竹とんぼ
――彼女になって欲しいなんて、そんな贅沢は言わない。せめて友だちになれたら。
ぼんやりと、そんなことを考えていた。
両手をすり合わせて、くるりと回すと、竹とんぼは大空に舞い上がった。ぐんぐん上昇し、太陽と重なった。まぶしくて、目を逸らすと、竹とんぼは見えなくなってしまった。
不思議な竹とんぼだった。
「何これ? 竹とんぼじゃない。またあんた、変なもの、買って来たの?」と母から聞かれた。
洗濯物を干そうと庭に出たら、竹とんぼが落ちていたらしい。僕が部屋から飛ばしたのだと思って、持って来たのだ。
「知らないよ」
「じゃあ、何で庭に竹とんぼが落ちているのよ」
「だから、知らないって」
「余所から飛んで来たのかなあ~」と言いながら、母は机の上に竹とんぼを置いて、部屋を出て行った。
暇だったので、竹とんぼを持って庭に出た。子供じゃない。二、三度、飛ばしてみると、もう飽きてしまった。
ぼんやりと考えごとをしていて、竹とんぼを飛ばしたら、何処かに行ってしまった。
翌日。水泳の授業があった。
見学者は何と、僕と彼女の二人だった。
野球部でセカンドを守っている僕は、先週末の練習試合で、盗塁を試みたランナーとクロスプレーになり、スパイクでざっくり太ももを切ってしまった。
そこで、今日の水泳の授業は見学になった。
先生から「お前たちは、そこで見学していろ」とプールサイドの階段席を指定された。
彼女と二人切りになった。だけど、話題がない。彼女と話をするチャンスだが、何を話せば良いのか、まるで話題を思いつかなかった。
彼女は黙って、プールで泳ぐ同級生を見ていた。
気まずい沈黙が続いた。
そこに、空から竹とんぼが降って来た。いや、降りて来たと言った方が良いかもしれない。くるくると回転しながら、竹とんぼが降りて来て、彼女の膝の上にぽとりと落ちた。
「あっ!」
「竹とんぼ!」
僕が驚くと、彼女は竹とんぼを手に取って、「ねえ。何処から飛んで来たんでしょうね」と言った。
単なる偶然なのか。昨日、うちの庭で飛ばした竹とんぼのように見えた。だけど、うちから学校まで、竹とんぼが飛んで来ることができるような距離じゃない。突風で運ばれたとしても、無理だろう。
「不思議なことがあるものだね」
「うん。本当。誰かが教室の窓から飛ばしたんでしょう。ねえ。残念でしょう。泳ぎたかったんじゃない?」と彼女に聞かれた。
「別に泳ぎは得意じゃないから」
「野球は得意なのにね」
僕が野球部だと知っている。
「野球はもっと苦手」と言うと、彼女は「はは」と笑った。
笑うと天使のようだ。
昨日、竹とんぼに願いを込めて飛ばした。だから、竹とんぼが僕の願いをかなえてくれたのかもしれない。ろくに話をしたことがないような彼女と友だちになるチャンスだ。
「そう言えば、アツシ、背泳ぎは水を飲んじゃうから苦手だと言っていたけど、結構、うまい。背泳ぎ、ちゃんとやっている」
アツシは仲の良い同級生の一人で、テニス部だ。彼女もテニス部に所属しており、共通の話題と言えばアツシだと気がついた。
「私も背泳ぎは苦手。ううん。泳ぐのは得意じゃない」
「そうなの? テニスは上手いのに」
「テニスはもっと苦手」と言って、彼女が笑った。
彼女と会話が弾んだ。
週末にお互い、学校で練習試合があることを知った。
「ねえ。試合、応援に行って良い?」と尋ねると、「テニスが好きなの?」と聞かれた。
思い切って言った。「ううん。君を応援したいだけ」
「本当⁉」
「どうせ、この怪我で試合には出られないし」
「ありがとう。嬉しい。私も今度、あなたが試合に出る時、応援に行く」
「やった~!」
「ふふ」
僕は彼女と友だちになることが出来た。
竹とんぼのお陰だ。




