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世にも不思議なショートショート  作者: 西季幽司
不思議な話・その四
124/140

ワープホール

 神崎博士はオーストラリアのサム・アーデーン博士と共同で、ワープホールの開発に成功した。

 ワープとは時空に生じた歪みやねじれのことだ。

 物体は光の速さ以上では移動できないが、時空の歪みを繋ぎ合わせ、それを通り抜けることにより、光を超えるスピードで移動することができる。

 宇宙を構成するダークエネルギーと暗黒物質を、核エネルギーを使って圧縮することで、人工的にブラックホールを作り出すことができると神崎は考えた。時空を歪ませて作ったブラックホールは、歪んだ時空の出口として、ブラックホールを反転させたホワイトホールを作り出す。ワームホールと呼ばれる時空のトンネルでブラックホールとホワイトホールを繋ぐことで、時空を飛び越えることが出来るワープを実現できるはずだった。

 地球上の離れた場所で、時空を歪ませることで、ブラックホールとホワイトホールを作り出すことができれば、二つはワームホールで繋がるのだ。

 ブラックホールとホワイトホールを繋いだことで出来る時空の穴を、ワープホールと神崎は名付けた。ワープホールを潜りぬければ、時空を飛び越えて瞬時に移動することができる。


――地球温暖化防止の究極の手段となるであろう。


 と神崎は唱えた。

 ワープホールを通して、物質は瞬時に移動することができる。飛行機や船舶を使った輸送が必要なくなり、輸送に費やされている膨大な化石燃料の使用を削減できるのだ。

 更に、南半球と北半球をワープホールで繋ぐことにより、例えば冬季には、南半球の暖かい空気を北半球に送ることができる。反対に北半球の冷気を南半球に送ることも可能だ。冷暖房に費やされる電気が不要となり、ここでも化石燃料の使用を大幅に削減できる。

 この実験を神崎はアーデーン博士の協力を得て、日本とオーストラリアで行うことにした。

 二つの国に巨大な施設を建設し、地上に飛来している宇宙線からダークエネルギーと暗黒物質を抽出し、日本側では核エネルギーを使ってそれを圧縮する。反対に、オーストラリア側ではダークエネルギーと暗黒物質を膨張させることで、人工的にホワイトホールを作り出す。こうして、二つをワームホールで繋ぐのだ。

 実験用の巨大なプラントが建設された。

 百メートル四方のプラントに事務棟が併設されている。事務棟にはワープルームと呼ばれる部屋があり、中に強化ガラスで仕切られた檻のような部屋があった。三方はガラスだが、一面は壁に面していて、その壁に直径一メートルほどの穴が開いている。穴は壁の向こうの巨大な実験施設に繋がっている。

 強化ガラスと壁に囲まれた一角をワープボックスと神崎たちは呼んでいた。ワープルームの中にワープボックスがある二重構造だ。

 三年前にプラントの建設が始まり、一年前、プラントの完成と同時にダークエネルギーと暗黒物質の収集が始まった。一か月前、いよいよ確保できたダークエネルギーと暗黒物質の圧縮が始まった。

 日本側の圧縮は九十九点八パーセントに達し、オーストラリア側の膨張は九十九点七パーセントに達している。今日中にも圧縮と膨張が完了し、ブラックホールとホワイトホールが完成し、二つがワームホールで繋がり、ワープホールが完成するはずだった。

 ワープホールが完成すれば、日本側にある事務棟のワープルームの壁の穴がオーストラリア側に設けられたワープルームの壁の穴と繋がるはずだ。

 史上初めての試みだ。どんなことが起きるのか、誰にも分からない。神崎とスタッフたちはワープルームから離れた監視室で、モニター越しに壁の穴を観察していた。

 神崎は防護眼鏡越しに瞬きを忘れて、モニターを睨みつけていた。

 やがて、バン!という何かが爆発したかのような音が鳴り響き、建物がぶるぶると震えた。地震が起こったようだった。

 壁に穴が開いていることがモニター越しに確認できた。「わっ――!」と歓声が上がった。スタッフたちが抱き合って喜んでいる。

「せ、成功したのか⁉」神崎が叫ぶ。

「ええ。博士、成功です。ワープホールが完成したようです」

 隣でモニターを見つめていた助手が、神崎に抱き着かんばかりにして喜んだ。

「やった。ついに我々はワープホールを完成させたのだ~!」

 神崎も顔をくしゃくしゃにして喜んだ。


――Congratulation! Dr. Kanzaki. Our experiment was successful! (おめでとう! 神崎博士。我々の実験は成功した!)


 監視室の拡声器から祝福のメッセージが流れた。アーデーン博士だ。

「神崎博士。オーストラリア側でもワープホールが繋がったことを確認できたようです。成功です。ワープホールが繋がっています!」

 オーストラリア側の監視室に繋がったモニターを確認していたスタッフの一人が叫んだ。

 実験は大成功だった。


 アーデーン博士を始めとする五人の科学者がワープホールを通って、こちら側へ来ることになった。ワープホールは実用段階を迎えるのだ。

 ワープホールの向こうでアーデーン博士が満面の笑顔を浮かべている。


――Here We Go! (さあ、行こう!)


 と歴史に残るであろう、記念すべき第一歩を踏み出した。

 五人の科学者が次々とワープホールを潜って行く。ワープホールを潜った瞬間、こちら側のワープホールから出て来る――はずだった。

 だが、誰も出て来なかった。

 ワープホールの向こうにはアーデーン博士たち五人が歩いて来るのが見える。だが、こちらに姿を現さない。

 彼らは笑顔を浮かべたまま、歩き続けていた。

 オーストラリア側に確認を取ったが、彼らの側から見ても、ワープホールを歩いて行くアーデーン博士たちの後ろ姿が見えているだけだった。

 翌日も、またその翌日も、彼らは歩き続けた。一週間経っても、一か月経っても、彼らは歩みを止めなかった。水も飲まず、食事もせずに、ただ歩き続けていた。

 実験は中止された。


 半年後、突如、アーデーン博士たち五人の科学者がワープホールから姿を現した。

 五人共、健康状態に異常はなく、ワープホールに入った日のままだった。実際、彼らの感覚では数歩歩いただけだったそうだ。だが、ワープホールを抜けるのに、半年、かかってしまっていた。

 ワープホールを使っての移動は、ワープホールを潜るものにとっては一瞬でも、実際の時間では半年かかることが分かった。

 半年かかると、北半球と南半球では気候が逆転してしまう。南半球の夏と北半球の夏が繋がってしまうのだ。

 地球温暖化の解決にはならず、物資の移動にも適さないことが分かった。

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