参:「欲に負けて罪を犯したものの末路」その1 後編
(注意:これはあくまで創作の話であり、作者が実際に紙幣を盗んだことはありません。)
(もし、私が紙幣を盗んでしまったら、どのようなことを感じるのかを記した文章になります。)
前編の続きです。
しかし、欲しかったものを買って、家に着いて数時間すると心の中で『自責の念』が吹き出し始めるのだ。
「お前は金を盗んだ」
「金を盗むことは窃盗罪に値する」
「お前は罪を犯した」
「お前はしていけないことをした」
「本来の持ち主は今頃お前を憎んでいるぞ」
このような言葉が吹き出すのである。
そして私は、拾って盗んだ時を思い出し、初めて自分が犯した罪の重さに気づくのだ。
「ああ、自分は罪を犯してしまったんだ」
「もう、取り返しがつかない。」
「どうすれば許される」
あれだけ、「する」時は幸福だったのに、いざ振り返ってみれば、自分が「した」ことに絶望する。
そして、これからその罪に裁きが下されるかもしれないことに対して怯えて、どうしようもなくなる。
これが『罪悪感』なのか、とその時私は初めて理解した。
それからというもの、私は今でもこの罪がいつか暴かれてしまうのではないか、と怯えている。
そのせいか、「自分は二度と同じような罪は起こさない」という覚悟が自分の中で固められていた。




