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コオロギ

 異世界に転生するとコオロギになっていた。

 しかし、何故、コオロギなのだ? 特にコオロギに憧れたということなんて無かったのに。

 とは言え、どこまでも続く草原――俺にとって広大な草原であっても、人から見れば公園の隅の草むらかもしれない――だ。食料は豊富にある。

 食べ物に困らないということは嬉しい。

 コオロギと言えば、鳴くことができる虫だ。厳密には背中の二枚の羽をこすり合わせることで、音を立てている。鳴いている訳ではない。

 鳴くのはオスだけだ。

 背中の羽をこすり合わせてみた。音が出た。俺はオスだ。思わず聞きほれてしまうような良い音だ。

 草原には仲間たちがいて、俺と同じように鳴き声を立てている。

 いや。どう聞いても、俺の鳴き声の方が澄み渡って綺麗に聞こえる。実際、鳴いていると、メスたちが近寄って来る。

 俺はここにハーレムを築くことができそうだ。

 あまりの鳴き声の素晴らしさに、昼夜構わず鳴いていると、カラスに襲われた。調子に乗って昼間に鳴いていた。すると、空から真っ黒なものが落ちて来た。それがカラスだと気がついた時には、遅かった。巨大な嘴が大きく開き、俺を飲み込もうとしていた。

 ジャンプした。

 間一髪、カラスの嘴から逃れることが出来た。俺は慌てて、葉っぱの陰に隠れた。

 危ない。危ない。食われるところだった。

 コオロギにだって天敵がいる。鳥の他には、カマキリやクモ、ムカデにカエル、トカゲなどが俺たちを餌にしている。

 だから、目立たないように暗くなってから鳴くのだ。

 俺は美しい羽音を立てて、毎晩ように鳴いた。

 俺はハーレムでコオロギの王として君臨していた。


 畑の傍の草むらでコオロギがうるさく鳴いている。

 コオロギは農作物を荒らす害虫だ。

 畑の農夫は、コオロギが畑に侵入して来る前に駆除しておくことにした。

 草むらに農薬を散布した。

 コオロギの鳴き声が収まった。

 駆除できたようだ。

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