気のせい、のはず
◆ 人界/王国アステル・王都
(ミリア視点)
朝の王都アステルは、相変わらず賑やかや。
屋台の準備する音。
パンの焼ける匂い。
行き交う人の声。
「……平和やなぁ」
独り言を漏らしながら、ミリアは冒険者ギルドへ向かう。
ここ数日、森の件も落ち着いとる。
依頼の内容も、護衛や素材集めみたいな軽めのもんばっかりや。
ギルドの扉を開けると、
いつもの空気が迎えてくれた。
「お、ミリア。今日は早いな」
受付嬢が手を振る。
「朝起きてもーてな。暇やったんや」
掲示板を眺めながら、何となく周囲に意識を向ける。
……視線。
「……ん?」
一瞬、背中に何か刺さった気がした。
けど、振り返っても誰も見てへん。
「……気のせいやな」
そう言い聞かせて、依頼票を一枚取る。
内容は、街道沿いの簡単な巡回。
魔物もほとんど出ぇへん、安全な仕事や。
⸻
◆ 王都アステル・街道
(ミリア)
歩きながら、空を見上げる。
雲ひとつない、ええ天気や。
せやのに――
「……やっぱ、なんか変や」
森に入ったときほどやない。
けど、完全に消えたわけでもない。
“見られとる”いうより、
“測られとる”みたいな感覚。
「……知らん人に品定めされる趣味、あらへんねんけど」
冗談めかして呟くと、
足元の草が、微かに揺れた。
風やない。
魔力の波でもない。
「……あかんあかん。考えすぎや」
ミリアは、深呼吸して歩き出す。
⸻
◆ 冒険者ギルド・夕方
(ミリア)
依頼を終えて戻ると、ギルドは一段と騒がしくなっとった。
新米冒険者の自慢話。
酒場側から聞こえる笑い声。
「……こういうんが、普通やんな」
受付で報告を済ませ、木椅子に腰掛ける。
そのとき、またや。
ほんの一瞬、
“向こう側”から覗かれた気がした。
目に見えへん。
気配も薄い。
せやけど――
確かに、意識だけが触れた。
「……今の、なんや」
思わず立ち上がる。
周りを見る。
誰も、気づいてへん。
「……はぁ」
座り直して、頭を掻く。
「うち、疲れてるんかな」
自分にそう言い聞かせるしかなかった。
⸻
◆ 同時刻/精霊界・境界層
(精霊)
観測対象、安定。
秩序に影響なし。
干渉、なし。
ただし――
微弱な“認識”あり。
精霊は、それ以上踏み込まない。
まだ、名を呼ぶ時ではない。
⸻
◆ 人界/夜・宿
(ミリア)
部屋に戻って、ベッドに倒れ込む。
「……なんやろな、今日」
怖いわけやない。
不安でもない。
ただ、気になる。
「誰かに見られとる気ぃする、って……」
天井を見つめて、ぼそっと呟く。
「……まぁ、ええか」
まだや。
今は、まだ。
白い力は、何も言わへん。
眠ったままや。
ミリアは、そのまま目を閉じた。
王都アステルの夜は、静かに更けていく。
――何も起きないまま。




