たんそくおじさん
「大学に進学する気になったんだって」とタナカさんが言った。
「はい。でも、ボクみたいな人間が、大学に行って良いのでしょうか?」とボクが言うと、「何を言うんだ。君の成績なら、十分、大学に進学できる。ボクみたいだなんて、そんな言い方、しないでくれ。カレもきっと、そう思うはずだ」とタナカさんが顔を真っ赤にして怒った。
「すいません」
「大丈夫。お金の方は、心配しなくて良いから。君が無事に大学を卒業できるように、上手くやりくりするから」
「ありがとうございます。あの・・・タナカさん」
「何だい?」
「そろそろ、カレのこと、たんそくおじさんのこと、教えてくれませんか?」
「それは・・・」とタナカさんが口ごもる。
ボクは孤児だ。母はボクが小さい時に亡くなり、父はある日、突然、ボクを残して失踪してしまった。
引き取ってくれる親戚がいなかったようで、ボクは児童養護施設で育った。幸運だったことに、ボクのことをニュースで知った匿名の人物が経済的な支援を申し出てくれたことだった。その方は身元を明らかにせず、ずっとボクの支援を行ってくれている。
「あしながおじさんみたいだ」とボクが言ったのを伝え聞いたカレが「あしながおじさんって言うほど足は長くない。自分は短足だから、たんそくおじさんだ。今度から、自分のことは、たんそくおじさんと呼んでくれ」と言ったことから、カレのことを「たんそくおじさん」と呼んでいる。
直接、会ってお礼を言いたいと思っているのだが、「たんそくおじさんは非常に奥ゆかしい人物で、お礼を言ってもらいたくて、支援している訳ではない。自分のことは気にしないでくれ。不足があれば言ってくれということだ」とタナカさんに断られた。
タナカさんはたんそくおじさんから頼まれて、ボクと養護施設の橋渡しをやってくれている。
そんなカレが重病で明日をも知れない命だと聞かされ、一度は大学進学をあきらめた。これから援助をしてもらえなくなるかもしれなかったからだ。だが、タナカさんから「お金のことは心配しないで、大学に進学して欲しい。たんそくおじさんもそう望んでいる」と聞かされ、悩んだ末に大学進学を決めた。
例え、たんそくおじさんが亡くなっても、遺産でボクの大学くらい卒業させてあげると言うのだ。たんそくおじさんもボクと同様、天涯孤独、遺産を相続させるような親族がいないらしい。だったらボクにというのがたんそくおじさんの意志だと聞いた。
ありがたい限りだ。
たんそくおじさんに会って、直接、お礼を言いたいと、もう一度、タナカさんに頼んでみた。タナカさんは「そうだね・・・」と暫く考え込んだ後、「このところ、たんそくおじさんは寝てばかりだ。滅多に目を覚まさない。眠っている隙に、こっそり会って、感謝を伝えることくらい良いだろう」と答えた。
ボクはたんそくおじさんに会いに、病院に足を運んだ。
たんそくおじさんを病室に見舞った。たんそくおじさんはすやすやと寝息を立てて寝ていた。げっそりとやつれ、病状が思わしくないことが伺われた。
ボクはたんそくおじさんの手を取ると、「ありがとうございます」と、心を込めてお礼を言った。
「さあ、もう良いでしょう」とタナカさんに促され、病室を後にした。
三日後、たんそくおじさんは亡くなった。
数日後、「大変なことになった!」とタナカさんが養護施設にボクを訪ねて来た。
「どうしたのですか?」嫌な予感がした。
たんそくおじさんに借金が見つかって、ボクの大学進学がダメになりそうだ――そんな話だろうと思った。だが、違った。
「たんそくおじさんの遺品を整理していたら、車庫にあった車のトランクから白骨死体が見つかったんだ」とタナカさんが言った。
「白骨死体?」
「そうなんだ」
タナカさんが言うには、たんそくおじさんは一軒屋で独り暮らしをしていた。タナカさんは、家屋敷を売って、ボクの支援費用に充てようと、整理を始めた。車庫に車が駐車してあった。たんそくおじさんは「免許を持っていない」と言って、車は運転しなかったから意外だった。かなり年代物の車で、長い間、停めっぱなしになっていたようだった。車に乗らないからか、車庫は締めっぱなしになっていた。
車の処分をしなければと、トランクを開けたところ、白骨死体が見つかった。
腰を抜かしたタナカさんは、直ぐに警察に通報した。
「たんそくおじさんは犯罪者だったのですか⁉」
「全然、そんな風に見えなかったんだけど・・・」とタナカさんは困惑していた。
警察の捜査が始まり、ボクのところにまで刑事がやって来た。その結果、意外な真実が判明した。
――白骨死体は、何とボクの父だった。
死因は全身を強く打ったことにより、ショック死であり、車に人を撥ねた跡が見つかったことなら、車に撥ねられたことが原因で亡くなったと考えられた。警察の見解では、ボクの父を撥ねたたんそくおじさんは父をトランクに押し込み、車庫に放置して死なせた。
ボクのことをニュースで知り、父を殺してしまった罪悪感から、ボクの支援を申し出た。
――たんそくおじさん。あなたは・・・
ボクは嘆息した。たんそくおじさんはボクに会いたくなかったのではなく、ボクの顔をまともに見ることができなかったのだったのだろう。ボクに感謝などされる筋合いではないことを、たんそくおじさんが一番、分かっていた。




