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必殺断罪人スペシャル(特別編)  作者: 高柳 総一郎
ドモン、コミケで売り子する
9/12

ドモン、コミケで売り子する(Aパート)

 月の明るい夜であった。

 女はぶつりと死体から刃を抜き、ぶんと剣を振るうと血を飛ばした。男は死んでいた。油断ならぬ剣の使い手であったとて、それはもう過去の話である。女にはそうした過去に興味はなかったし、振り返ることも無かった。袖口の広い白いジャケットを羽織り、腰には剣。ひと目で剣士とわかる格好である。

「終わったの?」

 どこから現れたのか、シスターが一人、剣を持った女に声をかけた。女は剣を納めながら答えた。

「ええ」

「相変わらずやるわね」

「別に」

 通りの奥からこれまた女が一人顔を出す。小柄な女だ。闇に溶けるような右手には銃。口元にはキャンディの棒が覗いている。

「こっちも終わったわ」

 女達は月を背に、夜闇の中を歩いていく──。



「……なるほどねえ」

 羊皮紙の束を、男はテーブルに投げ出した。静かな喫茶店である。店の名前はやすらぎ。帝都西地区にあるこの店は、観光客から帝都イヴァンに住む人々にも人気だ。

 男はかけていたメガネを外し、ため息混じりの息を吐きつけ、ハンカチで拭いた。

「あのねえ、リーブさん。おたくの小説、面白いですよ。読み物としちゃあね。ジャッジメントガールズ。いいんじゃないですか」

「じゃ、じゃあ!」

 目の前に座っていた男は思わず身を乗り出した。見るからに冴えない、と言った風貌である。着ているものは毛羽立った茶色のスーツ。足元を見れば古いブーツ。タレ目で困ったような顔をした男が、リーブである。

「あー、やめてください。そういうのはナシで。いいですか、リーブさん。面白いかどうかと、売れるかどうかは別でしょ。……ボルト出版としても、金をかけたのに行政府からストップかけられたり、あまつさえそれでも売れないなんてのは避けたいんですよ。わかります?」

 雲行きが怪しくなってきた。ゆっくりとリーブは腰を下ろす。もうこんなことが何度も何度も続いている。

 リーブは昔、鋼鉄製の腕を持つ女が大暴れする娯楽小説を書き、そこそこ評判を取った。しかし世の中というものは飽きが早く、すぐに有象無象の作品に埋もれてしまった。ボルト出版の編集──名前はレニー──にも、いい加減愛想を尽かされかけているのがわかる。少なくとも以前は、リーブの小説を読み終わった後ため息をつくようなことはなかったのに。

「今行政府は、こういう憲兵官吏とか聖職者が殺人をやるなんてのは認めませんよ。知ってるでしょ、本売るのだって許可いるんですから」

「レニーさん、そこをなんとか……今回のは結構自信あるんです」

 レニーはそれには答えず、再び原稿に目を落としながら、口の中でむにゃむにゃと言葉を選びながら続けた。

「あー。でも女の子の暗殺者ってのはいいですね。もっとこう、脱がすとかピンチになるとかどうです?」

「僕はそういうの苦手ですから……」

「エロの方面に持っていけば、売上も多少見込めます。それに、エロってすりゃ文部科学局の頭カチカチの役人さん達も、面倒なこと抜きで出してくれる可能性が高いんですよ。ま、最近はそんなものはけしからん、ってな話向きもあるみたいですけど。それでもよければ、ウチで面倒見れますけど」

 リーブは彼からひったくるように原稿を奪うと、震えながら言った。ようやく絞り出した言葉にしては、なんともボリュームのない言葉であった。

「もう結構です」




 西地区、自由市場ヘイヴン。税金さえ出せばその実何者かを問わずに店を並べることができるこの市場は、今日も賑わっている。異国の得体の知れぬ食べ物、珍しい反物、そして本。リーブはそのうちの一つを取り、パラパラとめくる。もう一つ。また一つ。どれにも許可印はない。出版社名も。

 自由市場ヘイヴンにおける本屋の大抵は、いわゆる帝国文部科学局の許可を得ていない本ばかりを扱ったもぐりの店ばかりだ。帝国において本の販売は許可制であるが、規制を敷いているというより、問題のある本が出たときにそれを理由に回収するため、というような、いわば安全装置の役割をしているものがほとんどだ。

 とはいえそれもまた、建前である。

 仮に回収が必要な問題のある本が出るかもしれないとして、それを常に監視するほど役人は暇ではない。そもそも許可を与える文部科学局とて、真面目に隅々まで本を精査しているか怪しいものだ。

 と、そこまで考えたところで、リーブは現実に戻ってきた。それを自分で考えてどうすれば良いというのだ。自分が考えなくてはならないのは、明日からの生活だ。握りしめた原稿が虚しく悲鳴をあげる。

「なんだい、お兄さん。あんたね、買わないんだったらそこで突っ立ってんのやめてよ」

 髪を伸ばした若い男が、はたきで本の埃を払いながら言う。もうもうと砂煙のような埃が舞い上がる。

「すいません」

「商売上がったりだよ、ったく」

「あの、いつも疑問なんですが……このへんの許可印のない本はどこで仕入れてるんですか」

 リーブはふと疑問に思っていたことをぶつけてみた。本を作るのだって、今日び莫大な金がかかる。それも許可印のない本が、こんなに大量にあるというのも変な話だ。出版社だって通していないのもおかしい。

「なにあんた、知らないの。このへんで扱ってんのは、ドージンだよ」

 店主はなおもはたきで本を叩きながら続けた。

「一年に二回、畑が落ち着いた月の末日と一年の最終日に、ニンベルク公会堂でドージンの即売会をやんのよ。混み合う気配がするってんで、コミケって言うらしいがな。見てみ、だいたい薄い本だろ。装丁は市販のものと比べたらちょっと落ちるかもしれねえが、市販のものと大差ない。冊数が少ないんなら、そんなに制作費はかかんないんだよ。趣味で小説だの紙芝居だのの、自分の妄想を書いて、そんでやり取りする。正真正銘、自分の作品を書くやつもいるぜ」

 自分の作品。

 リーブは自分に雷でも落ちてきたかのような感覚に陥った。出版社が出してくれないのならば、自分で刷って売れば良い。店主に礼を言うと、彼は自分の家へと急いだ。明日から忙しくなる。なにせ、コミケまでもう二ヶ月しかないのだ──。




「なるほどな」

 葉巻をくゆらせていた男が、太い指で最新式万年筆を羊皮紙に走らせていた。おおまかな登場人物設定、そしてだいたいのプロット。

「これは売れるぜ。間違いなく。……俺の感覚がビンビン来ているからな」

 ゆったりとしたガウンに身を包み、腰に負担のかからぬ可動式のイスに沈めた男が向き直りながら言った。

 その真向かいにある応接イスには、ボルト出版の編集者、レニーの姿があった。

「そうでしょう、ナロード先生。いやね、なにぶん先生みたいな実力もなけりゃ、ネームバリューも無い、カスみたいな作家なんですよ。……先生に使っていただくほうが、アイデアも喜ぶってもんでしょう」

「違いないな。……ほら、おおまかなプロットは同じだが、ちょっと要素を足しといた。エロは大事だろ。あと恋愛だ。エンタメに大事なのは欲望直結のわかりやすさだ」

 羊皮紙に走り書きされたプロット、設定。リーブはそれらをじっくりと読み進めていく。彼はこうして、ナロードにアイデアの横流しをしている。所詮、文芸とは華の有無がものを言う厳しい世界である。個々の力がさほど変わらなくとも、文章や設定に華が感じられるかはまた別だ。同じプロットや登場人物設定でも、ナロードのような華のある作家に書かれると、これまた全く異なってしまうものなのである。

 すべてはボルト出版の売上のため。様々なクズ作家の生き血そのもの──つまりアイデアを元に、このナロードという作家は存在する。ナロードもかつては、そうした星の数ほどいる生き血をすすられる側の作家でしかなかったが、偶然にも大ベストセラーを書き、こうして『吸い上げる』側へと回った。

 所詮この世には、生き血を吸う側と吸われる側しかいないのだ。

「いや、これは流石です! 先生が書くとやっぱり違いますねえ」

「おう。こうなったらバシバシ書くからよ。こりゃ、久々にやる気が出てきたぜ、なあ!」

 がらがらと大きな声で笑うナロードであったが、その実彼は追い詰められている。なにせ、元がガラの悪い傭兵上がりだ。腰を痛め、傭兵として生きる道を絶たれたあと、生きるために書き散らかした小説の一つがボルト出版の目に止まった。それは、彼が本当の意味で追い詰められていたからに他ならない。

 人間はそういう時に本当の実力が出る。小説家は傑作を書くことができる。だがそれは一度だけの奇跡だ。人間、そう何度も限界まで追い詰められはしない。ナロードは、作家が切れる切り札をもう切ってしまっているのだ。

 だが彼に華のある文章が書けるのは間違いなく事実だ。ここで死なせるにはおしい。少なくとも、リーブのような三流よりは活かす価値がある。

「先生、お願いしますよ。今回は絶対いいのにしましょうね」

「おう。……それよりよ。そろそろコミケだろ」

 レニーは笑顔のままであったが、心の中でまたか、とげんなりした。ナロードはコミケには毎年参加しており、いわゆるエログロナンセンスな二次創作に目がない。

「なんでもよう、あの『戦慄エイトモート』が、今回限りで引退するらしくてよ。五年ぶりに出てきたと思ったらコレだ。コミケもさみしくなるよな」

 戦慄エイトモート。コミケで活動する作家たちの中でも、もはや伝説と言われている作家である。禁断の愛をテーマにした、いわゆる男性同士のドージンを扱い、コミケを震撼させたのも今は昔。突然コミケから姿を消し、新刊も随分と出ていない。

 そんな『彼女』が、今回のコミケで一回限りの復活を果たし、そのまま引退すると言われているのだ。

「よし、レニーよ。コミケまであと一ヶ月だろ。コミケがおわったら、原稿も佳境にはいっていく。なら、俺は相当参っちまってる。すげえドージンでも読んで、チャージしなけりゃやってらんねえ。わかるよな?」

 うんざりしている、などといった表情は微塵も出さなかった。レニーは笑顔で頷く。二人の間には必要最低限のビジネス上の付き合いしかない。それでいいのだ。すべては成功のため。虚飾の栄華のため。



「お兄様。……折り入ってお話があります」

 夕飯も済み、湯浴みでも済ませて寝ようかとでも考えたとある夜。ドモンは、神妙な顔でそういう妹・セリカに呼び止められ、再びテーブルについた。

「なんです、藪から棒に」

「私ももはや隠しておくことはできません。お兄様にも長いことお話してきませんでしたが」

 いったい妹からいかな爆弾発言が飛び出すのか。ドモンは若干の恐怖と興味を抱きながらも、セリカの言葉を待った。

「実は、私は長くドージン作家をやっているのです。……いや、いた、というべきでしょうか」

「はあ」

「しかし、私も教師として生徒たちに物を教える立場。いくら好きとはいえ、仕事の片手間にするのは良くないと、教師になって以降は活動を取りやめておりました。ですがそれもまた、私のドージンを読んでいた方々から見れば裏切りに等しい行為。よって私はこの度のコミケを持って引退作を書いて、皆様にお別れをして終わりにしたいのです」

「……はあ」

 いったい君は何を言ってるんですか。普段のドモンであれば、そんなことを言ってしまいそうなところではあった。だが、もしそんなことを言えば、それこそただでは済まない。セリカはそんな雰囲気を漂わせていた。

「そこで、お兄様には私と一緒にコミケに出ていただき、売り子をしていただきたいのです。今回いつもお願いしている友人が急遽出られなくなってしまい……お兄様がご存知かどうか分かりませんが、コミケにはコミケのドレスコードのようなものがございます。そのあたりは私が友人となんとかしますから」

「………はあ。そのコミケですが、いったいいつやるんです?」

「二週間後です」

「非番の日じゃないですか。僕、せっかくなら一日ゴロゴロしてたいんですけどねえ」

 ドモンの仕事は憲兵官吏である。帝都イヴァンの治安維持を担う役人であり、基本的には激務と言える。たまの休みくらいは、疲れた体を癒やしたい。

 いやそもそもの話、話だ。

「とにかく、お話はさせていただきました。後は準備を進めますので、きちんとお付き合いくださいまし」

「あの、事情は分かりましたが、そのう」

「……私がこうして恥を忍んでお願いをしたのは、お兄様にどうこう言われるのを見越してのことだということをわかっていただきたいのですが」

 有無を言わせぬ言葉であった。それでその場は終わった。結局、ドモンは何もわからぬまま朝を迎えることとなった。

 果たして、コミケとはいかなるイベントなのか?



「しらねェ」

「知らねえな」

「聞いたことないです」

 南西地区にある古びた教会に足を運び、主である神父イオも、中で紅茶を飲んでいたソニアもフィリュネも口を揃えて言った。

「大体、ドージン作家ってのはなんでェ。普通の作家とは違うのか?」

「違うんでしょう。口ぶりからすると、相当売れっ子みたいですよ。本職の作家でそれなら、僕は金に困っちゃいないでしょう」

「貯金されてるんじゃないですか? 本当はびっくりするくらい大金持ちなのかもしれませんよ」

「あるいは食うに困って作家をもう一度やりたいとか、切実な理由かもしれん」

 ううん、と顔を突き合わせて唸る四人組。その誰もが納得の行く答えなど何も持ち合わせていなかった。一応、皆セリカとは顔を合わせたことがあり、その人となりもそれとなく理解している。ドモンの口から話題に登ることもたびたびある。

 その中で、どうしても想像にある事情には結びつきそうにない。

「しかもドレスコードってのがわからんな。堅苦しいイベントなのか?」

「立食パーティーとかですかね?」

 フィリュネが自分の言葉に首をひねる。彼女は元々エルフ族、亜人の権力者の娘である。いわゆる名家出身のため、催しや宴には詳しいつもりであるが、それでもまるで想像がつかない。

「なんですなんです、あんたら揃いも揃って何にも分からないんじゃないですか」

「そりゃ旦那も同じだろォ。……そんなに言うんなら、本屋にでも行って調べてみりゃ良いじゃねェか」

 なるほど、イオの言うことももっともである。本のことを一番よく知っているのは、他ならぬ本屋だ。それに、ドモンの憲兵官吏としての管轄は、自由市場ヘイヴン。もぐりから店舗型まで、本屋には事欠かない。

「あんた、なかなかいいカンしてますよ神父。……そんじゃ、お先に失礼」

 意気揚々と教会から飛び出していくドモンの背を追いながら、残された三人はしきりに首を傾げるばかりであった。

 コミケとは、結局のところどういう催しなのだろう?

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