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4.阿倍野明美の始まり 表

※軽い水難描写がございますので、苦手な方はご注意下さい

夕方。地上全てを照らす日が傾き、空の青が深さを増し、夜の帳が降り始めたこの時間を、古来から人々は『黄昏時(たそがれどき)』と呼ぶ。


『この世のものならざるモノと出会う時間』という意味を込めて、『誰そ彼時(タソガレドキ)』と呼ぶ。


そんな時間に、道を歩いていく人影が一つ。阿倍野明美だ。退社した会社員や学校帰りの学生で人通りが増して賑やかな大通りから外れ、明美は少し狭い路地を歩いていく。この先の通りに抜けるには、この路地を通った方が少しだけだが近道になるからだ。外灯が他の路地と比べて少し少なく、夕方になると薄暗くなるこの路地は、どこか不気味で正直あまり使いたくはないと思う気持ちはあるものの、出来る限り早く帰りたい明美はその路地を歩いていた。



(すっかり遅くなっちゃった……早く帰らなきゃ)



ふと空を見上げ、黒い翼を広げて飛んで行く烏の影を見て、明美は帰り道を急ぐ。ローファーのヒールがコンクリートに当たる音が反響して響く。



コツ、コツ、コツ、コツ。



コツ、コツ、コツ、コツ。



いつもの道を、特に何も考えずにひたすら歩く。



コツ、コツ、コツ、コツ。



コツ、コツ、コツ、コツ。



いつもの道を、いつも見ている景色を見ながら歩く。



コツ、コツ、コツ、コツ。



コツ、コツ、コツ、コツ。



少し汚れたクリニックの広告の貼り付けられた電柱があるT字路を右に曲がれば、もう直ぐだ。



コツ、コツ、コツ、コツ。



コツ、コツ、コツ、コツ。



コツ、コツ、コツ、コツ。



コツ、コツ、コツ、コツ。



コツ、コツ、



コツン。



「………あれ?」



不意に、明美の足が止まる。家と道を仕切るために建てられた無機質なコンクリートの塀の前で、明美は首を傾げた。


ない。


いつも通っている通りが、ない。


いつもならもう通りの前に着いているはずなのに、そこに道は無かった。



(……もうちょっと先だったっけ?)



そう思い直し、明美はまた足を動かす。



コツ、コツ、コツ、コツ。



コツ、コツ、コツ、コツ。



だが、いくら足を動かそうとも、自分の知る通りは見えてこない。



(……おかしい)



拭えない違和感を抱きながら、明美は歩き続ける。



(曲がるところを間違えちゃったかな? 戻った方がいいかな……)



そう思いながらも、歩く。



コツ、コツ、コツ、コツ。



コツ、コツ、コツ、コツ。



(……この先を見てみて、知らない道だったら引き返そう)



そうして歩き続けた先に見えたT字路まで来て、徐にその傍に立つ電柱を見て、明美はぎょっと目を見開いた。



「……なんで、この電柱………」



その電柱は、先程自分が曲がったT字路にあった電柱だったからだ。

パッと見は分からないかもしれない。だが、明美はこの電柱は『先程曲がったT字路にあった電柱』だと直ぐに理解できた。その理由は、クリニックの広告の汚れ具合と、隅に付いたマークだった。


きっと誰かの悪戯で付けられたのであろう、少し右側が上に飛び出ている、マジックで書かれた特徴的なバツ印。


明美が知る限り、この路地でバツ印が書かれたクリニックの広告が貼られている電柱は、一本だけだった。


そして、クリニックの広告が貼られている電柱も、その一本だけだった。


その事実に気付き、ぞわり、と明美の背筋が粟立つ。身体の血の気がさぁっと失せていく感覚がする。



嫌な予感がした。



(……いや、いやいや、そんな訳ない! きっといつもは気付かず通り過ぎてるだけで、こっちがいつも私が通ってるT字路なんだよ、きっと!)



ばくばくと早鐘を打ち出した心臓を落ち着かせるように、自分にそう言い聞かせて、明美はいつも通りT字路を右に曲がった。



コツ、コツ、コツ、コツ。



コツ、コツ、コツ、コツ。



(帰ろう。今日は唐揚げだから揚げるのが大変だし、豆苗も収穫しちゃわなきゃ駄目になっちゃう)



コツコツコツコツ。



コツコツコツコツ。



(早く、早く、早く、帰らなきゃ……!)



動かしていた足が、だんだんと速度を上げていく。早足ぐらいの速度で歩いていた明美の足は、いつの間にか駆け足になっていた。


だが、いくら走っても、通りは見えてこない。



「はっ、はっ、はぁっ」



走って、走って、何かを振り払うように明美は走る。胸の中で膨らむ焦り、不安、得体の知れない恐怖に、彼女は気付きたくなかった。だが、その足掻きは、走った先にあったT字路にある電柱を見て、打ち壊される。



「あ、なん、で……!」



そこにある『先程曲がったT字路にあった筈の電柱』を見て、今度こそ明美の顔から血の気が完全に失せた。つぅっと、得体の知れない恐怖から、冷や汗が流れる。



………ォ………ォ……



「!!!」



何か、音がした。それに明美は思わずばっと辺りを見回してしまう。そこで、明美はふと気付いてしまった。先程から景色から全く変わっていないことに。コンクリート塀の向こうにある赤い屋根が特徴の家も、遠くに見える高層マンションも、その向こうに見える山も。曲がったら見えなくなる筈のそれらは、依然としてそこにあった。



有り得ないことが起きている。



そう理解してしまった明美は、思わず後退りしてしまう。コツン、とヒールがコンクリートを叩く音が響く。そう言えば、ここは足音が響くほど静かだっただろうか。いくら大通りから一本外れたからとはいえ、あまりにも静かすぎる。いつもなら少し賑やかなぐらいなのに。



だから、その音を聞き取ってしまった。



【………ァ……ォオ………】


「!!!」



明美の後ろから、何かの(こえ)が聞こえた。背筋が凍り付くようなその聲に、明美の身体がビクリと跳ね、まるで石のように固まってしまう。頭の中では『逃げろ』と警鐘が鳴っているのに、体が動かなかった。



【………ゥヴ……】



先程聞こえた聲が直ぐ耳元でする。息が懸かって、髪が揺れる。背後から嫌な寒気がする。呼吸が浅くなって乱れる。体がガタガタと震える。



自分の後ろに、ナニカがいる。



そう理解するのに時間はいらなかった。

だが、明美は悲鳴は上げられなかった。恐ろしくて堪らないのに、震えているのに、喉が張り付いてしまって悲鳴が上げられない。逃げ出したいのに、足が動かない。

後ろにいるそれを見たくないのに、明美の首は少しずつ後ろに向けられていく。

そして、振り返った先で、闇と目があった。



闇の中を覗き込んでいるような黒に塗り潰された、真っ黒な瞳と。



「ひっ」



黒々としたその瞳が鏡のように映した自分の顔は、恐怖に歪んでいた。

その瞳に覗き込まれ、今度こそ明美の身体は凍り付く。そんな明美に、それは骨が浮かんだ掌を伸ばしてきた。それに触れられてはならないと分かっているのに、体が動かせない。



(あぁ、今度こそ死んじゃうのかな)



ゆっくりと伸ばされるその掌を見ながら、明美はそんな事をふと思う。


昔から、明美の周りでは不思議なことが起きていた。玩具箱の中にしまったはずの人形が、誰も触っていないのにいつの間にか別の場所にいたり、誰もつけていないのに水道の水が流しっぱなしになっていたり。黒い靄が、鏡に一瞬映ったり。そんな事が度々あった。しかし、明美は『きっと自分や誰かが忘れているだけだろう、気の所為だろう』と思って気にしていなかった。



だが、つい最近になって、それらは『誰かのうっかり』ではない事を思い知らされた。



この間、この町へと引っ越してきた明美は、町の地理を把握しておこうと思って散歩をしていた。その時、たまたま町中で踏切を見つけた。その向こうに続く道に進もうと、明美はサイレンの流れる遮断機の前で、電車が通り過ぎて遮断機が上がるのを待っていた。


電車を待っている間に、徐に俯いていた顔を上げた、その時だった。黒い靄が、遮断機の下がった踏切の中に居るのに、気付いてしまった。


虫でも集まって飛んでいるんだろうか、と思っていた明美にそれは近付いてきた。明美の目の前まで突然距離を縮めたそれは、思わず仰け反った明美の腕を掴んだ。


その瞬間、黒い靄が、頭部の抉れた恐ろしいバケモノへと姿を変えた。


まるでぼやけていたカメラのピントがあったようにはっきりと鮮明に見えるようになってしまった。

あれを見て、明美は今まで起きていた事象があれらに―――――人間ではないナニカによるものだと理解してしまった。何故なら、事象が起きたときに、同じような黒い靄が辺りを漂っているのを度々見かけていたからだ。


そして、あれらが、とても危険なモノであることを、嫌でも思い知らされた。あの時偶然通りがかった菫が手を取ってくれなければ、きっと死んでしまっていただろうということを理解し、恐ろしくなった。そんなものが今まで近くに居たことが。


ここに菫はいない。助けてくれる誰かは、いない。だから、自分の足で逃げなくてはいけないのに。



でも、体が、動かない。



(いやだ、嫌だ、)



その掌が。


明美の、顔に。



触れようとした、その瞬間。



(死にたくない!!!)



バチィッ!!!



その皮が骨に張り付いた指先から火花が上がり、それが吹き飛んだ。まるで見えない何かに弾かれたようだった。



【グオオオォォォォォ!!!?】



叫び聲を上げて地面に転がったそれを見て、明美は目を見開いた。そんな明美の右ポケットが、まるで熱された石でも入れられたかのように熱くなった。



「あつっ」



その熱に驚き、思わずポケットに触れると、凍り付いていた体が軽くなった気がした。


逃げれる。


そう直感した明美は、咄嗟に踵を返して走り出した。その後を、ゆうらりと起き上がったそれが追いかける。



「はっ、はっ、はっ、はぁっ、はっ………」



震えて躓いてしまいそうになりながらも、菫は走る。だが、明美の前にある逃げ道は、逃げても殆ど景色の変わらない路地だけ。



(出口、出口はどこ……!?)



それでも明美は逃げる。今は後ろから迫ってくるそれから逃げることしか考えられず、あるかどうかもわからないのに出口を探して、変わらないT字路を左へ、右へ、真っ直ぐと進みながら後ろから迫ってくるそれから逃げる。



【オォォォォ………】



逃げる明美を追いかけるそれの体勢は、脚だけでなく掌も地面についた、四足歩行だった。まるで蜘蛛のようにも見えるその体勢で、普通の生身の人間ならその状態では到底出せない速度で明美の後を追う。ちらりと後ろを見てそれとの距離を測ろうとした明美は、それの有り得ない体勢と速度でじわじわと距離を詰められていることにぞっとし、振りきろうと更に必死に走った。



「はぁ、はっ、はっ……あっ!!」



それでも、走り続けていれば、やはり限界も来る。準備運動無しの突然の全力疾走の疲れが出たのだろう、コンクリートの小さなひび割れに足を取られて縺れ込み、明美は転んでしまった。上手く受け身が取れず、硬いコンクリートに体を強く打ち付けてしまう。



「いた……」



明美は直ぐに体を起こそうとした。



【アアアアアアアア!!!】



しかし、その時間を鬼が待ってくれるはずもなく、今度こそ明美にそれは追い付いた。そうしてその勢いのまま、明美に飛びかかった。



「ひっ………!!」



その叫びに思わず振り返った明美は、飛びかかってくるそれを見て、もう逃げられない、と悟ってしまう。



(いやだ、いや……!! だれか、助けて!!)



そう、強く明美が願った瞬間だった。



「ソイツに触んな、ザコ」



声が聞こえた。

それと同時に、自分の視界が赤と黒に埋め尽くされる。突如現れた、まるで炎が燃えているようなそれに目を奪われた。



ザシュッ



【ア゛ア゛ア゛アァァァァ!!!!】



明美がそれに気を取られていると、耳に悲鳴のような聲が聞こえた。目の前に現れた人物が、明美に迫っていたナニカとの間に割って入り、明美に伸ばされていた腕を叩き切ったのだ。片腕を切られたそれは地面に叩き付けられ、転がり、そして自分の腕を切り落としたその人物を怨みの籠った眼で睨んだ。



(………一体何が、起きて………?)


「ハッ、お前なんぞに威嚇されても怖くねーよ」



逃走劇の最中に現れた突然の乱入者に混乱する明美を他所に、当の青年は唸るそれを嘲り、腕を切り落とした刀の血を振り落とし、構え直すと、振り返って明美を見た。その時、明美の目に、青年の額から生えた二本の角が見えた。



(この人、ヒトじゃない……!?)



普通の人間にはないはずのそれを見てその事実に気付き、愕然と目を見開いていると、青年は、明美に向かってニカッと笑った。



「ちょっと待ってろよ、阿倍野。直ぐ終わらせる」


「え、はい……」



笑顔の青年の口から出た自分の名前に目を見開きつつも、取り敢えず頷いておく。明美が頷いたことを見た青年は、それに向き直った。辺りにそれの唸り聲が響く。


張り詰めた空気の中、先に動いたのは、それの方だった。



【ガァァァァアアア!!!!】



体勢をぐっと低くしたそれは、雄叫びを上げ、口を大きく、ブチブチと裂けるほど大きく開けて牙を剥きながら、青年に飛びかかる。食事を邪魔する邪魔者のその喉を喰い千切り、殺す為に。青年は迫り来るそれに動じず、じっと見つめていた。



「あ、危ない、避けてっ!」



動こうとしない青年にそう明美が叫ぶ。しかし、それでも青年は避けず、それどころか一歩踏み出した。



「ハッ、こんな奴の攻撃なんて、当たらねぇよッ!」



そして、構えていた刀を地面と水平になるよう横に持ってくると、自分の間合いに入ってきたそれに対して横に思い切り振るう。その勢いは凄まじく、それをコンクリート塀に叩き付けた。



【ガッ、ア゛ッ!!?】



背中を硬いコンクリートに強く打ち付けたそれに、青年は急接近し、上半身に鋭い蹴りを入れた。その蹴りでコンクリートが砕け、それの身体がコンクリートにめり込んだ。青年はそのまま足でそれの上半身を抑え付け、ぐっと体重を乗せて未だに牙を剥くそれを動けないように固定すると、



「じゃあな」



横一文字に刀を振るって、それの頸を刎ねた。切られた頸がぽーんと宙を舞い、地面を何度か跳ね、ごろりと転がる。そして、黒い靄となって消えた。

青年が足を退かすと、地面に頸の無い身体が膝をついて崩れ落ちた。重力に従って倒れるそれは、地面に身体がつく前に頸と同じく消散した。

その一連の流れを、明美はただただ茫然と眺めていた。



「阿倍野! 大丈夫だったか?」


「えっ、あ、はい……」



刀を振って血を落とすと、青年は刀を担ぐ。そして、未だに座り込んで自分を見つめる明美に視線を移し、羽織を翻して傍によってきた。その時に、明美は羽織の模様が炎ではないことに気が付いた。黒地に紅の彼岸花が咲き乱れる様子が、ぱっと見て炎が踊っているように見えたらしい。あまり見かけない彼岸花の羽織ではあったが、不思議と青年には似合っていると感じた。



「なんかぼんやりしてんな……本当に大丈夫か、って、膝擦りむいてんじゃねーか! やべ、絆創膏とか持ってたっけか……?」



「あ、いや、大丈夫です! 痛くないですから!」



明美がぼんやりと青年を見ていると、青年は顔を覗き込む。そして、明美が転んだ拍子に作った膝の擦り傷に滲む赤い血に気付き、わたわたと焦って着崩した着物の袂の内を探りだした。明美ははっと我に返り、心配しているらしい名も知らぬ青年に何とか反応を返した。明美のその態度に、青年は顔を顰める。



「何で敬語……って、あー、そっか。俺だってわかってねーのか」



そしてはっと、忘れてた、と言わんばかりの顔をし、頬を掻いた。まるでこちらのことを知っているかのようなその口振りに、明美はますます困惑した。



「えっ、会ったこと、あります……?」



「おう。学校でな」



明美の疑問に、即答で頷いた青年は立ち上がり、沈み行く夕日を背にからりと笑う。その笑顔に、明美は既視感を覚えた。何処かで見た笑顔だ、と。



(………あ)



それは誰だっただろう、と記憶を思い返していると、ふと、目の前の青年と同じ紅い目の人物を思い出し、ぽつりとその名を口にした。



「………岸辺くん……?」



「!」



すると、青年は目を見開き、また笑った。



「なァんだ、分かったのか。そうだよ、山吹学園一年A組の、岸辺奏太だ」



そうして、自分が『岸辺奏太』であることを肯定した。だが、自分で言っておいて何だが、本人に肯定されても、明美は目の前の青年が『岸辺奏太』と結び付かずにいた。一度会っただけとはいえ、自分が知る『岸辺奏太』は、もう少し年頃の少年らしい顔立ちをしていたし、角なんて無かったからだ。

目を白黒させる明美の心情を察したのか、青年は苦笑を浮かべる。



「あー、でもやっぱ信じらんねーよな。こうすりゃ分かるか?」



そう言って、彼はその場で何かをぶつぶつと唱え出した。すると、ぼん、という音を立て、青年の周りに煙が巻き上がった。ぎょっと明美は目を見開き、突如現れたその煙の先を見つめる。それがさぁっと晴れると、そこには、明美の知る岸辺奏太が居た。



「ほら、これなら分かるだろ?」


「……本当に岸辺くんだ」



山吹学園の男子制服に身を包んで笑うその姿は、確かにあの日会った岸辺奏太その人だった。目を瞬いてみても消えない。先程まで青年がそこにいたのに、今は奏太がそこにいる。度重なる不思議な現象に、明美の頭は破裂してしまいそうだった。



「……ねぇ、岸辺くん、その……」


「おっと、それはちょっと待ってくれ」


「えっ?」



明美が頭を整理しようと奏太に話しかけようとすると、それを見越したのか奏太がそれを遮った。



「まあ、色々聞きたいことはあるだろうが、ここはまだ危険だ。アイツを完全に滅した訳じゃねえから、何れまた出る。取り敢えず移動すんぞ。……立てるか?」


「うん」



奏太の説明に『滅するとは何だろう』と思ったものの、先程頸を落とされていたあれはまだ消えてはいないのだろうと察した明美は、心配そうに差し出された奏太の手を借りて急いで立ち上がる。そうして制服に着いた汚れを軽く払っていると、奏太が明美の鞄に付いた汚れを払い落とし、明美にそっと差し出した。



「ほらよ」


「あ、ありがとう」



それを受け取ると、明美は鞄をしっかりと抱え直した。奏太はそれを待ってから口を開いた。



「なぁ、ここからお前の家は近いのか?」


「えっ、うん。ここからなら直ぐ着くよ」


「あー、ならそっちに行った方がいいな。案内してくれるか?」


「分かった」



明美が歩き出すと、奏太はその横に並んだ。何を話そうにも話しづらい気まずい空気の中、二人は無言で路地を去っていった。


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