撃ち抜いたのは
どうしてこんなことになっちゃったんだろう。
暴風に揉みくちゃにされるみたいな時間がようやく過ぎ去って、今のわたしは犬か猫みたいにゆるゆると撫でられていた。
───ルダーさんに、抱きしめられたまま。
いつのまにか、リビングのロングソファに寝そべるような格好でくつろいでいた彼の、その身体の上に乗っかって。
重くないのだろうかと考えたけれど、軍人として鍛えた彼の長身は、わたしくらいの体重ならなんともないのかもしれない。
まだ完治していない傷もあるはずなのに。
どうしてこんなことになっちゃったんだろう。
ルダーさんの顎と肩に挟まれて、わたしの頭は固定されている。しっかりした筋肉でびくともしない左腕がわたしの身体をぐるりとまわっていて、両脚は彼の脚の間───だと思う、微妙に絡んでいてよくわからない。
この体勢、いつかの醜態も思い出す。すごく恥ずかしい。
でも手足は痺れたように力が入らなかった。綿の少ないぬいぐるみみたいに身体がくたくたして、動けない。
それに、ほんの少しでも身動きしたら、またさっきみたいに容赦なく喰われてしまうんじゃないかって。
そう思うと、ちょっと怖かった。
今のルダーさんは、狩りの後でおなかいっぱいになって寝転ぶライオンみたいだ。
満たされて、余韻を楽しむように、大きな牙で獲物の骨をかじっている。
喰い尽くされたわたしにはなすすべもない。
どうしてこんなことになっちゃったんだろう。
はじまりは何だったっけ、とぼんやり思い返して、わたしはずいぶん前から『ハンター』のルダーさんに仕留められていたんだって、気が付いた。
たぶんきっと、最初に名前を呼ばれた時から。
低いバリトンに心臓を撃ち抜かれたような気がした、あの時から。
何度も、重ねて。
でもまさかこんなことになるなんて。
ほんとうに、もう。
※ ※ ※
「……もう。どうしてこんなことになっちゃったんだろう」
ぽそりと呟かれた、おそらくは独り言に、思わず噴出した。
「───そうだな。最初に出会った雪上のフィールドで、お前が俺の心臓を撃ち抜いたからだ」
偶然とはいえ、この俺に弾を当てたあれがなければ、きっと今こうしてはいなかっただろう。
だがミハルは思ってもみないことを言われたように、驚愕に目を見開いた。
「ええっ。る、ルダーさんが先に……っ」
そうして、何かに気が付いたようにはっとして、己の口元を押さえる。
……頬が赤くなってきたな。
「俺が? 俺が先に、なんだ?」
飲み込んだ言葉は、俺が先に───『撃ち抜いた』?
「俺がミハルを『kill』したのは一度だけだが」
それも『kill』された仕返しに、だ。
赤い顔を覗き込めば、ぶるぶると首を横に振る。
「な、なんでもないです、そうですねわたしが先でしたねっ」
慌てふためいて性急に話を終わらせようとするのは、他に何か思うことがあるからか。それを吐かせるのも面白そうではあるが。
どうしてやろうかしばし逡巡し、結局は却下した。下手なつつき方をして逃げ出されるリスクを負うよりも、このまま大人しく捕われてくれるほうが都合がいい。
撃ち抜いたのはどちらが先かなんざ、どうでもいいことだ───獲物はすでに腕の中。
あとはじっくり味わって、楽しむとしよう。
これにて完結になります。
ここまで読んでくださってありがとうございました!