やさしい気配(ミリア視点)
森は、朝の光を含んで静かだった。
木々の隙間から差し込む陽射しが、淡く揺れている。
私はフードを深めに被り、落ち葉を踏まないように歩いていた。
「……この森、静かすぎない?」
誰に向けるでもなく、ぽつりと呟く。
魔物の気配はない。
探知に引っかかるものも、特別な反応もない。
なのに――落ち着かない。
胸の奥が、ほんのりあたたかい。
懐かしいような、安心するような、不思議な感覚。
「……気のせい、かな」
そう思った瞬間だった。
空気が、ふわりと揺れた。
風じゃない。
魔力の波でもない。
ただ、“そこに何かがいる”という感じ。
「……誰か、いる?」
声を落として問いかける。
返事はない。
でも、気配だけは消えなかった。
私は足を止める。
怖くはない。
むしろ――少し、うれしい。
「……変なの」
自分でも首を傾げる。
普通なら警戒する。
それなのに、ここから離れたくないと思っている。
視界の端で、淡い光が揺れた。
形は曖昧で、輪郭も定まらない。
人にも、動物にも、魔物にも見えない。
「……こんにちは?」
思わず、そう声をかけていた。
すると――
光が、わずかに近づく。
空気が柔らかくなった。
触れていないのに、触れられた気がする。
頭を撫でられたような、そんな錯覚。
「……え?」
驚いて後ずさると、光はそれ以上近づかなかった。
距離を保ったまま、静かにそこにいる。
「……敵じゃ、ないよね」
問いかけると、
光が、ゆっくり上下した。
……うなずいた?
そんな気がした。
「……そっか」
自然と、肩の力が抜ける。
言葉は通じない。
名前も、目的も分からない。
でも、不思議と理解できる。
――害意はない。
――見守っている。
それだけは、はっきりしていた。
「……私、冒険者なんだ」
なぜか、自己紹介していた。
「街で依頼受けて、
強くなりたいなーって思ってて……」
光は、何も言わない。
ただ、静かに揺れている。
「……変だよね。
こんなこと、誰にも話してないのに」
胸の奥が、またあたたかくなる。
安心、というより――
“知っている”感じ。
知っていて、許されている。
そんな感覚。
「……あ」
ふと、頭の中に言葉が浮かぶ。
声ではない。
でも、意味だけが伝わってくる。
――無理をしなくていい。
――ゆっくりでいい。
「……うん」
私は、頷いていた。
理由も分からないのに。
「……ありがとう?」
そう言うと、
光は、少しだけ強く瞬いた。
次の瞬間、
気配は、森に溶けるように消えていた。
……あとには、静寂だけ。
「……夢、じゃないよね」
手のひらを見る。
何も残っていない。
なのに、胸の奥は満たされている。
「……変なの」
もう一度、そう呟いた。
でも、不安はなかった。
この森で起きたことを、
誰かに説明することはできない。
名前も、姿も、正体も。
それでも――
「……また、会える気がする」
根拠のない確信だけが、そこにあった。
私はフードを整え、歩き出す。
知らないままでいいことも、
世界には、きっとある。
そう思いながら。




