いや、何か今、一瞬、変な気配が……」


「変な気配、とな……?」


「えっ、何それ」



飛び起きた奏太に蛍が驚かされて思わず冷たくなった口調で訊くと、自分でも何があったのか分かっていないのか、目を瞬きながら言った奏太の返答に奏太以外の全員が首を捻る。



「何か、変な気配がしたんだよ。どうも渡したお守りから流れてきたっぽいんだけどよ、術が妖怪に反応した感じじゃなかったような……」


「何だそれ、はっきりしないな」


「んー……一瞬だったしなー……気の所為って訳じゃないと思うんだが」



どうにか説明しようとして曖昧になった奏太の説明に、蛍は呆れた目線を送る。感じ取った奏太自身でも曖昧な事は分かっているので、その点は特に反抗したりせずに、ただ頻りに首を傾げていた。

あのお守りには、結界が展開する事があれば奏太に瞬時に分かるように細工がしてある。それを通して妙な気配を察知したため飛び起きたのだが、その後直ぐに結界が展開された訳ではない、ということに気付き、疑問符が奏太の頭の中を飛び交っていた。



「なんか変な妖気でも引っ掛かったか……それとも術が反応しなかったか? ……なんか不安になってきたし、もう行くわ。じゃあな」


「いってらっしゃーい」



変な気配を疑問に思いつつ、有り得ないとは思うが術が巧く作動しなかった可能性に気付いて不安になった奏太は、ガタリと音を立てて立ち上がり、教室を出ていく。その背中に手を振って見送り、サイは蛍を見た。



「それで、話が逸れたけどさ。どうしたの?」


「……いや、やっぱり何でもない」


「そう? それじゃあオレも行くね」



首を横に振った蛍を見てから、またね、と元気良く手を振り、サイもぱたぱたと教室を走り去って行った。



「言わぬのか?」



それを見送ってから、小柄な青年が蛍に問い掛ける。すっと自身の心の内を見透かすような瞳で見つめられた蛍は居心地悪くなりながら、首を横に振った。



「うん、いい」


「そうか」



その視線から少し目を逸らし、蛍は机に視線を落とす。そんな蛍に小柄な青年は深入りすることはせず、頷きを一つ返すと、そのまま教室を出ていった。西日がきつくなってきた教室には蛍だけが残される。



(………だって、『同族の気配がしたけど、関わるのはまずいかもしれない』なんて言ったら、絶対混乱させる)



しんと静まった教室の中で、蛍は一人心中でそう呟く。

あの日蛍は、感じ取った『鴉』の気配に、自分と―――――蛇神である自分と、近しいものを感じていた。


それと同時に、ゾクリと背筋が粟立つような、何とも言い難い恐ろしいナニカも。



あれは、並大抵の妖怪が持ち合わせているものではない。


あれは、野放しにしておくべきではない。


あれは、生きていていいものではない。



何百年と生きてきた彼の本能が、そう警鐘をガンガンと鳴らしている。



「………一体、『鴉』は何者なんだ……?」



蛍の口から溢れたそんな呟きが、空気に溶けていった。

1/8 加筆修正

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