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ご神託

 神社に着いた時には、雨が上がっていた。

 社の観音開きの扉を開けると、中は意外に広かった。祭壇にご神体らしき亀の甲羅が飾られているだけだった。賽銭箱を社の中に持ち込んで、外から扉が開かないようにした。

「大丈夫。やつら、俺たちがここにいることに気がつかないさ」と永太は言ったが、直ぐに辺りが騒がしくなった。

「ここだ。お社に籠っているんじゃないか」という声がする。男の声だ。村に残っている男と言えば、河東栄治と矢追峯昭の二人だけだ。

 狭い村だ。身を隠す場所など知れている。森に隠れていた方が見つかり難かったかもしれない。

 永太は「これを持っていろ」とサバイバル・ナイフを美麻に渡した。そして、木刀を握り締めた。壁のすき間から外を伺うと、河東栄治と真理子、矢追峯昭と敦子の四人がいた。それぞれ手に鍬や鎌、松明を持っていた。

「銃だ。猟銃を持っている・・・」永太が呟く。

 河東栄治は、毎年、熊を駆除していると言っていた。猟銃を持っていたのだ。老人だと侮って、一気に殲滅しようとしていたら、今時、撃ち殺されていたかもしれない。うかつに出て行けなくなった。

「おいっ!扉が開かないぞ」

「賽銭箱だ。賽銭箱が無くなっている。扉の後ろに置いて、押さえにしているんだ」

「手を貸せ!」

 押し開けようと、扉がガタガタした。永太と美麻は慌てて中から扉を押さえた。

「ちくしょう。開かない!」

「罰当たりめ!お社に隠れていないで出て来い!」

 外で矢追峯昭が喚く。出て行けば殺されるだけだ。仲間が来るまで、社に籠城するしかない。

「どうする・・・」

 相談を始めたようだ。聞き取れない。静かになった。このまま時が流れてくれれば、朝には仲間が駆けつけてくれる。

 だが、そんな期待を裏切るかのように、ごそごそと音が聞こえて来た。

「ねえ、何か匂わない?」

「匂う? 何が?」

「これ、ガソリンの匂いじゃない!」

「ガソリン!」社にガソリンをかけて焼き払おうと言うのか。「まさか、ここは神社だぜ。そこまでやらないだろう」

 甘かった。壁のすき間から外を伺うと、矢追峯昭がポリタンクから水のようなものを神社に向けて撒いていた。恐らくガソリンだ。

 村の守り神である神社を焼き払おうというのか。

 驚いたことに、矢追はガソリンをまき終わると、マッチを擦って火をかけた。だが、このところの長雨で、社はたっぷり水分を吸収しており、火がつかなかった。

「火がつかない」

「松明を投げろ」

「おう!」マッチでは歯が立たない。持っていた松明を投げた。

 火が付いたが、火勢が弱い。煙が凄い。

「ごほっ、ほごっ」あっという間に社の中は煙で包まれた。焼き殺される前に、燻し殺されそうだ。

 相手は猟銃を持っている。うかつに出て行けない。袖元で口を覆い、社の中で頑張っていると、「あなたたち。何をしているの!」と女性の金切り声が聞こえた。

 少弐栄子だ。社から火の手が上がるのを見て、慌てて駆けつけて来たのだ。栄子の夫は神社の宮司を勤めて来た。夫無き今、神社は栄子の生きがいになっていた。

「お社に火をかけるなんて、なんと罰当たりな。直ぐに消しなさい」

(助かった。やつらを止めてくれ)と永太は願った。

「そうはいかない。何時まで待っても、待ち合わせ場所に来ないから、変だと思って探したんだ。そして、次郎さんを見つけた」

「殺されていた。首をざっくり刺されて。こいつらの仕業だ。こいつらが次郎さんを殺した。次郎さんの無念を晴らしてやらなければならない」

「あなたたちが無体なことをしようとするから」

「こいつら、金を持ってやがる。前のやつらよりもずっと沢山」

 どういうことだ。永太たちがいくら金を持っているのか知っている様子だ。どうやら、あの家は獲物を誘い込む為の罠のようだ。

 あの家の鍵は金庫を含めて、全て村人が合鍵を持っていたのだ。だから、藤仲朋子が勝手に家に入ることができたのだ。そして、金庫の中味を確かめていた。

「とにかく、全部、頂く」

「もうちょっとだ。何時までもお社に籠ってなんかいられない。燻り出してやる」

「死にたくなければ、お社から出て来るさ」

「だからと言って、お社に火をかけるなんて、そんなこと許せません!」

「大丈夫だ。燃えてしまったら、後で俺たちがもっと立派なお社をつくってやる」

「お社なんて無くたって、俺たちの信心は変わらないよ。はは」

 矢追と河東は栄子をあざ笑った。

 栄子が社に近づこうとするのを、「栄子さん、危ないよ」と真理子と敦子が止めた。

(ああ~ダメか。もうもたない)

 限界だった。社は炎を上げて燃え始めていたし、社の中は煙が充満していて、呼吸ができなくなっていた。

 社から出て、やつらと対峙するしかない。

「離して!」と栄子が叫んだ時、「なんだ~こいつら」、「神社に火をかけてやがる」、「おわっ!ジジイ、銃を持ってやがる」と怒鳴る男たちの声が聞こえて来た。

 仲間だ。仲間がやって来た。

「美麻。賽銭箱を動かすぞ」

 永太と美麻は扉を押さえてあった賽銭箱を動かした。

 扉を開くと、外に転がり出た。

 夜が白み始めていた。

 神社の境内には、河東夫婦、矢追夫婦に少弐栄子、その後ろに鉄パイプにバール、ナイフを持った三人の若者が武器を構えながら村人を取り囲んでいた。

「お前ら、何者だ!」猟銃を持った河東が若者と永太に交互に銃口を向けながら怒鳴った。

 永太はよろよろと立ち上がると、「待ちかねたぞ。やっちまえ。一人も生きて帰すな!」と若者たちに向かって叫んだ。

「おっしゃあ~!」

 若者が叫んだ、その瞬間、ゴゴゴゴゴ――! と地響きが響き渡った。

 地震のように地面が揺れた。

 神社の背後にあった山が襲い掛かって来た。山は見る見る大きくなると手を広げ、あっという間に、神社にいた全ての人間を包み込んで行った。


 長雨による大規模な土砂崩れにより、香月村一帯が土砂に埋もれてしまった。土石流は村を飲み込み、盆地全てを覆い尽くしてしまった。

 村人は全滅だったと思われる。

 盆地を覆った土石流は村に続く山道にまで押し寄せ、ヘリで上空から村の様子を撮影したテレビ局のクルーは、「まるでスッポンが首を伸ばしているみたいだ」と呟いた。

 短編小説「神憑きの村」をご一読いただき、ありがとうございました。

 閉鎖された村に異様な村人たち、そこに越して来た一家の悲劇~から一転して一家は・・・という二転三転するミステリー要素のあるホラー小説を考えたのですが、既視感のある作品になってしまったかもしれません。

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