09:おかげで私の財布は寒々しい
「さてシャンゼリン、ちょっと真面目に仕事の話をしよう」
「あ、やっぱりわたしをからかって遊んでいたんですね」
「ははは、ちょっとしたコミュニケーションだよ」
私の息抜きにもなるしね。こう、シャンゼリンの遠慮ないツッコミを受けると癒されるんだ。
あ、いや、別にマゾじゃないぞ。
そっぽを向いて口笛を鳴らしつつ、用意しておいた手紙をぱらりと机に投げる。シャンゼリンはそれを見て、嫌そうな顔でため息をついた。
「お茶会の招待状、ですか……。日程は?」
「半月後だ。またドレスを用意するから、一緒に行ってくれるね?」
「分かってますよ。これも殿下の目的の為ですし。腐敗貴族の洗い出しに、わたしを使っているんでしょ?」
「平民の娘とイチャつく馬鹿な王子と思って、後ろ暗い連中から接触してくるからね。婚約者がいると分かった上で娘を進めてくる馬鹿親もいるし」
にっこりと笑みを浮かべれば、シャンゼリンが「うわあ……」と苦い顔をした。うーん、貴族らしい腹黒スマイルは受けが悪いなあ。
ああ、そうそう。
シャンゼリンには、私の目的の一部しか明かしていない。
彼女には、腐敗貴族の摘発のために囮捜査に協力してほしい、と言ってある。実際、それも私の計画に含まれているので間違いではない。
ただ、さすがに廃嫡云々というところまで関わらせてしまうと、シャンゼリンの今後に影響がある。彼女の望み、卒業後は田舎で平凡に生きるというならば、そこにまで協力してもらうのはまずい。
まあ、馬鹿王子という評判を得るために、いろいろと協力してもらっているがね。
そうやってシャンゼリンとイチャつき、デュウにはこちらが意図した噂を流してもらう。私の計画なんて、おおよそそれだけだ。
「いやあ、本当にシャンに出会えてよかったよ。他と繋がりがなく、いい具合に肝も据わっていて、私と共犯になれる目的もあるなんて」
「入学したころは、先輩に殿下がいるって緊張してましたけどね。まさか話しかけられて、その上こんな関係になるとは思ってもみなかったですけど」
「ふふ、この私の恋人だなんて、羨望の的だろう?」
「どっちかっていうと嫉妬の炎に焼かれそうですけどね。女の子たちから痛いほど睨まれます」
でも皆勤賞を取るほど授業に出席し続けている。すごい。
彼女の精神はオリハルコン、といった感じだ。そんな図太いところも好ましいがね。
紅茶を楽しみつつ、シャンゼリンは困ったように首を傾げた。うむ、可愛い。
「それにしても、大丈夫なんですか? 婚約破棄って冗談にしていましたけど、周りからいろいろと言われませんか?」
「方々から反応があるのは確かだね。君の後見人になって今よりも高い地位を、と望む馬鹿もちらほらいる」
「わたし、王妃なんて絶対に嫌ですよ」
「分かっているさ。君をそこまで巻き込む気はないよ」
可愛らしいし、一緒にいて和むのは確かだがね。シャンゼリンは王妃には向いていない。王妃は単なる飾りではなく要職だ、身分と人望と実力がなければ務まらないだろう。
「王妃となるのはヴィヴィアンヌだ、それは絶対に変わらないよ。並ぶものなどいない、素晴らしい女性だ」
「それ、ご本人に言えばいいんじゃないですか」
「はは、恥ずかしくて言えやしないよ」
「どの口でそんなことを言いますか」
うわあ、凄い。王族に蔑むような眼を向けるこの肝の強さといったら。常に尊ばれ、腫れ物扱いをされる身としては、新鮮で楽しい限りだ。
いやはやまったく、それに比べて私の専属騎士と来たら。エルネストも、もう少し遠慮ない物言いをすればいいのだがなあ。
カップに残っていた紅茶を煽り、さて、と区切りをつける。彼女との会話は楽しいが、いつまでも遊んでばかりじゃいられない。
「ゆっくりと話していたいが、茶会までに私も用意しなければならないものが幾つかある。今日のところはこのくらいにしておこう」
「それじゃ、細かな打ち合わせはまた今度ですね。ドレスの採寸は……つい最近したから、いいですよね?」
「いや、できる限り馬鹿王子と思われたいからな。王都に老舗を構える最高級の職人を引っ張ってこよう。なに、金に物を言わせるだけだ」
「……でもそのお金って、全部、殿下のポケットマネーですよね」
はっはっは、その通り。おかげで私の財布は寒々しい!
シャンゼリンを寵愛し、馬鹿王子を演じるのも楽じゃない。彼女に貢ぐ宝石や花は無料じゃないのだ。お忍びデートなんぞしたときには、護衛の人件費で悲鳴が出かかった。
娯楽小説の馬鹿王子を手本にするのであれば、国の予算にでも手を付けるのだろうが。流石にそれはハイリスクローリターンすぎる。私の目的に沿う手段じゃない。
「悪役気取りっていうか、なんていうか……殿下って本当に、嘘つきですよね……」
「そうとも、私は嘘つきで悪い王子様なんだ。知らなかったのかい?」
どやっとキメ顔を向けたら、呆れたと言いたげなため息が返ってきた。「この人大丈夫かな」的な表情だが、うむ。悪くない。
さて。立ち上がり、彼女の手を取って扉へとエスコートする。シャンゼリンも慣れたものだ。最初はぎこちなかったが、今では男に媚びるような流し目もできる。
扉を開ければ、女中と護衛たちの緊張した顔が並んでいた。まあ、密室に男女が2人きりだ。どのような想像をしたのか、察しはつく。
だが、一応。ダメ押しはしておくか。
「……ああシャン、こうして見送らねばならない今、私の胸は張り裂けそうに痛んでいる。この痛みこそ、私が君に抱く愛の強さの証。どうか私を信じて、可愛い君よ」
「……殿下。わたしも……わたしも、殿下と離れるのは寂しいです。ずっとこうしていたい」
甘く蕩けるような、熱を帯びた言葉を囁けば。彼女もまた、酔うような面持ちで私の手を強く握りしめる。
正に、こういうのをバカップルというんだろう。
シャンゼリン、相変わらずの良い演技だ。君もなかなかに嘘つきだと思うよ。
だから、信じていてほしい。嘘つきな私が吐く言葉は、全てが全て、計画の為に必要な偽りの言葉だと。
「愛しているよ、私のシャン」
これもまた、私の吐いた嘘にすぎない。