第1話
真っ暗な部屋。
漆黒の闇の底のような絶望と喪失。
その中に独りの男が居る。
倦怠感が心身を蝕み無気力に拍車がかかる。
誰もが口を開けば嫌なことしか言わない現実から逃避するために、自分の事を知らない人が集まるネットの世界へ没頭する毎日。
そんなネット世界でも、やはり誰とも関わりを持てずにいた。
同じ毎日の繰り返し。
一日がいつもあったという間に終わる。
そしてまた次の日。
いつもその繰り返し。
そしてまた一年が過ぎる。
死ぬこともできず、垂々と怠惰に毎日を生きてきた。
それを自ら望んだのではなく、ましてや自分の力ではもうどうすることもできなかった。こんなふうになってしまったのは自分が悪いわけではない。
こんな自分になったのは社会が悪いのだ。
そうなのだと思うしか、自分自身を正気に保てなかったし、弱り果てている心が今にも壊れてしまいそうだった。
そして、いつしか“皆が俺を憎んでいる”と思う様になり、結果的に人間との関わりを絶ったのだ。
男の手に握られているスマホ画面の照明が指の間から漏れ真っ暗な部屋の床を照らす。
床といってもフローリングの床材が見えないほど色々な物が所狭しと散乱している。
所謂、ごみ屋敷という状態であり食べ物や飲み物の残りが腐敗して悪臭を放っている。
「……今までの俺の人生って、一体何だったんだろう……」
絶望がこの男の器の中で飽和状態となり、今にも溢れ出しそうであった。
「……マサミ……」
ネットで話題になっている都市伝説の決して声に出して呼んではいけないというあの名前を呟いた。
「……マサミ……マサミ……」
馬鹿げたこの言葉に、いったい何の意味があるのだろうか。
口裂け女とかのオカルト都市伝説と同じ様に、誰かが創り出した架空の人物。そうであるにもかかわらず何故か興味を持った。だから今この場で、この都市伝説を検証しているのかもしれない。
「……マサミ……」
四回目まで名前を呟いた。
部屋の中に壁掛け鏡には今のところ何の変化もない。
鏡の中には自信を喪失した、惨めで情けない自分の顔しか映っていない。
馬鹿馬鹿しくなり吐き捨てる様に、最後の名前を呟いた。
だが何も起こらない。
やはり都市伝説なんて嘘っぱちのデタラメなんだと再認識するように、男は鏡に背を向けた。
しかし、鏡の中の男の姿は先程の男の顔を映したまま、背を向けている男を凝視していた。
鏡の中の男のは、己の眼球を自分の指で穿り出した。
すると、鏡に背を向けていた男は突然両目に激痛が走り断末魔とともに視野を失ったのだ。
足元には自分の両目から溢れ出し床を濡らす血で血溜まりができた。
予想だにしなかった展開に、男の思考回路は完全に麻痺してしまいパニックを起こした。
「ぐわぁ!」
次に苦痛の言葉がやっと出たと思うと、今度は下顎に激痛を感じた。
途轍もない力で下顎を胸へと押し下げる痛みがさらに口元が両サイド引き裂かれ、皮膚と肉が裂けていくたびに血が溢れ出した。
男が完全に意識を失う頃には都市伝説の口裂け女のような口元になり顎の骨は外れて、男の顔にぶら下がっていた。
腹話術の人形の口みたいな顔をした鏡の中の男の姿は、もうそこにはいなかった。
床の上では血溜まりの中で小刻みに痙攣している男が、人生の最期の時間を迎えようとしていた。




