紙飛行機
月明りに彼女の家の屋根が見えた。
彼女の家は、あの屋根の建物だ。
うちは団地の三階。窓から、僅かだが彼女の家の屋根が見える。彼女はクラスメートでご近所様、ただ、ぎりぎり学区が異なる為、小中学校と別だった。
高校生になって初めて近所に、こんな可愛い子が住んでいたことに気がついた。
高校でクラスメートになって、直ぐに恋に落ちた。だけど、彼女は大人しくて人見知りな性格のようで、なかなか話しかける機会に恵まれなかった。常に女生徒と一緒にいるので、何時まで経っても彼女に近づけないでいた。
――ああ~彼女に好きだと伝えたい。
このところ、そんなことばかり考えていた。
僕は机に向かい、ノートのページ一杯、「好きだ」と書いた。そして、そのページを破ると、紙飛行機をつくった。
彼女に届け!――と思った訳ではない。そんなこと、無理に決まっている。僕の家から彼女の家まで結構、距離がある。窓から紙飛行機を投げて、届く距離じゃない。仮に届いたとしても、彼女の部屋に飛び込む可能性など無いに等しい。
そんなこと分かっていたけど、彼女への気持ちを押さえることが出来なかった。
夜空に向かって、僕は紙飛行機を投げた。
紙飛行機は滑るように彼女に家に向かって飛んで行き、見えなくなった。
翌朝、何時も通り、始業時間ぎりぎりに学校に行った。
机の中を見て、驚いた。
僕の机の中に、紙飛行機があった。昨晩、僕が彼女の家に向かって飛ばした紙飛行機だろうか? しげしげと観察したが、昨日、僕がつくった紙飛行機に見えた。
確かめる方法がある。
紙飛行機を広げてみた。
あった。
――好きだ。
と大きく書いてあった。僕の字だ。
僕は混乱した。何故、昨晩、彼女の家に向かって飛ばした紙飛行機が僕の机の中にあるのだろうか? しかも、「好きだ」の下には、
――私も。
と書いてあった。
どういうことだ。僕が飛ばした紙飛行機が学校まで飛んで来て僕の机の中に着地した訳ではないはずだ。彼女の家まで飛んで行って、それを拾った彼女が「私もよ」と書いて、僕の机の中に入れておいた? そんな馬鹿な。
窓から飛ばした紙飛行機が彼女の家まで飛んで行った可能性はゼロじゃない。三階から飛ばしたのだ。距離はあるが、風に乗って届いたとしても不思議ではない。だけど、紙飛行機には僕の名前など書いていない。彼女に僕がつくった紙飛行機だと分かるはずがない。じゃあ、何故? 何故、紙飛行機が僕の机の中にあるのだ。
ひとつ、可能性が考えられた。誰かが僕が窓から紙飛行機を飛ばすのを見ていた。そして、紙飛行機を拾い、「好きだ」と書いてあるのに気がついて、「私も」と書いて、僕の机の中に入れておいた。
となると、同じ団地にすむ同級生の可能性が高い。同じ団地に住む同級生の女の子だ。その子は僕のことが好きなのだ。だから、「私も」と書いた。いや、待て、待て。女の子とは限らない。男で、僕をからかう為にやったのかもしれない。
だけど、結構、大きな団地だけど、団地で僕の部屋の窓が見える部屋に住んでいる同級生なんていないはずだ。
すると、同級生ではないのか? 下級生? 上級生?
考えても、考えても分からなかった。気が狂いそうだった。そして、僕はひとつの結論にたどり着いた。
――もう良い。紙飛行機のことなんて、どうでも良い。君のことが好きだと、彼女に告白してみよう。
それで、もう紙飛行機のことは悩まなくて済む。
翌日、僕は朝早く登校した。いつも彼女がクラスで一番早く、登校していることを知っていたからだ。
「話があるんだ」と言うと、彼女は「うん」と頷いて俯いた。
心臓がばくばく、音を立てた。
「君のことが好きなんだ」
「・・・」一瞬、沈黙があって、「私も」と彼女が答えた。
「本当!」
「うん」
「やったあ~!」
僕は飛び上がって喜んだ。
その日、僕と彼女は一緒に下校した。お互い、ご近所さんだ。家につくまで、たくさん、話が出来た。そして、僕は彼女から不思議な話を聞いた。
ある夜、自宅で勉強をしていた。勉強に熱中し過ぎて、頭がくらりとした。少し、頭を冷やそうと窓を開けたら、紙飛行機が部屋に飛び込んで来た。
驚いた。
誰が私のところに紙飛行機を飛ばしたのだろうと思った。だけど、紙飛行機を狙って自分の部屋に入れることなんて不可能だ。だって、たった今まで窓は閉まっていたのだから。不思議な偶然だと思った。
紙飛行機に何か書いてあるようだった。開いてみると、「好きだ」と書かれていた。
それを見た瞬間、
――この紙飛行機が、あなたから送られたものであれば良いのに。
と思ったと言う。彼女は紙飛行機に「私も」と書いた。そして、僕がつくったものであれば良いにと思いながら、半場、冗談で紙飛行機を僕の机の中に入れておいた。
自分がそんな悪戯をするなんて、思わないだろうと思ったと言う。
そしたら、僕から告白された――という訳だった。
どういうことだろう?
単なる偶然の積み重ね――だとは思いたくなかった。
僕たちは、お互いにカップルになる運命だった――二人でそう言い合った。




