剣
「私の為に死ね!エルーカ!」
「レジーナっ!どうして……。」
汗だくで目を覚ますと見慣れない景色、夢を見ていた、とてと嫌な夢。ぼーっとしてしばらく辺りを見回すとどうやらここは湿地帯のよう。
「そろそろ起きないと体がふやけて腐るぞ?」
「えっ?!」
そう言えば寝ている場所はと言うと、広大な水溜まりに水草がびっしりと生えており服や髪はすでにびしょびしょだった。何時間寝ていたのか指先の皮膚はすでにしわしわになっている。
「ペチカ様はいつお目覚めに?」
「そもそも寝てはおらぬが?」
「……。そうですよね、濡れてらっしゃらないですもんね。」
水溜まりに倒れているのに助けもしないとか!バレないようにそっとため息をつくと立ち上がりグルっと回り360度見回す。どこまでも続く水と草と背の低い細い木々に空。
「ここは?」と呟くとペチカ様が答えた。
「国の東、バーグレジア国境近く。ウラニール湿地だ。こんな所に飛ばしたと言うことはバーグレジアに行けと言うことか?」
「バーグレジア……、そこには行きたくない!!」
ペチカ様はエルーカの声は聞こえない様だ。「すぐに出発するぞ。」と言うと煙になりエルーカの鼻の穴から中へ入った。
「いったーい!どこから侵入してるんですかっ!!痛い痛い痛い!!ペチカ様のバカ!
……イタタタタタ!止めてください!!すいませんでした!二度とバカとか言いません!!」
突然身体中痛みだし、頭の奥から怒りのペチカ様のとても冷たい罵倒。必死に謝り続けること10分、体の痛みが和らぎお許しが出たようだった。はあはあ言いながらまた倒れると水浸しになりながら「バカという言葉は二度と言うまい」と心に誓うのだった。
確か、私を殺させない、言うことを聞く、神様との約束を守ると言ってたよね?バーグレジアは母が亡くなった場所。行きたくないに決まってる。でも初代様がここへ飛ばしたとなるとやはり行くしかない。意を決して歩き始める。
バシャバシャ、バシャバシャバシャバシャ、バシャバシャバシャバシャ、バシャバシャ……。
「あの、ペチカ様?本当にこっちで合ってるのですか?行けども行けども湿地帯から抜け出せません。
ペチカ様?もしかして寝てらっしゃいます?……。
はあ、寝てるし。」
エルーカは図書室で読んだ歴史書に書かれたペチカ様の半生を思い出していた。
生まれながらにして激しい魔力を帯びた王女はとても大切にされ育った。当たり前だがそんな環境で育てば録な人間には育たないのがセオリーだ、ご多分に漏れずペチカ様も録でもない、いや、そんなものを遥かに凌ぐ暴君に育ってしまった。
少しの失敗も許さずメイドや侍女、調理人、従者を次々と処刑させるなど他人に対してとても冷徹で、実に5年で約18062人もの王宮に仕える召し使いを処刑したとあった。
そのくせ城下の散策が大好きで町中でもその能力を最大限使用し、ただ目があっただけで打ち首を申し付けたり、イチャイチャするカップルを見つけると女の後頭部に魔法をぶつけ、頭を彼氏に殴られたと勘違いさせ仲たがいをすると、喧嘩を見せられて不愉快だと処刑したりと好き放題だった。
ある日子供がペチカ様の行列の前に立ちはだかる事件が起きる。数日前に存在事態が不愉快だと両親を処刑された子だった。
護衛に羽交い締めにされながらもペチカ様に罵声を浴びせている幼い子供を公衆の面前で足元からゆっくりと石に変えると木っ端微塵に砕いてしまったのだ。この事件を目撃した者たちは終始笑っていた女王に軽蔑と嫌悪、憎悪の感情を深く植え付けた。
悪政を敷き高い税を取り国中の者が苦しみ怯えて暮らす中、民衆はこの時代が早く終わるように祈りを捧げた、神に愛された国なのだ、きっと神からの助けが得られるはず。
神の子であるペチカの悪政を誰も正せず国が疲弊する中ある日それは訪れた。
月が欠けたのだ。ラナンティアでは月蝕は不吉の種、国が正常に機能していないと神が判断したのだ。天から使わされた神の使いデリンダによりペチカは断罪された。
神の使いと呼ばれながらその処刑方はとても残酷であったらしい。ペチカ様は誰にも悲しまれず惜しまれず、命を落としたそうだ。
「……。死の記憶ってあるのかな?」
「体に刻まれた痛みは未だに残っておる。」
いつの間にか起きていたペチカ様が答えた。何百年も前の出来事であろう痛みが未だに記憶にあるとは。
「同情はいらぬ、自業自得であるからな。デリンダ……、先程神の祠で気配を感じた。」
頭の中で話すペチカの怯えた気配が伝わりエルーカも体が震える。「あと、1時間程歩けば湿地を抜ける、早く出たいのなら走るが良い。」と言うとペチカ様はまた眠ってしまった。
必死になり歩いていると前方に金色の鎧を着た大きな男が目に入る。なんとなく気付かれると厄介そうだと判断し身を低くしてみる。18才とは言え成長が遅く体の小さな女の子がましてや女の数が少ない昨今、湿地帯を一人で歩いているなど可笑しいことなのだ。
背の低い草と水と細い木しかない場所で隠れきれるはずもなく、草の色より遥かに美しいエメラルドグリーンの髪に気付いた鎧の男はすごい勢いで近づいてきた。
「ななななんだ?なんでこんなところに女の子が?さては魔物だな?顔を上げろ!!」
喉元に剣を突き付けられ恐る恐る顔を上げ男の方を向く。
「おおっ!なんと……、これは……。もしやラナンティアの王女様では?」
剣を納めしゃがみこんでるエルーカに手を差しのべようとした所でエルーカの体から薄紫色の煙が飛び出し女性の姿になると二人の間に割って入った。男は眉根を上げ睨み付ける。
「気安く近付くな下朗。貴様この世の者ではないな?」
「ふん、お前も似たようなもんじゃないか?だが、ついに見つけたぞ!!お前をずっと狙っていたんだ!!」
「私を狙っていた?まさかレジーナが追っ手を差し向けたの?」
「エルーカ下がっておれ。こやつの狙いは妾じゃ。」
ペチカ様はエルーカを突き飛ばすと鎧男に向けて大きな炎を飛ばす。鎧男は盾で防ごうとしたが足場が悪く重量のある盾を瞬時に体の前へ運べず頭と体の左半分が燃えてしまう。「あちっ、あちあち!うわっ燃えるー水!水ー!」と叫び、余りの熱さに湿地の水の中をごろごろと転がり消火して冷やした。ジュウ~っと熱が下がる音がし、鎧男は仰向けで安堵のため息をついた。
そしてペチカはなんとも情けない姿に固まりつく。
「ペチカ様この方はもう戦闘の意思も無いようですし行きましょうか?」
「そっ、そうだな。」
関わらない方が身のためだと二人は頷き合うと踵を返す。
「おい、待て。俺を忘れたか?ペチカ=ラナンティア!ハドナル国の英雄、ルッツ=シュミットだ!貴様に我が王を皆の前で惨殺され俺は責任を取らされ流刑の後死んだ。王に会わす顔がなくお前を倒すことのみ考え一睡もせず何百年もこの世をさ迷い続けた!念願かない今こうして向き合う事になるとは!」
「お前今寝ているではないか?それにお前を知らん、ハドナル国?どこだ?記憶にない。悪いが先を急ぐから。」
「ご自分で英雄とか偉大とか言うのって……、ペチカ様位かも、ぷぷぷ。イタタタタタ!!きゃーごめんなさ、ごめんなさい!」
キセルで頭をボコボコ叩かれエルーカは走って逃げるがペチカ様のお仕置きの魔法がお尻を焦がす。エルーカの悲鳴が響き渡った。
よっこしょっと立ち上がった鎧男ことルッツ=シュミットは膝をつくと剣を水の底へ置くとペチカを呼んだ。
「我を倒したものよ、我が力を授ける……。たとえ我が君主の敵であれ受け入れよう。さあ、われ」
「いらん!」
「えっ?!いや、待て待て。我が力を受けとるが良い。
…………………………。
えっ!?無視?
話終わりませんよ?終わらないといつまでも付きまといますよ?だってそうゆう呪いなんですから?」
「なら、今ここで粉々に消し飛ばして跡形もなくしてやろう。」
指をボキボキ鳴らしながら鋭い目付きでそして嫌な笑顔で近付いてくるペチカ様に両手を胸の前に出し、まあまあとなだめながら後ずさるルッツ。
「ひっ、姫様もなんとか言ってくださいよ!あなたの女神にやられたのです、私は剣です、あなた様の剣なのてす。」
「私の剣?どういう事?」
ルッツが言うには、この世のものではない者、(ただし魔物は一応この世の者らしい。)は使役(エルーカに取り付いたペチカ様)が倒すとその力を手に入れられる様だ。ただ不要な力は受け取らなくても良いがその際倒された者は消滅してしまう。
「俺さ~、何百年もさ迷った訳よ、そもそもこんな化け物じみた力の王女からうちの国王を守れる分けないじゃん!!結局俺だけ貧乏くじ引かされて流刑だぜ?小さな無人島とか!はあああ、辛かったなぁ……。流される前日婚約者が牢屋の前にやって来てくれて少し期待したんだ。一緒に付いてきてくれるんだって。でもそうじゃなかった。婚約解消の書類にサインしてくれだってさ。もう目の前で死んでやろうかと思ったよ。でも、まあ仕方ないさ、好きな女を不幸にはできないと笑顔でサインして、「君を不幸にはできない、良い人ができたらその人と幸せにな」、って言ったら「もうお父様が見つけて下さったの!!あなたよりハンサムでお金持ちの伯爵様を。」だってさ。絶望。さすがに恨んだね~、全てを。」
ペチカ様は居心地悪そうにし、エルーカは眉間にシワを寄せ遠い目をしていた。一体いつになったら終わるのだろうか?このタイミングで「不要」と言ってみようかな?と考えていると、ルッツはジト目でエルーカを見つめる、兜の目の部分の穴から……実に怖い、怖いのだ!
エルーカはため息をつくと、
「剣ってどのくらいすごい力なの?ペチカ様に手も足も出ないのは仕方ないとして……。」
そこまで言うと天が暗くなった。ふと空を見上げると大量のとてつもない数の剣が宙にユラユラと浮かんでいた。ルッツを見ると右腕を高々と掲げ左人差し指を口元へ合わせ詠唱している。
「あなたが出したの。すごい数……。」
「剣の雨ですよ姫様。」
「ほう、大したものじゃ。」
「姫様がこの攻撃に合った場合の生存率は……。」
「0%」
「100%」
ルッツとエルーカが同時に言った。
「生存率100%ですって?姫様いくらなんでもそれはないでしょう、ご自分のお力を見誤らないで頂きたい。」
「あら?だってあなたは私にこの力を使ったりしないでしょ?」
「……。あっはっはっは!それはそうだ。」
ルッツは今まで被っていた兜を外した。綺麗な薄い金髪に整った顔、それは美しき英雄と表現される容姿でエルーカもペチカと度肝を抜かれた。その色男は真っ白な歯を盛大に見せつけ高笑いをすると再び跪き剣を両手で掲げエルーカに恭しく献上した。そっと剣を受け取るとルッツの頭、左肩、右肩と順々に乗せ、
「我エルーカ=ラナンティアは我が名の下、ルッツ=シュミットを我が剣とし生涯違わぬ主となることをここに宣言する。」
「慎んで我が主エルーカ=ラナンティアに忠誠を誓い、その生涯を主の側に付き添う事をここに宣言する。」
ルッツは宣言すると剣をエルーカから受け取り片手で軽々持ち、エルーカに手を差し出す。
差し出された手にエルーカが手を乗せると動かないように軽く握り剣の先を人差し指へ優しく滑らせた。
エルーカの血は剣を伝い柄の部分まで流れて行く。
エルーカを切った場所より少し上、血が着いていない所でルッツは指先を切り二人の血が混ざりながら柄に流れ着く。
剣は金色に輝き出すと大きな紋章が浮かび上がった。
契約成功の証しだった。
「我が姫、感謝いたします。もうペチカへの遺恨は捨てまグゴラ。」
最後まで言うこと叶わず湿地に沈むルッツ。ペチカ様がどこから出したのかとても、とても大きな鳩時計を体の横からフルスイングしルッツを吹き飛ばしていた。
「ペチカ様だろが?妾は生まれながらにして最上、最強なる女帝ぞ?」
「しっ、しつれ……い、いだしましだ。」
そう言うと金色の煙になった。エルーカは鼻からの侵入を拒もうと鼻の穴を両手で抑えたが、こともあろうに金色の煙は女の大事な部分…。股間辺りへ移動した。これにはエルーカもペチカ様も顔を歪ませエルーカはダッシュで逃げ、ペチカ様はどこから出したのかハンディタイプ掃除機の様な物でルッツの煙を吸い込んだ。
掃除機の中で反省させられやっと出してもらったルッツは身体中ダニに食われ折角の男前も台無しとなっていたが、自業自得とのことだった。
ここはエルーカの頭の中、真っ白の空間だ。
ドアが10こ程あり、その内のひとつに歪な字で【カエル】と書いてあり、もうひとつに【女帝 ペチカ陛下】とある。
空間の中心部は広く運動場の様で、白いテーブルとイスが3つあった。
「姫様の中に入る方法を考える会」
と書かれた看板を立て、住人が部屋から出てくるのを6時間程待っている。
エルーカの中にいるのは【カエル】、【女帝】、【剣】だ。10の扉があることから後7名は入ってくる可能性がある。
外に出ていく時は毛穴から拡散して出ているのかスンナリ出ていけるが入る時が問題だ。ある程度の大きさがないとささっと入れない。鼻の穴は痛いらしくお嫌の様である。後は耳の穴、お尻やお股の辺り……、うぉっほん……、ここは頂けない。先程手痛いお仕置きを受けてしまった。あとは、あとは、意外とないのだ。目もきっと痛いだろうし隙間も小さそうだ。
もくもくと考えていると扉が少しだけ開いた。誰も出ては来ない、良く見ると下の方に緑の物体が見える。【カエル】だ。
俺は驚かさない様にとイスで寝た振りをする。
【カエル】はピょコーンと飛ぶと300メートルはあるだろう距離をたった3歩でやって来て看板の前で首を傾げた。そして椅子で寝ている製作者を振り返るとビョーンと飛び顔の上に着地する。
「どわっ!気持ち悪い!」
いきなり冷たく湿った物が顔に落ちてきてルッツは飛び起きた。
【ケロケロケロ!!ケロケロ、ケロケロケロ!ゲロ~。】
「なんだ?最後だけ嫌にリアルに聞こえるな?ゲロ~って!
「はいはい、カエル語なんてわかんねえよ?まあいいさ。ジェスチャーで大体わかんだろ?ほれ、やってみ?どっから入るんだ?」
すると【カエル】は大きく口を開け手で口の中を差指差さした。
「ああ……口か……。」
そんな簡単な事にも気が付かなかった事にショックを受けると静かに看板を引き抜きまだ名前のない自分の部屋の扉を開け中へ入っていった。




