少しだけ、運がいいだけ
冒険者ギルドの掲示板は、朝から賑やかだった。
紙の擦れる音、依頼内容を読み上げる声、装備を確認する金属音。
私はその端で、背伸びをしながら依頼書を見上げていた。
「えっと……森の魔物討伐、ね」
難易度は低め。
討伐対象は数体のウルフ。
「これなら、一人でも大丈夫そうかな」
受付のお姉さんが、ちらりとこちらを見る。
「ミリアちゃん、この依頼にするの?」
「はい。ちょっと歩きたい気分で」
「……無理はしないでね」
なぜか、毎回そう言われる。
私は笑って頷き、依頼書を受け取った。
*
森は、昨日よりもざわついていた。
枝が擦れる音。
低く唸る声。
「……いるね」
私は深呼吸し、フードを被り直す。
魔力を高める、という意識は特にない。
いつも通り、体が動くままに任せる。
最初の一体が、茂みから飛び出した。
「きゃっ――!」
反射的に後ろへ跳ぶ。
爪が空を切る。
地面に着地した瞬間、体が自然と回転していた。
「……え?」
自分でも驚くほど、動きが軽い。
氷の魔法を――使おうとした、その前に。
ウルフの足元が、わずかに滑った。
「……?」
ほんの一瞬。
まるで、霜が張ったみたいに。
「今の……?」
考える暇はなかった。
「スノウダンス!」
氷の粒が舞い、ウルフの動きが鈍る。
もう一体、横から来る。
「にゃぁっ!」
叫び声と同時に、体が前に出ていた。
剣を振るった感触は、確かにあった。
なのに――
「……急所?」
狙った覚えはないのに、倒れている。
残りも、同じだった。
攻撃が外れない。
相手の動きが、ほんの一瞬ずつ遅れる。
「……私、こんなに上手かったっけ」
戦闘が終わり、森に静けさが戻る。
息を整えながら、周囲を見回す。
怪我はない。
疲労も、ほとんど感じない。
「……常時回復、ほんと便利」
それだけのはずなのに。
背後で、枝が鳴った。
「……誰?」
警戒すると、別の冒険者が顔を出した。
「お、お前……今の戦い、見てたぞ」
「え?」
「ソロだよな?
あの数を、あんな短時間で……」
「たまたまです」
即答した。
「運が良かっただけで」
冒険者は、納得していない顔をする。
「いや……ウルフが転ぶか?普通」
「……転びますよ、たまに」
「たまに、で済むか……?」
彼は首を傾げながらも、それ以上は言わなかった。
「まあいい。
依頼達成、おめでとう」
「ありがとうございます」
*
ギルドに戻ると、ざわめきが起きた。
「早くない?」
「もう終わったの?」
「怪我なし……?」
受付のお姉さんも、目を瞬かせる。
「ミリアちゃん……本当に一人で?」
「はい」
「……討伐数、合ってる」
書類を確認しながら、小さく呟く。
「おかしいな……」
「おかしい、ですか?」
「ううん、なんでもない」
でも、その視線は、どこか探るようだった。
ギルドの奥。
別の職員が、ひそひそと話している。
「また、あの子か」
「突出してない、はずなんだけどな」
「でも、結果が……」
私は聞こえないふりをした。
*
宿屋に戻る途中、ふと足を止める。
風が、やさしく頬を撫でた。
「……今日も、変だったな」
自分に言い聞かせるように呟く。
「でも、たまたま、だよね」
森で感じた、あの“助けられている”感覚。
考えないように、首を振る。
「……私は、普通の冒険者だもん」
そう。
少し運が良くて、少し動けるだけ。
それ以上でも、それ以下でもない。
……たぶん。
私は再び歩き出した。
気づかないまま、
“普通ではない結果”だけを積み重ねながら。




