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勇者

 異世界に転生すると勇者になっていた。

 それもチート級の力を持つ伝説の勇者だ。俺に敵うやつなど、この世界にはいないだろう。俺の使命は、その圧倒的な力で、王宮から追放された姫を守ることだ。王宮は邪悪な姫の継母により支配されている。継母が送り込んで来る敵と戦い、やがては王宮に乗り込み、継母を倒さなければならない。

 姫と言っても、そこら辺のお嬢様ではない。活発な姫で、武芸もなかなかの腕だ。特に弓の腕はピカイチで、百発百中だった。頼もしいパートナーでもあった。

 しかも、とびきりの美人だ。

「ギャベツ、頼もしい勇者よ」と姫が褒めたたえてくれる。

 そう。俺の名前はギャベツ。野菜みたいな名前なのが、ちょっと残念だ。

 いずれ姫が王宮に帰還し、継母を倒すことに成功すれば、俺はこの王国の重臣となるだろう。いや、もしかしたら、姫と結婚して、この国の王となるかもしれない。

 考えただけで、わくわくした。

「ギャベツよ。そなただけは、私を見捨てることなく、常に傍にいてくれた」と姫は言ってくれる。

「姫。私は姫を守るために、この世に生まれて来たのです!」

「嬉しいことを言ってくれる。頼りにしているぞ」

「必ずや姫を王宮に連れ帰り、悪しき女王を追い出して見せましょう」

「その日を楽しみにしているぞ」

 俺たちは、何時、終わるとも知れない戦いの日々に明け暮れていた。

 最初は姫と二人切りだった。それは、それで楽しかったが、敵と戦う時は大変だった。特に敵の数が多い時は、無理せず、逃げることが肝要だった。

 下手に戦ったりしたら、体力が続かない。いずれは、敵にやられてしまう。

「いずれ、我々の戦いを知り、仲間となってくるやつが現れましょう」

 俺はそう言って姫を励ました。

 俺たちは戦い続けた。やがて、俺の言葉通り、一人、また一人といった感じで、仲間が増えて行った。

 戦いを楽に進められるようになったのは、王国の大臣、ルーズベリー卿が味方になってくれてからだ。ルーズベリー卿は広大な領地と強大な軍隊を抱えている。ルーズベリー卿の軍隊に守られ、戦いを有利に進めることが出来るようになった。

 最早、敵軍を見て逃げ出す必要がなくなった。

 無論、俺は最強の勇者として、常に前線で戦い続けた。

 俺の心配ごとは、ただひとつ。戦場で一緒に戦うことがなくなった姫のことだけだ。姫は後方陣地で、親衛隊に守られ、戦況を監視している。その傍らには常にルーズベリー卿の若き息子、エドナムの姿があった。


――くそう。あの野郎。俺の姫を独り占めにしやがって!


 俺は嫉妬の炎で気が狂いそうだった。

 エドナムはイケメンで俺ほどではないが武芸に秀でている。血筋は俺なんかが及ぶはずがない。姫の結婚相手として、これ以上、相応しい相手はいないだろう。実際、ルーズベリー卿はエドナムと姫をくっつけて、王国を支配することを夢見ている――のではないかと、俺は疑っていた。

 エドナムは「姫よ。あの山に伏兵を潜ませ、戦が始まったら、偽って後退して見せ、背後から伏兵を襲わせれば勝てます」というような戦術を立て、姫に献策していると聞く。

 これが、まあ、よく当たる。

「ギャベツ。戦は個人戦ではないのです。戦略、戦術が必要なのです。エドナムは名軍師なのよ」と姫もエドナムにぞっこんな様子だ。

 恋愛関係で無ければ良いのだが。

 とにもかくにも、俺たちは戦い続けた。

「いよいよ王宮に攻めかける時が来た」

 悪の女王との決戦を控えていた。敗戦に敗戦を重ね、王軍は戦意を失い、我が軍へ寝返って来るものが多かった。

 最早、女王の軍隊は王宮を守る親衛隊だけになっていた。

「お任せください。一日で王宮を攻め落として見せます」

 王宮に総攻撃をかける前、軍議でエドナムが胸を張った。

「女王は必ず殺して」

「分かっております」

「王都に住む住民たちも皆殺しにするのよ」

「皆殺し――ですか⁉」

「女王に協力し、私の反抗して来たのです。王都を追われる際に、私に石を投げた人間がいます。許せません。皆殺しにするのです!」

 怖い。姫はそういうところがある。

「わ、分かりました」とエドナムが頷く。

 俺は一歩、前に進み出て行った。「私が王宮に一番乗りをし、女王を討ち取って見せましょう!」

「おう! ギャベツ。期待していますよ」

 俺たちは王宮に総攻撃をかけた。

 親衛隊は逃げ去り、俺はあっさり王宮に攻め入ることが出来た。誰も向かってくるものがいない。無人の野を行くようなものだった。

 直ぐに王座の間に着いた。

 王座の間には女王がいた。俺の姿を認めると、王座からすっくと立ち上がり、「来たか! 悪魔の手先よ」と言った。

「悪魔の手先⁉ それはあなただ」

「何を言う。王国で独裁政治を行い、民を酷使し、私腹を肥やそうとしていた、悪魔のような姫を追い出してやったのに、それを担いで攻め入って来た悪魔の手先、それがお前たちではないか!」

「姫が悪魔⁉」

 まあ、そう言われると、そういうところがある。

「我が王都の民は皆殺しにされ、国の民は全て姫の奴隷となるのだ。お前たちも例外ではない。いいように姫に使われ、無用となれば殺されてしまうのだ」

「そ、そんな・・・」

 確かに姫は王都の民を皆殺しにしろと言っていた。

「さあ、ひと思いに殺せ! 姫が支配する地獄のような世界を生きたくはない」

「くっ・・・」

 俺が躊躇っている間に、後からやって来たルーズベリー卿の兵士たちが女王に殺到し、切り刻んでしまった。

 兵士たちが勝鬨を上げた。

 やがて、姫が王宮へと乗り込んで来た。

「誰です? 女王を殺してくれたのは?」

 姫の問い掛けに、兵士たちが「私です!」と何人も名乗りを上げた。

「女王を手にかけるとは恐れを知らぬ不届きものたち。縛り上げて首を刎ねておしまいなさい」

 姫が美しい顔を歪めて言う。

「国民に布告を出しなさい。明日から税金は二倍にします。皆、私の為に一生懸命、働くのです」

 そう言うと姫が高らかに笑った。

 俺は、悪の女王をこの世に蘇らせてしまったのかもしれない。

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