ジュラシック・スクール
うららかな春の昼下がりだった。
食後の授業は眠りを誘う。心地よい睡眠に落ちようとするのを妨げるかのように、ドカン! と大きな音がした。
音は科学教室から聞こえた。
「またハタダ先生が何かやったみたい!」
科学のハタダ先生は実験好き。時に、ドカンと大失敗をする。
「何があったのか見て来るので、皆はここで自習をして待っていなさい」
数学のスズキ先生が教室を飛び出して行った。
スズキ先生がいなくなると、僕らは先を争って、バタバタと廊下を駆けた。何があったのか見に行くのだ。
「こらぁ~! 授業中だろう。何処に行く。廊下を走っては駄目だ」
担任のシマ先生が怒鳴っていた。だけど、関係ない。ハタダ先生、今度はどんな実験をやったのか、興味津々だった。
科学教室は悲惨な有様だった。
扉が吹き飛んでおり、壁にまん丸の穴が空いていた。スズキ先生が呆然と廊下に立ち尽くしていた。
煤だらけになったハタダ先生が、よろよろと科学教室から出て来た。
「先生! 大丈夫ですか⁉」と声をかけると、「危ないから近づいてはいけない!」と怒鳴られた。
「また爆発するのですか?」と聞くと、ハタダ先生は恐ろしいことを言った。
――そうじゃない。私の実験により時空に穴が空いて、一瞬、ジュラ紀と繋がってしまったようなのだ。そこから、あの恐ろしい肉食恐竜のティラノサウルスが、時空の穴を潜って、この教室にやって来てしまった。危険だ。食べられてしまう。
ティラノサウルス! T-レックスが現代にやって来たというのだ。
「うわ~!」と僕らは逃げ出した。
スズキ先生が先頭を駆けていた。
僕らと同じように爆音を聞きつけて科学教室へやって来る生徒たちに「ダメだ。危ない。近寄るな!」、「引き返せ! 恐竜がいるぞ!」、「しかもティラノサウルスだ~!」、「食べられてしまうぞ!」と叫びながら走った。
皆で校庭まで逃げた。
科学教室の様子をうかがう。
何も異変はなさそうだ。変だ。大体、ティラノサウルスと言えば、巨大な恐竜のはずだ。科学教室に収まるはずがない。ティラノサウルスがいるのなら、直ぐに分かったはずだ。
「おい。変だぞ。ちょっと見て来よう」と僕は友だちを誘って、再び、科学教室を目指した。
科学教室にやって来ると、ハタダ先生が虫取り網を持ってうろうろしていた。
「先生。ティラノサウルスがいるんでしょう。早く、逃げないと。そんなところにいないで、警察・・・いや、自衛隊に連絡した方が良いのでは?」と言うと、「それが――」とハタダ先生は意外なことを言った。
――時空のトンネルを潜る時に、時空の歪みが生じ、ティラノサウルスが小さくなってしまったのだよ。
「小さい? どれくらい小さいの?」
「う~ん」とハタダ先生は考え込んだ後、「これくらい」と両手で大きさを現わした。
「それくらい?」
何と子猫ほどの大きさしかなかった。
「何処に隠れているのか分からない。見つけ出して捕まえなければ・・・」
それで虫取り網なのだ。子猫代の大きさのティラノサウルスなら怖くないかもしれない。
「先生。僕ら、手伝うよ」
「噛まれないように気を付けてくれよ」
「はい」
こうして、ティラノサウルスの捕獲作戦が始まった。
我も我もと生徒が集まって来た。科学教室を中心にティラノサウルスの探索が始まった。子猫代とは言え、噛まれると怪我をしてしまうだろう。僕らは武器として、野球部のやつはバットを、テニス部のやつはテニスラケットを持って、ティラノサウルスの探索を始めた。
やがて、
――見つけた! ティラノサウルスだ~!
と誰かの声がした。駆けつけると、何とあのティラノサウルスが本当にいた。禍々しさはそのままに、子猫ほどの大きさしかない。机の陰に隠れるように潜んでいた。僕らが近づくと、大きな口を開けて威嚇した。
「噛まれるぞ!」
ハタダ先生が駆けつけて来た。
「危ないからどいてくれ。僕が捕まえる」
ハタダ先生が虫取り網を振るったが、ティラノサウルスは意外に、ひょいひょいと身軽に虫取り網をかわした。そして、たたっと逃げ出した。
「うわ~!」、「こっちに来た」と逃げ惑う僕らを追いかけるように駆け回っていたが、その内、再び姿が見えなくなった。
「探せ!」、「見失ったぞ」
探索だ。やがて、
――いたぞ! ベランダだ~!
ティラノサウルスはベランダの隅に追い詰められていた。
僕らは遠巻きにティラノサウルスを取り囲んだ。これで逃げ場はない。
「さあ、先生。捕まえて」
ハタダ先生が虫取り網を手に前に出る。
ティラノサウルスは、ガオガオと咆哮を上げながら、ベランダの手摺に飛び乗った。小さくても凄い跳躍力だ。
ハタダ先生が虫取り網を振おうとした、その瞬間、
――カア~!
と黒い影が飛来して、ティラノサウルスを捕まえて飛び去って行った。
「カラスだ。カラスがティラノサウルスを捕まえた~!」
学校の裏山にいるカラスだった。
ティラノサウルスがカラスの餌になってしまった。




