第24話 予定の形をした安心
今日は友人が朝から傍にいたこともあって、いつもより不快感は少なかった。
一緒に授業へ行くのが面倒だと話していたが、結局真面目に出席した。
大学の単位取得条件は 3分の1 以上の出席。全15回のうち3回休んでいるから、あと2回は休んでも単位が取れる。今年の残りは今日を含めて3回、そして年明けに1回。
だが帰省の関係で、その年内最後の授業には出られない。つまり、あと一回休める。
僕のこだわりとして、最終回の授業だけは必ず出るようにしている。
では、今年最後の授業は今日ということにして、来週以降は休もう。
これは俺の計画であり、僕の意見も反映されている。
俺は使えるものは使う主義だ。休めるものは休む。
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3限、彼女は来なかった。
昨日送ってしまった連絡のせいだろうかと一瞬思う。
でも、きっと卒論が大変なのだろう。
不安はあったが、どこか吹っ切れたような軽さがあった。
――もういいや。
前ほど「好き」という気持ちはなかった。
今年はもう会うこともないだろう。
12月に入ったばかりだが、次に会うのは1月の半ば。
その頃には関係性も変わっているだろう。
1ヶ月も顔を合わせず、連絡もなければ、変わらない方がおかしい。
そんな諦めのような、軽さのような感覚が、今日は妙に心地よかった。
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4限では予想通り当てられた。順番が回ってきただけだが、予習をしていたので問題なかった。
よくできていると言われ、それが素直に嬉しかった。
今年最後の授業だという軽さと、褒められた喜びが合わさって、今日は久々に“最高の気分”だった。
明日の検査への不安というより、正直「面倒くささ」を強く感じた。
22時以降は飲食禁止、明日は水かお茶のみ。9時ごろまでしか飲めないらしい。
11時には受付をしなければならない。
細かい制限がいくつも重なって、僕はきちんと守ろうとするが、俺は「多少ズレてもいいだろ」と甘く考える。
今回は、僕の意見を採用しよう。
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4限が終わりに近づいていた。
今日は夕方から雨らしい。
早く帰って、風呂に入り、溜まった洗い物を片付け、明日の公欠申請も済ませなければならない。
今日は早く寝よう。
明日は 8時前には起きて、洗濯をし、10時に家を出る予定だ。
自分で予定を立て、それを実行する。
その一つ一つが、俺にとって“生きている実感”であり、“進んでいる感覚”だ。
人は1人では生きていけない。
それは他者依存という話ではなく、社会に属しているという意味だ。
生きるとは、人と関わりながら、自分の生活を自分で進めることだ。
しかし同時に、人は1人で生きなければならない。
実際に行動し、決断し、動かすのは自分だから。
4限が終わった。
あとは計画通り進めるだけだ。
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そこからの時間は驚くほど速かった。
16:40には家に着き、ゴミ出しをし、洗い物をし、風呂に入り、明日の準備をし、17:40にはすべて終わっていた。
あとは寝るだけ。
俺は昔から賭け事が嫌いだ。ギャンブルという概念そのものが嫌いだ。
想定外が嫌いで、すべてが予定通りに進むことが好きだった。
今日、計画通りに整っていく生活に、少し安心した。
エナジードリンクを飲みながら、これからの予定を考えた。
来週には帰省する。
明日は検査で日中は埋まる。夜は冷蔵庫の整理をして食事を作ろう。
明後日はバイト。
土曜の昼は個別演習。
日曜は何もない。
月曜の夜は英語の勉強会。
火曜は午後からバイト。
水曜は授業を休むつもり。
木曜には帰省する。
考えてみれば予定はそれなりにある。
問題は、その合間の“暇な時間”だ。
その隙間に、妄想が忍び込む。
もし、あの人から連絡が来たらどうしよう。
あり得ないことを考えながらも、たらればの未来を組み立ててしまう。
妄想癖は昔からだ。
とはいえ、それで一喜一憂はしない。
最終的には「そんなのあり得ないだろ」と自分でツッコミを入れて終える。
昔は他人に時間を使うことが勿体ないと思っていた。
自分のことで精一杯だった。
今は、少し変わった。
自分のために時間を使いつつ、余った分を他人に使っても良いと思える。
利己でも利他でもなく、その中間。
どちらかといえば、わずかに利己寄り。
そのくらいのバランスが、今の僕には心地よい。
そんな一日だった。




