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世にも不思議なショートショート  作者: 西季幽司
不思議な話・その四
122/140

思い出掃除機

ちょっとホラーなショートショートです。

 怪しげなサイトだった。

 レトロな掃除機が欲しいと思って探していたら、どんぴしゃりの物が見つかった。しかも、手ごろな値段だ。いや、格安と言えた。質の悪い外国製品だと思ったが、妙なことが書いてあった。


――嫌な思い出を忘れさせてくれます。


 忘れたい思い出の掃除機だと言うのだ。

 そんな馬鹿な――と思ったが、何故か心惹かれた。最近、同じ職場の彼女と別れたばかりだったからだ。別れても、毎日、顔を合わせなければならない。会話をすることもある。とにかく辛かった。

 気がついた時には、ぽちっと購入していた。

 仕事を終えて帰宅すると、掃除機が届いていた。取扱説明書を読む。


――曖昧な表現は避けて、具体的に忘れたい思い出を紙に書いて、掃除機に吸わせてください。翌朝、目が覚めると、紙に書いた思い出を忘れています。

――思い出を消す以外のことに使用しないでください。

――不正に使用した場合、当社はその結果に責任を負いかねます。


 取扱説明書には、機械の説明など一切なく、そう注意書きが書いてあっただけだった。

 だけど、嫌な思い出を忘れてしまうことができるのなら、翌朝になって、どんな思い出を忘れてしまったのか分からなくなってしまう。

 思い出を紙に書いておくか。二枚、準備しておいて、一枚を掃除機に吸わせる――そんな方法を考えたが、後で残った紙を読めば、ああ、そんなことがあったのだと新たに思い出になってしまう。

 思い悩んだ末に、一枚に具体的な思い出を、もう一枚に何月何日の出来事とか〇×の出来事といった感じで、曖昧に書いておくことを思いついた。

 これなら、後々、何かあったことは分かっても、具体的に何があったのか忘れてしまうことが出来る。

 早速、試してみた。

 日付をはっきり覚えていた初デートのことを詳細に紙に書いて掃除機を吸わせた。そしてもう一枚、初デートの日にちを紙に書いておいた。掃除機はぶんと音を立てると、ずずっと蕎麦でも啜るように音を立てて紙を飲み込んでしまった。

 翌朝、掃除機のことは覚えていたし、忘れてしまいたい思い出があって、それを紙に書いて掃除機に吸わせたことまで、はっきり覚えていた。

 だが、何を紙に書いたのか、いくら考えても思い出せなかった。

 ヒントを紙に書いておいたことを思い出し、見たが日付が書いてあるだけで、その日に何が起こったのか、綺麗さっぱり忘れていた。


――これは本物だ!


 本当に忘れてしまいたい思い出を忘れさせてくれる掃除機のようだ。

 その夜、仕事から帰ると、彼女との思い出を三つ、紙に書いて掃除機に吸わせてみた。思い出を忘れてしまうことが分かったので、もうヒントを書いて残しておく必要はなかった。

 やはり思い出を忘れてしまえば、彼女のことが遠い存在になって行くような気がした。将来、年を取って、若い頃の恋愛を思い出す時が来るかもしれない。そんな時、彼女との思い出が残っていないと、少し寂しい思いをするかもしれない。だが、俺はまだ若い。これから、いくらでも恋愛は出来るはずだ。

 翌朝、もう何を忘れたのか確かめなかった。彼女と付き合っていたのが、遠い昔のような気がした。このまま彼女のことを、忘れてしまいたいと思った。そうすれば、彼女と知り合う前に戻ることができそうな気がした。

 会社で彼女が同期の男と楽しそうに話をしているのを見た。心がちくちくと痛んだ。

 俺は彼女との思い出を全て忘れてしまうことにした。

 仕事を終えて、家に戻ると、せっせと彼女との思い出を紙に書いた。思いつく限り、書いて掃除機に吸わせたのだが、翌朝、起きてみると、まだ忘れていない彼女の思い出が残っていることに気がついた。

 まだまだだ。

 綺麗さっぱり彼女のことを忘れてしまいたい。どうすれば良い。いちいち、細かく紙に書くのが面倒になった。

 俺は彼女の名前を書いた紙を掃除機に吸わせてみた。そうすれば、彼女に関する記憶を全て忘れてしまうのではないかと思った。

 ところが――


 翌朝、目が覚めた。

 このところ、毎朝、彼女の思い出を確認するのが日課になっていた。覚えていた。変だ。昨晩、彼女の名前を書いて掃除機に吸わせたはずだ。そのことはちゃんと覚えていた。だが、相変わらず彼女とつきあったことを覚えていた。

 忘れていない。変だ。こんなことは初めてだった。

 俺はもやもやとした気持ちを抱えながら出社した。

 午前中は何もなく過ぎた。昼休み、食事に行く段になって、彼女の職場を通りかかったら、彼女の席の上にものが一杯、置いてあって物置みたいになっていることに気がついた。

「――さんは?」と同僚の女性に彼女のことを尋ねると、「――さん?」と不審な顔をされた。

「ほら、プロジェクト管理をやっていた、あの――さん。今日はお休み? なんだか机の上が物置みたいになっているから」と聞くと、「そんな人、知りません!」と怖い顔をされた。

 机の上が物置みたいになっているから、少しは片づけろと注意されたと思ったのだ。

「いや。机の上のことを言っているんじゃなくて、この席に座っていた」と慌てて言うと、「この席はずっと空席です! もう良いですかあ~」と女性にキレられた。

 なんだかおかしい。

 職場の同僚、同期や先輩にも聞いて回った。だが、誰も彼女のことを覚えていなかった。

「知らないよ」、「えっ! そんな子、いたっけ」、「いないよ。そんな女性。いたら、俺が口説いているよ」

 皆、無責任にそう言った。

 彼女が消えてしまった。

 いや、彼女が存在したこと自体、なかったことになってしまっているのだ。

 あの掃除機だ。俺が昨夜、彼女の名前を書いて、あの掃除機に吸わせたからだ。だから、彼女の存在が消えてしまった。

 俺は呆然とした。

 家に帰った。俺は疲れ切っていた。彼女の存在を消してしまったことにショックを受けていた。これからどうすれば良いのか、途方に暮れていた。

 部屋に戻って電気もつけずにベッドに倒れ込んだ。

 すると、部屋の何処かから、う~う~という唸り声のような音がした。何だろう?

 俺がベッドから半身を起こすと、掃除機が動いていた。あの思い出掃除機がヘッドを、吸い込み口を俺の方に向け、勝手に動き出していた。

 何だ。何だ。

 小さな掃除機が俺の足を吸い込み始めた。

 止めろ!

 俺の体がどんどん吸い込まれて行く。

 助けてくれ!


――思い出を消す以外のことに使用しないでください。不正に使用した場合、当社はその結果に責任を負いかねます。


 取扱説明書に書かれていた注意書きが俺の頭に浮かんだ。

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