迷宮塔と、彷徨う鎧
「ヒューイ。そろそろ街に戻ろうかと思うのですが……」
ヒューイと話をしていると、反応が楽しくて、ついつい長くなってしまいました。
そろそろ戻らないと、持ってきた食料が尽きてしまいそうですし……。
迷宮塔には食べられる魔物もいるのですが、私のいる18階層にはその魔物が生息していないのです。
そのため、持ってきた食料が尽きてしまう前には、戻り始めないといけないのですが……。
「あー、そっかぁ……。ボクはどうしようかな……」
「ヒューイは……、ここから出られないのでしょうか?」
「んー? わかんない」
「まぁ……、そうでしょうね……」
そもそも、以前の記憶もなにもない彼がそんなことを知っているはずがありませんね。
試してみるしかないのでしょうが……、その前に私の前に招かれざるお客様がご来店されるようですね。
「ヒューイ、こちらにお客様がもうすぐご来店されます。その間、あなたはどこか見えないところに移動しておいていただけますか?」
「え、そうなの!? わかった、それじゃ僕はー……、あっちの部屋に隠れてるね!」
そう言って辺りを見渡していたヒューイが指差したのは、廃屋の奥にある扉。
そこまで大きな家ではなかったと思いますので……きっと、寝室へと繋がる扉なのでしょう。
寝室の中に隠れていればきっと大丈夫。
「……見られることも、無いはずです」
「ん? なにか言った?」
「いえ、なんでもありませんよ。では、あちらのお部屋に移動しておいてくださいね」
はーい、と笑いながら返事をしたヒューイは、浮くように扉の方へと移動していく。
そして、扉を開くことなく通り抜けていきました。
「……、そういえば触れられないのでしたね」
元気すぎて忘れていたと言いますか……、本当に不思議な子です。
私よりも元気で……、見ているこちらまで笑顔になってしまうような、不思議な魅力。
――だからこそ、私のこの姿を見せるわけにいかないのです。
「ですので、申し訳ございませんが、時間はかけずにお願い致します」
着ていた服を糸へと戻し、部屋の内側に巣を張るように巡らせる。
それと同時に廃屋の入口扉が壊され、私より幾らかばかり大きい西洋鎧が入り込んできました。
数にして3体の彷徨う鎧、色は黒……、つまり斧と槍と剣のパーティです。
デュラハンは基本的に3体でパーティを組んでおり、扱う武器によってその鎧の色が異なります。
赤鎧であれば、斧と剣と弓のパーティといったように。
そのため、今回のように黒鎧であれば、斧と槍と剣といったパーティなのは、鎧を見れば明らかなのです。
「なぜそうなっているのかは、わかりませんが……ッ!」
私を正面に見据え、まっすぐに突っ込んでくる斧使いへと糸を飛ばす。
もちろん相手にもそれは見えているのでしょう、糸を切ろうと斧を振りましたが……。
ここはもう蜘蛛の巣。
切られた糸から花が咲くように、白く細い糸が広がり――
「……、さようなら」
ほぼ開いていなかった目を完全に閉じて、小さく送りの言葉を口にする。
デュラハンは、逝く場のない魂が塔の魔力に当てられて魔物となった成れの果て。
きっとヒューイも……、何かが違えばこうなっていたのでしょう。
――いえ……、むしろヒューイが、何かの間違いの産物なのでしょうけれど。
「さて、ヒューイを迎えに行きましょう。あまり待たせてしまうと、こちらに来てしまうかもしれません」
しゅるりと糸を編んで身に纏い、姿を人へと変えていく。
服を、髪を少しばかり整えてから後ろへと向き直り、奥の扉へと足を動かす。
その部屋には、もう私しか動くものがいないのだから――。
「ヒューイ、お待たせしました」
「あ、セティス! 終わったの?」
「えぇ、話の早い方で助かりました。ヒューイの方こそ、特に何も無かったでしょうか?」
何もなかった、と笑いながら彼は私の周りを走り回る。
まるで、身体を動かすことが楽しいみたいに、色んな動きでバタバタと。
けれど、彼がいくら埃被った廃屋の中で走り回ろうとも、風が起きることもない。
その事に、彼は気が付いているのでしょうか。
……いえ、きっと気が付いていないのでしょう。
「ヒューイ、ひとまず試してみましょう? あなたが塔の外に出られるかどうかを」
「うん! やってみよう!」
ひとまず、歩きながらでも16階層の転移装置を目指しましょう。
人型であっても少し扱いにくく感度が下がるだけで、操糸魔法は扱えます。
ですので、ゆっくりと歩きながら確認をすれば、魔物と遭遇することは避けられるでしょう……。
「ここから2階層下がったところに、塔から脱出できる転送装置があります。ですので、まずはこの階層にある、下の階への出口を目指しましょう」
「うん! セティスについていけばいいかな?」
「はい。しっかりついてきてくださいね」
差し出した手のひらに重ねられた手は、暖かさも重さも、何も感じられない。
けれど、彼の笑う顔を見ていれば、確かに繋がっていると。
そう、感じられたのです。