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世にも不思議なショートショート  作者: 西季幽司
不思議な話・その四
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一分タイマー

 僕のファンだと名乗る中年の男性からもらったものだ。

 時計、いや、小さなタイマーに見えた。丸い形にボタンが大小二つ、耳のようについている。本体部分はデジタル表示になっていて、大きなボタンを押せば、タイマーが動き出し、もう一度、押すと止まる。

 小さなボタンを押せば、ゼロに戻すことが出来た。

 本体にも小さなボタンがあって、それを押すことで「標準~二倍~四倍~十倍」を選ぶことができるようだった。それが何なのか、よく分からなかった。

「使えるのは一分だけです。でも、その一分間があれば、あなたはプロ野球史上最高のバッターになれます。頑張ってください」

 そう言って渡された。

 僕は東京ロイヤルズに所属する野球選手だ。

 高校卒業時にドラフト四位で指名され、プロ野球選手となった。入団して四年、守備位置は外野で、守る、走るは一軍レベルだったが、打つ方は一軍半といった感じだ。一軍に定着できそうだったが、安定しないバッティングが課題だった。


――プロ野球史上最高のバッター。


 という言葉が引っかかった。このタイマーで一分間、何が出来ると言うのだ。二倍、四倍、十倍って、何が倍になると言うのだ。

 変だと思ったが、そのままタイマーのことは忘れてしまっていた。

 ある日、試合で、打ってはノーヒット、しかも二併殺打を記録し、守っては失点につながるエラーをしてしまった。

「お前なんて、辞めてしまえ!」というヤジを浴びながら球場を後にすると、ふらふらになりながら家に帰り着いた。

 テレビをつけ、ソファーに横になったまま、暫く動けないでいた。


――明日も試合がある。切り替えないと。


 と思うのだが、流石に、今日の試合はこたえた。動くのも億劫になるほど、疲れ切っていた。

 ふと、テーブルの上に投げ出してあったタイマーが目に入った。


――これを使えばプロ野球史上最高のバッターになれるとか、言っていたな。


 僕はタイマーを手に取った。

 何気なく、ボタンを押してみた。すると、途端にテレビから奇妙な音声が流れて始めた。ニュースを伝えるアナウンサーの声が低くなり、間延びして聞こえ始めたのだ。


――どういうことだ⁉


 一旦、タイマーを止めた。アナウンサーの声は普通だ。今度は、四倍に変更してタイマーを起動させた。アナウンサーの声は更に低く、ゆっくりになった。十倍にすると、もう何と言っているのか分からないほど、間延びして聞こえた。


 ――これは、体感時間を変えることができるタイマーなのか⁉ 同じ一分間でも、それが二倍や四倍、十倍にもなって感じることが出来る。周りがゆっくりと動いているように見えるのだ。これを試合で使えば、ピッチャーが投げるボールをスローで見ることが出来る。一分あれば十分だ。ボールがゆっくり見えたら、簡単に打てるはずだ。


 翌日、僕はタイマーを持って球場に行った。

 最初の打席で試してみた。

 自分の体が水の中にいるように重く感じたが、それでもピッチャーが投げたボールの動きとコースに合わせてバットを微調整することが出来た。球を見事、バットの芯でとらえたが、当たりが良すぎて野手の正面をついてしまった。

 しまった。失敗だ。だが、コツが飲み込めた。

 次の打席は見事、ホームランを打つことが出来た。逆転ツーランだった。結局、この試合で四打数三安打、ホームランまで打ってヒーローとなった。

 それから僕は打ちまくった。

 圧倒的な打棒でレギュラーを掴むと、シーズン終了時には首位打者を獲得することが出来た。更に打撃成績を上げるには、肉体改造が必要だと気がついた。オフのトレーニングに励み、更にパワーアップをした。

 果たして、翌年は更に成績を上がった。

 二年連続の首位打者に、肉体改造の成果でボールが飛ぶようになった。ホームランは六十本を超えてプロ野球記録を更新し、三冠王となった。

 僕はレジェンドになった。

 そして、次の年、タイマーは動かなくなった。電池が切れたようだ。分解しようと試みたが、どうやって作ったのか蓋に接続した箇所が見つからなかった。電池を交換するには、タイマーを破壊するしかなかった。

 でも、良い。僕はレジェンドになった。

 今年の成績は落ちるだろうが、それでも、努力を続けて来た。その努力は僕を裏切らないはずだ。

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