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世にも不思議なショートショート  作者: 西季幽司
不思議な話・その四
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伝言板・この思い、届け!

「伝言板」シリーズの二作目です。

 ローカル線の無人駅に、昔、懐かしい伝言板があった。

 かつては、電車を乗り降りする知人や家族にメッセージを伝える為のものだった。携帯電話の普及に連れ、その存在意義が薄れ、伝言板は役割を終えた。

 無論、この駅でも伝言板は使われていない。撤去するのに費用がかかるので、そのままになっているのだろう。

 そんな伝言板に書き込みがあった。


 疲れていたのかもしれない。このところ、仕事が忙しかったし、母親が入院してしまった。幸い、大事ないようだが、二、三日、入院することになった。父親はおろおろするばかりで、家事に仕事にと忙しかった。

 仕事を終えて、帰宅の途に就いた。足が重かった。

 ストレスも溜まっていただろう。電車に乗った途端、人いきれにむかむかした。

 吊革につかまる。隣に同年代の若い男の人がいた。吊革につかまったまま携帯電話を見ていた。携帯電話のケースがムルチだった。ムルチは大バズりのアニメ「漆黒の剣闘士」の主人公の名前だ。それくらい、私でも知っている。

 二駅、過ぎた辺りから、足元がおぼつかなくなった。足腰に力が入らない。ふっと意識が遠くなった。


――あっ、倒れる!


 と思った時、隣に立っていた男性が素早く私を抱きとめてくれた。「大丈夫ですか?」と彼が聞いてくれたが、私は「は・・・はい」としか答えることが出来なかった。

「まあ、大変。気分が悪かったのね。ここに座りなさい」

 目の前に座っていた中年の女性が、直ぐに気がついて、私の体を支えながら席に座らせてくれた。

「すいません」と言うのがやっとだった。

 親切な人で、「大丈夫よ~可哀そうに疲れているのね~」とハンカチで額の汗を拭ってくれ、背中を優しく(さす)ってくれた。

 そうしている内に、気分が良くなった。

 中年の女性は私と同じ駅だった。うちは駅から歩いて十分程度だ。それでも、「大丈夫よ~娘が駅まで車で迎えに来ているの。送って行ってあげる」と言って聞かず、家まで送ってくれた。

 娘さんも明るい人で、家に帰り着く頃には、すっかり気分が良くなっていた。そして、「頑張り過ぎちゃあダメよ。明日も気分が悪いようなら、病院に行った方が良い」と別れ際に言われた。

 一晩、ぐっすり寝たら元気になった。

 病院に行くまでもなかった。

 中年の女性には何度もお礼を言ったが、思い返すと、倒れかけた私を咄嗟に支えてくれた、あの男性にお礼を言っていなかったことに気がついた。

 気がついたら、彼はいなかった。

 彼に一言、お礼が言いたかった。また電車で会えるかもと期待したが、一向に会えなかった。お礼を言えないことが、ずっと心に引っかかっていた。

 ふと思いついた。

 私が乗り降りする駅には、伝言板があった。昔ながらの伝言板で、携帯電話がこれだけ普及した今では、全く、使われていなかった。それでも、何故か伝言板があった。

 私はそこに書き込んだ。


――〇月×日、夕方の電車で倒れかけた私を支えてくださったムルチの携帯電話の方へ。ありがとうございました。


 伝わるかどうか分からなかった。いや、伝わらないだろう。彼がうちの駅で降りたとは限らない。そうなると、伝言板を見ることはない。分かってはいたが、それでも、何かせずにはいられなかった。

 翌日、当然のように返事はなかった。

 彼が読んでくれたかもしれない――そう期待するしかなかった。


 返事のない伝言板を見るのが苦痛になり始めた。

 もうそろそろ良いだろう。あれから、彼と出会えないし、何時までも伝言板にメッセージを残していておいても仕方がない。消してしまおうと決めた。

 何時も通り、夕方の電車で帰宅した。

 あの時から同じ時間の同じ車両に乗っているのだが、彼とは出会えなかった。仕方がない。親切な中年女性でさえ、たまの外出だったのか、あれから電車で会っていなかった。

 駅に着いた。

 もう十分だ。さあ、伝言板のメッセージを消してしまおうと改札を抜けると、伝言板の前に若い男性が立っていた。

「えっ!」小さく悲鳴を上げた。

 振り向いた彼は、間違いない、あの時、倒れかけた私を咄嗟に抱き留めてくれた、あの人だった。

「ああ~あなたですね」と彼が言う。

 そう私だ。あたなを探していた。私が呆然としているものだから、彼は携帯電話を見せて、「ムルチの携帯の人です」と言って笑った。そして、「ご丁寧に。お礼なんて、どうでも良かったのに」と彼が言った。

「いいえ。あの時は、きちんとお礼を言うことができなくて、大変、失礼しました」

「いえいえ。そんな大したことじゃあ・・・」

「どうして、何故、ここに?」と聞いてみた。すると、彼が意外な話をしてくれた。

 彼はひとつ手前の駅が最寄り駅で、何時もはもっと遅い電車に乗っているそうだ。あの日は、たまたま妹さんの誕生日で、家族そろって食事に行く約束になっていて、夕方の電車に乗った。そして、私を助けてくれた訳だ。

 彼は私のことを、そのまま忘れてしまっていたが、一昨日、突然、妹さんから、「ねえ。ムルチの携帯の人って、兄ちゃんじゃない?」と聞かれた。

「何故?」と聞くと、SNSでハズっている画像があると言う。「私たちが使っている路線みたい」と駅の伝言板を映した写真を見せてくれた。

「SNSで?」

「これです」と彼が携帯で見せてくれた。そこには私のメッセージが書かれた伝言板の写真が載っていた。

「日付は妹の誕生日だし、ムルチの携帯って、僕のことかなと思って、見に来ました」と彼が笑った。白い歯が眩しい。

「会えて良かった」と私が言うと、「何だか照れるな」と彼が頭をかいた。

 今時、伝言板は珍しいので、SNSでバズったのだ。

 もう迷わない。後悔したくない。私は勇気を振り絞って言った。

「今、お時間、ありますか?」

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