第2話 仁義ありき浮気調査
浮気調査編 了。
火曜日。
今日の張り込みは美樹子が担当する。
今日『の』、とは言っても月曜から水曜までは美樹子の担当なのだが。
(…寒い。アンパンと牛乳だけでは心許ないな)
渡されたものはメモと加藤の妻の写真、それからパンと牛乳だけだ。
年中ワイシャツの美樹子に冬の風が突き刺さる。
「ひゃっ…く」
今のはしゃっくりではなく、くしゃみらしい。
「このままじゃあ調査の前に私が潰れてしまうぞ…」
結局、その日は何の成果も得られず美樹子が風邪を引いてダウンするだけの結果となった。
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第2話
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水曜日。
美樹子が風邪を引いてダウンしている間は、2人共同寝室のベッドの所有権は一時的に美樹子に移る。
「半井君、冷ピタが茹であがりそうだ、早く代わりを持ってきてくれ」
風邪を引きながらも美樹子節は健在のようだ。
「元気よく命令できるなら自分で持って来なさいよ」
ぼやきながらも氷水の入ったボウルとタオルを持ってくるあたり、彼女は世話好きなのだろう。
「や、悪いな、しかし」
「本当よ、調査しきれなかったらどうするつもり?」
「加藤に謝らねばな」
「そして今月の食費がパァになるのよ」
「それは困るな、半井君の料理が食えん。君の存在理由が無くなってしまう」
「葱で首絞められたいの?」
葱を首に巻くと風邪の治りが早くなると言う。
何だかんだで彼女を慮っているのだろう。
「冗談だ。君は居るだけで役に立ってくれるから」
「な、何よ突然、気持ち悪い」
「動きが機敏でスピードだけはピカイチだからな、君は。なあミセスモンキーヒヒ」
杏の投げる冷えタオルが美樹子の顔面に直撃した。
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木曜日。
「本当に大丈夫なの?」
「ああ、腐っても探偵だからな。体は丈夫でないといかん」
「それ関係ないんじゃあ…でも万全じゃないんでしょう」
「厭だな、心配し過ぎだ君は」
「してないわ、道端で野たれ死んだら死体の処理に困るから」
「結構結構、では行こうか」
彼女らが朝早くから向かうのは加藤の住む住宅街。
美樹子の、
『私がわざわざ張り込みをして風邪を引くより待ち伏せして追いかけた方が近いんじゃないか』
という提案に杏が
『その考えには至らなかった』
といった驚愕の表情とともに二つ返事で了承された調査法。
杏はあまり賢い方ではないのかも知れない。
「そら、出て来たぞ。…夫が仕事に行っている間に、どこへ遊びに行くのやら」
「追いかけるわよ、スピーディに、かつ静かにね」
「忍者の心得は無いんだが」
三郎の妻を追いかけて行った先は―――
「ありゃァ、うちの事務所じゃあないか?」
「ええ……?そんな、まさか」
「いや、確かにうちの事務所の階段を上っていっているな」
なんと三郎の妻は彼女らの事務所の階段を上って行ったのだ。
「…追いかけるか」
「あの、うちに何か御用ですか?」
杏がおずおずと尋ねる。
「あら、探偵さんの…?」
「いや、探偵は私の方だ」
「そうでしたか、お二方に相談がありまして、来ましたの」
「はあ…?」
「まあ、立ち話も何だ、入りたまえ」
「どうも…」
「…して、ご婦人、依頼の内容は?」
「実は、ここ最近、旦那が浮気をしているような気がして」
「えっ…?」
「待て、ご婦人。あんたの旦那さんも同じ依頼を私たちにしたんだ」
「え、えっ…そ、それは、どういう…」
「話がこんがらがって来たわね、旦那さんを呼んだほうが早いわ」
「おい、聖子、どういう事だ俺が浮気をしているか疑っているって」
「あなたこそどういう事よ、休暇の日に『出張が出来た』って事、最近多いじゃない」
「お前だって、体操教室を休んで毎週火曜日と木曜日にどっか行くだろ」
「そ、それは…あなたこそ、どうなのよ、本当に出張なの」
「ああ、もう正直に話すよ。
もうすぐクリスマスだろ、滅多に物を欲しがらないお前が欲しがってた腕時計を探してたんだよ」
「えっ?」
「サプライズにしとこうと思ってたんだ」
「わ、私は…ここ数週間だけ、火木曜日に友達の所にアルバイトに」
「それまた、どうして」
「クリスマスにどこか私のおごりで外食でも、と…」
「…お前ッ」
「あなたッ」
探偵とその助手2人を置き去りに堅く夫婦の愛情と友情と絆を誓いあう2人。
「…見せつけられたな、真冬に熱い連中だ。こちらも見せつけてやろうか半井君」
「い、厭よ、気持ち悪い」
「そうか、ならばいい」
2人は上機嫌で2人分の料金、96.000円を置いて去って行った。
こうして、久々の依頼は何やらおかしな方向へ行ったが、無事解決したのだった。
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そうして、夜。
「ああそうか、もうすぐクリスマスだったな、杏」
2人が行った後静かになった応接室でぽつりと美樹子がつぶやく。
「ええ、そうね。でも美樹子はいい子じゃないからきっとサンタさんは来ないわ」
「冗談、家出してきたんだ、子供だったにしてもプレゼントをくれる人なんか居ないよ」
「…?居るじゃない、サンタさんが」
「…は…?」
「だから、今のうちにイイ事沢山しておけばきっと来るわ、サンタさん」
「なあ、まさかとは思うが…杏、君はサンタクロース氏を未だ信じているタチか?」
「…??北の方から飛行機も使わずわざわざソリで良い子にプレゼント配る物好きなお爺さんでしょ?
去年も私は彼からプレゼントを貰ったわ」
「杏…」
「な、何よその目は、私だってサンタクロースの事くらいちゃんと知ってるわよ」
「いつだったか…君をひっくるめて、
『この事務所に居るのはくたびれた女2人だけ』と言った事を詫びよう。君は立派に『女の子』のようだ」
「……!?な、何よそれ!何なの?何なのよ!」
杏は何とも形容しがたい顔をしつつ、頬を若干染めて腕を振りまわして怒る。
それを見て、美樹子は苦笑するしかない。
(今年もばれないように枕元に何かしらを設置する作業が待っているのか)
そんな事を心でぼやきつつ、美樹子は上から下に振る雪を眼で追った。
浮気調査編 了