マツ①
私の名前はマツ……。
無魂の鏡と言う国宝を守る、鏡の巫女の一族……。
この鏡には生き物の命を奪う力と死者を生き返らせる力が備わっており……有り余るその力を抑制するために私達巫女は存在する。
国王を始め、国民の大半は鏡の力を信じ……私達巫女を崇め称えている。
中には世迷言だと笑う人もいるけれど、鏡の力は本物だ。
だからこそ……巫女と言う重大な役割を任せてもらえるように、幼いころから厳しい修行に耐えてきた。
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そんな私には……結婚して9年になる夫と今年7歳になる娘のフィナがいる。
私達家族はとても仲が良く、特に娘のフィナは年頃なのか甘えたがりだ。
周りにいる人達も良い人ばかりで毎日が幸せだった。
だけど……そんな幸せな日々に突然、暗雲が立ち込めた。
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「ゴホッ! ゴホッ!! お母さん……苦しい……」
ある日……足元がふらついたフィナが私に体調不良を訴えてきた。
熱もあるのですぐに医者を家に呼び、フィナを診てもらった。
「どうやら風邪ですね……。 薬を処方しますので、3日ほど安静にさせてください」
私はフィナの看病をするため……家のことや買い物は使用人達に任せ、予定されていた巫女のお務めは同じ巫女である姉に事情を話して外させてもらった。
みんな私がフィナの看病に専念できるようにと喜んで協力してくれた……本当に良い人ばかりだ。
ただ……私には1つ、心残りがあった。
それは親友であるロベリアのこと。
ロベリアは私が心から信頼できる唯一の親友……ううん、家族だ。
彼女は極度の人見知りで、私以外の人とは口もきかないけど……決して悪い子じゃない。
あの子はただ、人との関わり方がよくわかっていないだけ。
そんなロベリアとは初めて友達になれた日……”友達記念日”を毎年2人で欠かさず祝っている。
そして今日は15回目の記念日……私もロベリアもすごく楽しみにしていた。
だけど……風邪を引いたフィナを置いていく訳にはいかない。
夫は仕事の都合で帰りが遅いし……使用人達が家にいるとはいえ、親が離れたりしたら子供は寂しくなってしまう。
「ロベリアには悪いけど……今日の記念日はキャンセルさせてもらおう」
私は罪悪感を覚えながらも、家の電話機でロベリアに電話を掛けた。
「ロベリア、ごめん。 今日の友達記念日は延期してもらえない?」
私はフィナの看病を理由に友達記念日の延期をロベリアに求めた。
ロベリアはすごく嫌がっていたけど……フィナのそばを離れられない私は”きっとわかってくれる”と信じて謝り続けた。
だけど……。
『心にもないことをペラペラと……要するに娘を出しにして、私と会わない口実を作りたいだけでしょう?
それはそうよね……こんな醜い容姿の私と仲良くしてるなんて……人に知られたら恥ずかしいものねぇ……』
受話器の向こうから聞こえてくるロベリアの声音が突然豹変した。
今までロベリアが気を悪くしたり怒ったりして声音が低くなることはあったけど……今、耳にした声は今まで聞いたことがないほど冷たい声だった。
『そうよね……私みたいな醜くてつまらない女なんかと一緒にいるより、愛する夫や可愛い娘と過ごした方がずっと楽しいわよねぇ……』
「まっ待ってロベリア! 私、そんなこと思ってない!」
自分を卑下する言葉を吐き散らしながら、私を突き放そうとするロベリア。
私は何度も否定したけど、激情した彼女の耳には全く届かず……
『あんたと話すことなんてもうない! 二度と私に関わるな! この裏切者!!』
絶縁をほのめかす言葉を吐き捨て、ロベリアは電話を切ってしまった。
「ロベリア! 待って!」
私はその後、何度もロベリアに電話を掛けたが……彼女が電話に出ることはなかった。
「ロベリア……」
話し合いと言う名の希望と共に受話器を置く私の脳内にロベリアの言葉がよぎる。
彼女のあの口ぶり……まるで私が家族との関係ばかり重視して、ロベリアとの関係をないがしろにしているように聞こえた……。
「そんなこと……ないのに……」
結婚する前は、毎日のようにロベリアと過ごしていた。
だが妻となり、母となった今は……昔と比べてロベリアと過ごす時間は必然的に少なくなった。
彼女に寂しい思いをさせていた自覚はあったが……家族がいるんだから仕方ないなんて言い訳はしたくなかった。
だから私は少しでもロベリアとの時間を作れるようにと、何度かフィナの誕生日会や家族旅行に招いたが
……彼女は1度も来てくれなかった。
ロベリアが求めていたのは私と過ごす時間だけで……他の人間との繋がりなんて欲しくなかったんだろう。
だけどそんな唯一の私が……2人にとって最も大切な記念日より娘を優先してしまった。
よく考えたら……ロベリアにとってそれは最大の裏切りだったのかもしれない。
「……」
ロベリアと話し合いたい気持ちは強かった。
できるものなら、いますぐ彼女の家に向かって直接話をしたい。
だけどやっぱり……私には風邪を引いて弱っているフィナを放っておくことができなかった。
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それから4日後……フィナの風邪は嘘のように治った。
だけど私の胸には……不安が残ったままだ。
私は使用人にフィナのことを任せ、ロベリアが好きなケーキやお菓子を持って彼女の家を訪ねた。
友達記念日をやり直そう……そうすれば、きっとロベリアと仲直りできる。
そんな希望を胸に抱き、私はロベリアの家のドアをノックした。
ドンドン!!
「ロベリアいる? 私、マツだよ。 ドアを開けてくれない?」
ノックしながら私は中にいるロベリアに呼び掛けた。
ここは元々使われなくなった古い小屋で、今はロベリアが1人で住んでいる。
ドア越しでも人の気配はするから……彼女は中にいるはずだ。
「……」
少しすると……ドアが少し開き、覗きこむようにロベリアが顔を出した。
「ロベリア、この前はごめんなさい。 せっかくの記念日を断ったりして……」
「……」
「娘の風邪……すっかり治ったんだ。
ロベリアこの後、時間空いてる?
もしよかったら、今から友達記念日のやり直しを……」
「失せろ……」
「えっ?」
「私に友達なんていない。
さっさと消えて……」
そう言うと、ロベリアはドアを閉めようとした。
「待ってロベリア!」
私は反射的に足をドアに挟み、閉まりかけたドアをなんとか押し留めた。
「二度と関わるなって言ったでしょ!? もうあんたの顔なんて見たくもない!!」
聞く耳を持ってくれないロベリアは無理やりドアを閉めようとする。
私はドアに挟まれる足の痛みに耐えながら……言葉を続ける。
「お願いロベリア、話を聞いて! 私、あなたに謝りたくて……」
ドッ!
「うっ!!」
私が言い終える前に……ロベリアがドアの隙間から手を伸ばし、私を力強く突き飛ばした。
私は不意を突かれたこともあり……しりもちをつくどころか、地面に倒れてしまった。
その際、持っていたケーキやお菓子も手放してしまい、周囲に散乱してしまった。
そして家から出てきたロベリアが軽蔑の眼差しで私を見下ろし……。
「あんたなんかに……私の気持ちがわかってたまるか!!」
そう言い残すと……ロベリアはこの場から走り去って行ってしまった。
「ロベリア、待って!!」
私は急いでロベリアの後を追いかけるが……あまり体力のない私では亜人特有の高い身体能力があるロベリアを追い続けることはできなかった。




