四人組
ある日、僕は卒業写真を見て驚いた。
四人で撮ったはずの写真だが、三人しかいなかったからだ。
社会人になって三年目、都会に出て来た為、昔の仲間、特に高校時代の仲間と会う機会が減った。盆や正月に帰省した時に会うくらいだった。
高校時代、僕らは四人組だった。ショーエイ、タンク、マコ、そして僕の四人だ。僕はヤダケンと呼ばれていた。僕の名前が谷田健太だったからだ。
僕ら四人、何時も一緒だった。授業をサボってゲーセンで時間をつぶし、コンビニの前にたむろして、夜が更けるまで愚にもつかないことを語り合った。イキっていたかもしれないが、不良だった訳ではない。
僕らは卓球部で知り合った。入部当初、新入生は四人しかいなかった。僕らは自然と仲良くなった。卓球の方は、厳しい上下関係にうんざりして、夏休みになる頃にはサボり始めてしまったが、四人で遊ぶことは止めなかった。
ショーエイは四人の中でリーダー的存在だった。長身でスタイルが良い。しかも、細面のイケメンだ。僕らと違って、中学時代から、卓球の県大会で上位に名を連ねるような選手だった。うちの高校、サッカーや野球部は有名だが、卓球は強くないどころか、出場選手にも事欠くような弱小部だ。ショーエイのような人間が目指すような部ではなかった。
「高校を間違えたんじゃない」とショーエイに何度か聞いたことがある。
その度にショーエイは「いいや。卓球は中学までと決めていたんだ。高校では趣味。卓球は趣味でやるだけだ」と答えた。
「勿体無い」と僕が言うと、「いいか、ヤダケン。考えてもみろ。県で一番、二番っていうやつだって、全国に行けば初戦負けだったりする。俺がぶっちぎりに強くて、周りに敵なしっていう人間だったら、卓球に入れあげていたかもな。俺の才能なんて、そんなものだ」と自嘲気味に言った。
だけど、一度だけ、ショーエイの本音を聞いたことがある。タンクの家に泊まりに行った時、こっそり酒を飲んだ。酔っぱらったショーエイが言った。「俺、中学で身長がぐんぐん伸びただろう。手足が長くなっちゃって、そのせいか、ラケットを振る感覚が変わってしまった。上手く言えないけど、昔みたいに自由にラケットを動かせなくなってしまった。卓球が下手になったんだ」
「そんなこと、あるのかい? 練習すれば良いだけじゃないの」と当時の僕は無責任に言ったが、その後、ショーエイのように成長期に体型が変わることで、パフォーマンスが大幅に低下する症状があることを知った。
クラムジー(思春期不器用)と言うらしい。
この時期に「何で出来ないんだ!」と叱咤するような監督、コーチに出会ってしまうと、途端に選手はやる気を失ってしまう。
多分、ショーエイにも似たような経験があったのだ。
それでも卓球のことは好きだったようで、大会が近づくと部員が足りないので、ショーエイに応援要請が来て、渋々といった感じで大会に出場していた。勝ったり負けたりだったから、相変わらず卓球が上手かった。
――ちゃんと練習をすれば、もっと強くなれる。
と周りに言われたが、そう言われたいが為に、ショーエイは練習に顔を出さないでいることが僕にはよく分かった。
タンクは小太りで寸胴な体型をしていることから、タンクというあだ名がついた。
「高校に入ったら彼女をつくるんだ!」と男女が一緒に練習することが多い卓球部を選んだらしい。良いやつだが、もてる男ではなかった。結局、高校時代に彼女はできなかった。
明るくて、人見知りをしない性格なのだが、複雑な家庭環境で育ったようで、何度か不登校になったことがあったらしい。
――タンクと同じ中学だった子に聞いたけど、タンクって二号さんの子供みたい。そのことを同級生にからかわれて、喧嘩をして不登校になったことがあるそうだよ。
とマコが教えてくれた。
父親がいないことは知っていた。タンクは妾の子供であり、父親はちょっとした地元の会社の社長であるらしいことを、その時、知った。
「父親とは会ったことがあるけど、あっちの家族とは会ったことがない」というようなことをタンクが言っていた。
複雑な家庭環境から友人が少なかったようで、家に遊びに行くと、タンクのお母さんに喜ばれた。そんな訳で、僕とショーエイはよくタンクの家に泊りがけで遊びに行った。
卒業式の日、「お前らのお陰で、高校時代、不登校にならずに済んだ。本当、感謝している。ありがとう」とタンクに言われ、頭を下げられた時には、不覚にも涙ぐんでしまった。
マコは紅一点。
「別にどこでも良かったの。私を必要としてくれるなら」とマコは卓球部に入部した理由をそう語った。一つ上のシオリ先輩に誘われて卓球部に入部した。
真琴が名前だが、「マコトって言うと、男のっぽく聞こえるので嫌。マコと呼んで」と本人が言うのでマコになった。
――変わった子だ。
と最初は思った。ショートカットでボーイッシュ。小柄でスリムな体型、笑顔が可愛くて、世の男から「守ってあげたい」と思わせる要素に溢れた女の子だった。性格もサバサバしており、ノリが軽くて、マコと話をするのが楽しかった。
流石に、女の子とあって、タンクの家のお泊りに参加することは無かったが、それ以外は大抵、何でも一緒に行動した。その内、女子が何人か卓球部に加わって、女子部員はマコ、一人では無くなった。卓球に熱中していたように見えたが、僕らが部活をサボりだすと、マコも練習に出なくなった。
「いいの? 卓球、やりたいんじゃない?」と聞くと、「私の居場所はここだから」と言った。
マコは何時でも何処でも、人と繋がっていたかった。
実家は開業医だ。両親は成績が良かったマコの兄に跡を継がせるため、兄のことにかかりっきりで、マコのことは放ったらかしだったらしい。マコは両親の愛に飢えていた。だから、人との繋がりを求めていたのだ。
「一度だけ。パパが私の誕生日にケーキを買って来てくれたことがあった。あの時のケーキの味が忘れられない」とマコが言っていた。
寂しかったのだ。
そして、僕、ヤダケン。ごく普通のサラリーマンの家庭の子だ。中学からうちの高校に進学した生徒が少なかったので、友だちが欲しかった。友だちをつくるには部活をやるのが一番だ。中学校時代は野球部だったが、厳しい練習が嫌で途中で辞めてしまった。でも、体を動かすことは嫌いではない。そこで、練習が甘くて幽霊部員が多いと聞いた卓球部を選んだ。
そこでショーエイ、タンクとマコに知り合った訳だ。




