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ビッグ・コング

 骸骨(がいこつ)島に巨人が住んでいると言う。

 ビッグコングと呼ばれる小山のように大きな類人猿の化け物が、島の王として君臨していると言うのだ。

 我々は、その怪物の捕獲に臨んだ。

 私はこの怪物捕獲プロジェクトの出資者だ。一流のスタッフを揃え、骸骨島を目指した。

 アーツ諸島にある南国の漁港で船をチャーターすることにした。「髑髏島に行く」と言うと、船長は怖がって、誰も行きたがらなかった。それでも大金を積んで、いかにも一癖ありそうな船長と船を雇うことが出来た。

 我々は髑髏島目指して出航した。

 波に揺られること一カ月、水平線上に髑髏島が見えて来た。生憎、霧が立ち込め、島の姿がはっきりと見えない。

 我々は慎重に船を岸壁につけた。

 島に上陸する。

 古代の植物かと見間違うほど、大きな葉を持った植物が生い茂っていた。足元を這いまわる蟻でさえ、豆粒のように大きい。この島では何でも巨大化するようだ。

 僅かだが、島には先住民がいた。

 裸に近い恰好で、言葉が通じないものだと思い込んでいたが、現れたのはアロハシャツを着た世慣れた感じの先住民だった。

「ほら、金を寄こせ、俺が通訳をしてやる」と船長が言ったが、「俺は英語がしゃべれる」と先住民が言った。

 油断も隙もないやつだ。

「ビッグコングに生贄を捧げる丘がある」と先住民が言う。

 誰かがおとりになってビッグコングを誘い出せば良い。そう教えてくれた。

 大丈夫だ。その為に、売れない女優を雇って来た。性格はともかく、見た目は悪くない。

「お酒が足りない」、「部屋が狭い」、「シャワーの出が悪い」などなど、道中、散々、不平不満を言われたが、生贄にする為に連れて来たのだ。ここで役に立ってもらわなければならない。

 衣装も持って来た。露出の多い衣装を着て、生贄の丘に立ってもらった。後はビッグコングがやって来るのを待つだけだ。


「もう嫌! 虫が多いし、これ以上は御免だわ」

 生贄役の女優が喚き始めた。

 陽が暮れ、かがり火を炊きながらビッグコングの出現を待ち続けた。赤々と松明(たいまつ)の火が周囲を照らしている。島のどこかにビッグコングがいるのなら、この丘が見えないはずはない。だが、ビッグコングは現れなかった。

「う~ん。もう少し、綺麗な女の方が良いんじゃないか」と先住民が言う。

「失礼しちゃうわ!」と売れない女優が激怒した。

「どんな女が良いのだ?」と聞くと、先住民曰く、生まれてこのかた、生贄を捧げたことなどないから分からない。生贄を捧げていたのは、大昔のことだと言うことだった。

「こっちの女が良い」と先住民が女性スタッフを指差した。

 記録係として連れて来たメガネをかけた冴えない女性だ。先住民は「こっちの方が絶対良い」と太鼓判を押す。

「やってみるか」と嫌がるスタッフに露出の多い衣装を着せて、生贄の丘に立たせた。

 先住民が見に来た。

 日が暮れ、松明が炊かれた。辺りが真っ暗になると、どすどすと地響きが伝わって来た。


――来た!


 ビッグコングが現れた。

 デカい。最大の類人猿と言えばゴリラだが、ゴリラの二倍はあるだろう。しかも、下あごに巨大な牙が生えている。いかにも凶悪そうだ。

「うわあああ~!」

 悲鳴を上げて、真っ先に船長が逃げ出した。金、金とうるさいが、いざとなると役に立たないやつだ。

「た・・・た・・・助けて・・・」

 生贄となっているスタッフは恐怖のあまり動けない。

 大丈夫だ。こういう時の為に、ハンターを連れて来たのだ。ハンターに麻酔銃を渡し、待機してもらっていた。象でも一瞬で眠らせることが出来る強力なやつだ。

「今だ。麻酔銃を撃て!」と振り返って驚いた。

 ハンターは船長と一緒に逃げ出していた。役に立たないやつどもめ。

「待て、ビッグコングよ。私の話を聞け!」と私はビッグコングに向かって叫んだ。

 すると、ビッグコングは足を止め、ぎろりと私を睨んだ。

 言葉が通じるのか⁉ 交渉は得意だ。こういう時の為に、カメラマンを連れて来ていた。

「全てを記録するのだ!」

 カメラマンに怒鳴ると、カメラマンは腰を抜かして座り込んでいた。

「カメラはどうした?」

「船に忘れて来てしまいました」

 全く、役に立たないやつどもだ。仕方がない。

「ビッグコングよ。その女はくれてやろう」と私が言うと、生贄となっているスタッフが、信じられないといった顔で私を見た。

 私の言葉が分かるようで、ビッグコングはスタッフを指差して、大きく(かぶり)を振ると、両手を交差してバツをつくった。

「ん? 女がいらないというのか?」

 うんうんとビッグコングは頷く。どういうことだ?

 ビッグコングがカメラマンを指差した。

「女より、こいつの方が良いということか?」

 ビッグコングがまた、うんうんと頭を振った。


――こいつ、雌なのか⁉


「分かった。こいつをくれてやろう」と言うと、カメラマンが驚愕の表情で私を見つめて、首をぶるぶると横に振った。

 大丈夫だ。こいつがいなくても、カメラくらい、誰でも回すことができる。

 ビッグコングが嬉しそうに体をくねくねさせた。やはり雌なのだ。

「こいつはくれてやるが、どうだ? 私と一緒に町に来て、ひと儲けしてみないか? 町に行けば、こいつなんかよりずっと恰好良い男がいるぞ」

 私の言葉に、ビッグコングは「はて?」といった感じで考え込んだ。

 考えているということは脈があるということだ。私の腕の見せ所だ。私は町に行けば、珍しいもので溢れていることを説明した。少し、興味を持ったようだ。畳みかけるように、私は町に行けば、どんなに美味しい食べ物を食べることができるか説明した。

 ビッグコングは涎を垂らしながら、私の話を聞いていた。卑しいやつめ。

「どうだ? 私と一緒に来るか?」と聞くと、うんうんと頷く。そして、私に掌を向けてストップという所作をした。

「まだ、何かあるのか?」

 ビッグコングが人差し指と親指で円をつくってみせた。

「金か? 分け前が欲しいのか?」

 ビッグコングが頷く。誰だ。こいつに、余計なことを吹き込んだのは。きっとあの先住民だ。

「分かった、分かった。七三で良いか? 私が七で、お前が三だ」

 ビッグコングが首を振る。

「強欲なやつだ。じゃあ六四だ。私が六でお前が四。これで良いだろう」

 ビッグコングが、ぶるぶると激しく首を振った。

「何だと!ここに来るのに、どれだけかかったと思っているんだ。お前を町に連れて行くのにも金がかかる。じゃあ、半々だ。それ以上はダメだ」

 ビッグコングは両手を広げて、仕方無いという仕草をすると、人差し指と親指でOKサインをつくって見せた。


――とんだ世間ずれしたやつだったが、こうなれば、こいつを利用して稼ぎまくってやる。


 私はそう誓った。



――骸骨島の怪獣、ビッグコング・ショー。


 興行は大成功だった。

 海外からもたくさんのオファーをもらった。皆、「骸骨島の怪獣」こと、ビッグコングを、その目で見てみたいのだ。

 檻に入れられたビッグコングが登場した途端、会場は割れんばかりの歓声に包まれた。檻から出され、鎖に繋がれたままだが、ビッグコングが客席に近寄ると、悲鳴を上げながら、それでも視線はビッグコングに釘づけだった。ビッグコングは牙をむき、鎖を引きちぎろうとして、観客を怖がらせて見せる。


――今世紀、最大の発見。


 興行により成功だけでなく、私は冒険家としての名誉を手に入れた。

 ビッグコングもご機嫌だった。

 彼女の為に専用の巨大トレーラーを作った。楽屋兼住居だ。

 彼女は頭が良い。ショーはショーとして割り切って怪獣を演じて見せてくれる。それで観客が喜ぶことが、よく分かっているのだ。ショーが終われば、ビッグコングは鎖から解放され、巨大なトレーラーの中で、ソファーに腰を降ろし、ぐびぐびとビールを飲み、豪華な食事を腹いっぱい食べて、一日の疲れを癒す。

 ビッグコングの旺盛な食欲には驚かされた。約束とは言え、ビッグコングの食べたがるものは全て与えた。

 最初は果物を食べていたが、その内、人が食べているものに興味を示し始めた。雑食のようで、分厚いステーキに舌鼓を打ち、伊勢海老を頭からガリガリと食べた。更に、箸を使ってラーメンやうどんを器用に食べるようになった。

 彼女の面倒を見るのは、あのカメラマンだ。

「ゴリラの面倒なんて・・・そんなの学者にやらせた方が」とグチグチ文句を言われたが、金で黙らせた。

 仕方がない。ビッグコングのお気に入りなのだから。

 とは言え、ビッグコングはイケメン好きなようで、一度、ホストクラブに連れて行ってやった。飲んで騒いで、余程、楽しかったようで、それからは、ショーが終わると、ホストクラブを貸し切って、大騒ぎするのがビッグコングの日課になってしまった。

 ホストクラブで推しが出来た。

 お払い箱になったカメラマンはビッグコングから解放されて喜んでいた。

 こういったビッグコングの裏の顔は、決して世間に公表できなかったが、我々はタッグを組んで、世界中でショーを開催して回った。


 だが、我々の興行に水を差すものが現れた。


――動物虐待だ!


 動物愛護協会の人間が我々の周りに集まって、デモを行うようになった。プラカードに「ビッグコングを虐待するな!」、「ビッグコングを島に戻せ!」と書いたプラカードを持ち、シュプレヒコールを上げて騒ぎ立てた。

 警察沙汰になったことも、一度や二度でなかった。

 彼らを見ながら、「おい、島へ帰りたいか?」とビッグコングに聞くと、ぶるぶると首を振った。

 こいつ、島へ帰りたくないのだ。

「全く、困ったやつらだ・・・」と思うが、かと言って「ビッグコングは島に帰りたがっていない。人間社会での暮らしを満喫している」などと言えば、ビッグコングに対する興味が薄れてしまうだろう。

 彼女はあくまで「骸骨島の怪獣」でなければならない。

 一度、あまりに煩かったので、ビッグコングにトレーラーを出て、デモ隊の前で暴れてもらった。巨大なビッグコングが襲い掛かって来るのを見て、デモ隊は雲の子を散らすように逃げ去ってしまった。


――ざまあ見ろ。


 とほくそ笑んだが、警察が出て来て、「危険過ぎる」という理由で興行が中止に追い込まれてしまった。

 この手はもう使えない。

 そんなある日、次の興行地に出発する為に、港に巨大トレーラーを駐車しておいたら、それが消えてしまった。トレーラーごと、ビッグコングがいなくなってしまった。

 私は焦った。

 何ものかがビッグコングを誘拐したのだ。

 警察に相談したが、誘拐事件としては捜査してくれなかった。窃盗罪で捜査を行うと言う。人ではないので仕方なかった。

 やがて、ネット上に犯行声明が出た。

 犯人は例の動物愛護団体だった。ビッグコングを解放する為に、トレーラーを盗み、そのまま船に乗せて骸骨島まで運び、島でビッグコングを解放するのだと言う。

 冗談じゃない。

 やがて、動物愛護団体より、島でビッグコングを解放する映像がネットにアップされた。


――見てください。ビッグコングは故郷に戻り、鎖から解き放たれ、自由な生活を取り戻すことができました。我々に向かって、感謝のポーズをしているようです。


 そう動物愛護団体のリーダーは言っていたが、あれはどう見ても、


――島に置いて行くな! ホストクラブに行きたい。豚骨ラーメンを食べたい。


 と言っているようにしか、私には見えなかった。

 私は骸骨島のあるアーツ諸島より入国禁止措置を食らい、ビッグコングとの再会の道が断たれてしまった。

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