魔法のパラソル
彼から別れを告げられた。
「君のこと、嫌いになったとか、他に好きな人が出来たとか、そんなんじゃないんだ。俺、会社からアメリカ駐在を命じられた。来月にはサンフランシスコに行かなければならない。行ったら三年は帰って来ることができない。君には寂しい思いをさせてしまう。待っていてくれなんて、とても言えない。だから、俺たち、別れた方が良いと思う」
彼の言うことは理解できた。でも、私の気持ちはどうなるの?
今日、彼はサンフランシスコ行きの飛行機に乗って旅立ってしまう。見送りになんて行ってやるものかと思っていたが、出発の時間が近づいてくると、私の気持ちを伝えたくなった。このままでは、彼への思いをずるずると引きずってしまうと思ったからだ。
バッグを持って家を出る。
良い天気だった。玄関にあったパラソルを持って出た。思い出の真っ赤なパラソルだ。彼と旅行に行った時、温泉街にあった小さな雑貨屋で購入した。薄暗い寂れた雑貨屋だったが、何故か心惹かれた。子供の頃に小遣いを握り締めて通った駄菓子屋を思い出したからかもしれない。
そこで、玉ねぎのような髪型をしたお婆さんから「一度だけ願いごとをかなえてくれるパラソルだよ」と言われ、「へえ~一度だけかぁ~いざという時に使うと良い」と彼が私に買ってくれた。
翌日、その雑貨屋を探したが、見つからなかった。
「変だな~昨日は確かにあったのに・・・」と二人、狐につままれたような気持ちになった。
咄嗟にそのパラソルを掴んでいた。
家を出て地下鉄に向かった。日差しが強かったので、パラソルをさした。
駅に着く。
――お急ぎのところ、誠に申し訳ありません。只今、人身事故により運転を見合わせています。
というアナウンスが流れていた。
どうする? タクシーを飛ばす? でも、渋滞にかかると間に合わない。もっと早く家を出れば良かった。
――ああ~お願いよ。彼に合わせて。
私はそう願った。
すると、私はパラソルを持ったまま、ぐんぐん空へと舞い上がって行った。
チェックインに時間がかかった。
前の乗客が機内にパラソルを持ち込もうとして、チェックインカウンターのグランドスタッフとトラブルになっていたからだ。
折り畳み式ではない大きなパラソルを機内に持ち込もうとすると、手荷物としてカウントされる上に、先が尖っていて凶器となる得るものは、機内持ち込みが出来ないことがある。
グランドスタッフはそう説明するのだが、乗客は何とかゴネて機内に持ち込もうとしていた。
(パラソルくらい、置いて行けよ)と思った時、赤いパラソルを思い出した。
不思議な雑貨屋だった。そして、何処か懐かしい感じのする雑貨屋だった。そこで、彼女にパラソルを買った。
「一度だけ願いごとをかなえてくれる」と店主のお婆さんに言われた。「いざという時に使うと良い」と彼女に言うと、「二人で使いましょう」と言ってくれた。
やっと自分の番になった。
登場手続きを行っている間、辺りが妙に騒がしかった。ガラス越しに、ターミナルの降車場で、大勢の人が空を指さして、何か叫んでいるのが見えた。
(何だろう?)
何故か気になった。
登場手続きを終えて、ターミナルを出てみる。
「おいっ! あれを見ろ」
「傘が降って来る」
「いや。人だ。人じゃないか⁉」
人々が口々に叫ぶ。
確かに人だ。誰かがパラソルを手に、ゆっくりと降りて来る。やがて、僕の目の前に、パラソルを手にした彼女が舞い降りた。
「良かった。間に合った」
「間に合ったって、今、空から降りて来たよね?」
「うん。パラソルにお願いしたの。あなたに会わせてって」
「お願い・・・」
本当にパラソルが願いごとをかなえてくれたのだ。この目で見た。間違いない。
「私、待っているから。三年なんて、あっという間よ。あなたのこと、待っている」
「本当は、君に待っていてもらいたかった。君と別れるなんて、嫌だった」
「分かっている。私の為を思って言ってくれたんだろうけど、そんなの違う。私の為なんかじゃない。待っていてくれって言って欲しかった」
「ごめんよ。待っていてくれ。僕が帰るのを、待っていてくれ」
「はい」
彼が赤いパラソルごと、私を抱きしめた。




