10:「んあれ、そっちかい!?」
まったく、この嘘つきめ。
「いや君だって分かっているだろう? 私は嘘つきな、悪い王子様な……」
蔑まれ、素気無くあしらわれて喜ぶとか、どう考えたってマゾだろ。
「んあれ、そっちかい!?」
それ以外に何があるというんだ。描写を見る限りはドMの片鱗が見え隠れしていた。
本格的に目覚めたら可愛い女の子に足蹴にされて、いい笑顔で「我々の業界ではご褒美です」と言い切りそうだ。
……似合いそうだな。そんな状況でもどや顔が似合う。
彼は考え込むわたしに、いやあ、といい笑顔を向けてきた。本当に、無駄に顔が美しいから腹が立つな。
「私はどちらかというと、サディスト的だと思うがね。好きな女の子には嫌がらせをして、怒られたり嫌われたりしたい」
SM両極併せ持つ、だと……。
極めればマゾはサドに、サドはマゾに転じることがあると言うが。この男、綺麗な顔してとんだ屑である。より一層、変態感が増したな。
まあ、挨拶はこれくらいにしておこうか。
「今の、挨拶に入れるんだね……」
わたしが分かってるってことは、自覚はしてるんだろう。
嘆息し、彼を見る。当然だ。わたしは『私』で、彼はわたし。思考をまとめるための、単なるツールに過ぎない、彼の一部なのだから。
彼は困ったように、一瞬、口をつぐんだ。そしていつも通りに、ふわりと笑みを浮かべる。
「……うん。私は、シャンゼリンが好きだよ」
……全く、言葉も出ないな。
怒るでもなく、泣くでもなく。本当に不幸せな笑顔とでも言おうか。唇を噛んで、口角を上げて、潤んだ目をして、乾いた笑みを浮かべて。
いつもながらに、最悪の笑顔だ。
といっても、わたしに慰める言葉などない。
言葉を組み合わせそれなりにするのは容易いが、所詮それは無意味な反響音だ。何せ、わたしは『私』なのだ。自分で自分を慰めようと、むなしいだけだろう。
それに、別に慰められたいわけでもないだろう。
「まあね。覚悟していたし、諦めはとうについている」
それもそれでどうかと思うがな。
まあ、深くは突っ込むまいさ。既に覚悟を決めた男に四の五の言うのは、あまりに見苦しい。
それよりも、だ。
「ん? それ以外に何かあったかい」
シャンゼリンのことではあるがな。
彼女、本当に転生者じゃないのか?
「……そっちか。確かに疑う気持ちは分かるが、しかし私の邪魔はしないだろう。共犯者だしね」
それを含めて、諮られている可能性は?
わたしとしては、実に怪しい。ということはつまり、『私』もその可能性を考えてはいるんだろう。
それでもなお、彼女を信じるなんて嘯くのか?
「信じている、なんて私が言っても信用がないが。それでも彼女を敵だとは思いたくないね」
出会う前から演技だったというのなら、もう私は人間不信になってしまうよ、だなんて。へらへらと笑う美貌を握り拳で殴りたい。
いや、もう既に十分人間不信だろうというツッコミは置いておくとしようか。話が進まない。
勿論、根拠はあるんだろう?
「ああ。……彼女は、【チェンジリング】から帰ってきた子だからね」
チェンジリング、ねえ。
妖精を感覚的に理解できていないわたしには、どうにも疑わしいんだがね。
確か、妖精が人間の振りをして人間の世界に紛れ込むって話だったか。そのために、妖精が入れ替わる人間が必要になる。
入れ替え、なり替わる。
【取り換え妖精】という、一種の魔法。
シャンゼリンは、それから帰ってきた子供、と。
ゲームの時には、プレーヤーキャラの情報がそこまで出ていなかったからな。まあ【チェンジリング】から帰ってきた子供らしく、凄まじい魔法の才能は持っていたが。
「加えて現実のシャンゼリンは、記憶を失った状態で突然現れたそうだよ。だれ一人彼女を知る者がいない場所に、唐突にね」
【チェンジリング】にはそんな効果まであるのか? 入れ替わりから帰った事例自体が少ないだろうが。
「伝承によれば、そのまま再度の入れ替わりが行われ、大きく場所が動くということはないはずだがね。まあ妖精にとっては人間の定めた地域の区切りなどあってないようなものだし、間違えたんじゃないかな?」
いい加減だな、妖精。
まあ妖精の考えなんぞ、分かるわけもないか。
妖精の世界と人間の世界は、隣り合うというよりは重なり合うように存在しているらしいしな。帰る道々でなにやらワープしてもおかしくはない。
しかし、主人公がそんなレアな過去を持つ設定だったとはね。ゲームタイトルでお伽噺と言うだけはある。
まあだからこそ、特別待遇をいくつもつけて、学園に入学せざるを得なかったのだろうが。
「ああ、彼女は有用すぎるんだ。入れ替わりによって妖精の世界に足を踏み入れても、帰ってきたときには記憶を全て失うが、それでも無に帰すわけじゃない」
魔法の才能、か。それもとてつもない。
人間には不可能な領域、三重詠唱以上の魔法も可能になるんだったな。なかなかに中二ソウルをくすぐる設定だ。
「そんなことを言い出したら、魔法使いは全員が中二病になってしまうよ。普通に二重詠唱までは使うし。まあ、気持ちは分かるが」
そうだろう。
っと、話がそれすぎたな。シャンゼリンが疑わしいという話だったか。
「記憶を失っている時点で、疑うも何もないと思うがね。【チェンジリング】から帰ってきた子の証明として、三重詠唱も使いこなしている」
ああ、そこは疑い様がないだろう。
しかし、それが確かめられて以降、突然前世の記憶がよみがえった、とかだったらどうする?
『私』だって思い出したのはつい最近だ。
彼女が最近になってから思い出し、『私』の計画を邪魔するように動く可能性はどうだ。ありうるんじゃないか? 前世の記憶が優勢だとすれば、王妃になって贅沢三昧などという夢を見てもおかしくはないだろう?
「ありえないね」
何故? そう信じたいだけじゃないか?
「ありえないさ。……私がそれを、許さない」
ぞわり、と。肌が粟立つように感じた。それは『私』の武者震いか、それともわたしの恐怖か。
それほどまでに、鏡の中のテオフィルの顔は獰猛な笑みを浮かべていた。
……なるほど。悪くない根性論だ。嫌いじゃない。
「それは嬉しいね。やはり好かれるのは気持ちが良い」
全く。よくもまあ、そうもぺらぺらと嘘を吐けるものだな。
どうせわたしには通じないと分かっているだろうに、もはや癖なのだろう。
さて、そろそろお別れとしておこう。まだまだやるべきことはあり、時間はどうにも少ないようだし。
「そうだね、それじゃあ……」
良い悪夢を、と冗談交じりに呟いて。
『私』は手鏡を枕もとに置いて目蓋を下した。




