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世にも不思議なショートショート  作者: 西季幽司
不思議な話・その四
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アドバルーン

 珍しい。アドバルーンなんて、久しぶりに見た。

 飛行船型の気球にお店の宣言を吊るして空に上げるのだ。そうすれば、遠くからでも見ることが出来る。昔はよく上がっていたが、今時、あまり見ない宣伝方法だ。

 遠すぎで、何を宣伝しているのか分からなかった。

 俺は自転車に乗って家を出た。

 どんな店がアドバルーンを上げているのか気になった。今日は運動がてら遠出をしようと思っていたところだった。丁度良い、運動になりそうだ。

 走っても、走ってもアドバルーンを上げている店にたどり着かなかった。

 アドバルーンは常に見えていた。だが、不思議なことに、宣伝広告が無かった。アドバルーンを上げておいて、宣伝広告が無いのは変だ。一体、何を宣伝しているのか、気になって仕方が無かった。

 やがて、アドバルーンを上げている場所が分かって来た。

 こんもりの木々が生い茂る小山の上から上がっているようだった。小山の麓には神社があった。神社の境内に自転車を停める。小山に登る道を探した。

 神主がいたので聞いてみた。小山に登る道はないかと。

「裏山に登る? 何か用事でもあるのですか?」と神主に聞かれた。

「ほら。山の上からアドバルーンが上がっているでしょう。あそこに何があるのか知りたいのです」と答えると、神主は裏山を振り返ってから「アドバルーン? そんなもの上がっていませんよ」と答えた。

「そんな馬鹿な。ほら、あそこにアドバルーンが見えるでしょう」

「いいえ。あなた、アドバルーンが見えるのですか?」

「見えます。あそこに何があるのです?」

「何もありません。裏山は古代に、この辺りを治めていた豪族の墓だと言われています。神聖な場所ですから、勝手に登ってもらっては困ります」

「豪族の墓? あそこに何もないのですか?」

「ありません。山の上に墓石がひとつあるだけです」

「墓石? 墓石にアドバルーンを括りつけて上げているのですか?」

「だから、アドバルーンなんてもの、私には見えません」

「そんな・・・」

「こんなに小さな山ですが、十年に一度は山で迷子になる人間が出ます。明治時代には、山から虹が立ち上っていたと言って山に入った人間が白骨遺体となって見つかったという記録が残っています。悪いことは言いません。このまま立ち去って、アドバルーンのことは忘れてしまいなさい」

 神主は熱心にそう言い、神社の起源を説明してくれた。


――山には人食い鬼が住んでいたという伝説があり、鬼を封じ込める為に神社が建てられた。神社の神様は十年に一度、休みを取るので、鬼が出て来て悪さをする。


 そう言われると、却って気になった。山の上に何があるのか、見てみたかった。

 俺は神社を離れる素振りをして、道端に自転車を停めると、藪をかき分けながら山を登って行った。

 道なき道を進む。アドバルーンが大きく見えた。もう直ぐだ。もう直ぐ、何処がアドバルーンを上げているのか分かる。

 雑草をかき分けながら進むと、突然、視界が開けた。

 山の上に立派なレストランが建っていた。

 神主は、「何もない」と言っていたが、こんなに立派なレストランがあるじゃないか。山の上の不便な場所に建っているので、アドバルーンを上げて宣伝しているのだ。

 喉が渇いた。高級そうなレストランだが、飲み物くらいなら、手軽に注文できるだろう。

 レストランに入ると、意外にも先客がいた。それも一人や二人じゃない。広々とした店内がほぼ満席状態だった。

 これだけ客がいると安心できる。

「いらっしゃいませ~どうぞ、こちらへ~」と十代に見える可愛らしいウエイトレスが空いている席に案内してくれた。

 ありふれたファミリーレストランに見えた。

 値段も手ごろだし、高級レストランではないようだ。自転車を漕いで来たので、腹が減ったいた。俺はハンバーグランチを注文した。

「熱いので気をつけてくださいね」と、ウエイトレスが熱々のハンバーグランチを持って来た。うまそうだ。ハンバーグをナイフで切ると、肉汁が溢れて来た。

 美味しい。俺は夢中になって食べた。食べても、食べても無くならないことに気がつきもしなかった。


 山の上で、男性が死んでいるのが見つかった。

 道端に自転車が停めてあるのを見て、山裾にある神社の神主が「もしや」と山に登ってみたところ、男が死んでいるのを発見した。

 山に入るなと警告してあったのだが、それを無視して山に登ったようだ。

 死後、数日は経っているはずだが、男性の遺体は綺麗なままだった。巨木の根がうねうねと地上を走っている箇所があり、そこに腰掛け、墓石をテーブルのようにして、突っ伏して死んでいた。

 不思議なことに、男の顔には笑顔が浮かんでいた。

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