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世にも不思議なショートショート  作者: 西季幽司
キャプテン・アサヒマチ
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キャプテン・アサヒマチ/台風襲来

 大型の台風が朝日町に近づいていた。

 昨夜半から降り始めた雨は、風を加え、風雨となっていた。雨粒は益々、大きくなり、激しさを増していた。

「今日は開店休業ね」と細君が言う。

 朝から店を開けてみたのだが、暴風雨の中、蕎麦を食べにやって来る客などいなかった。

 キャプテン・アサヒマチこと、蕎麦屋のヒデさんは「早めに店じまいをするか」と蕎麦を打つ手を休めた。

「そうね。ねえ、あんた。今日は、俺を呼ぶ声がする――なんて言って、出かけたりしないよね。流石に台風相手じゃあ、勝てっこないでしょう」

「はは。キャプテン・アサヒマチは、台風にだって負けはしない」

「あんた!」と怒られた。

 細君はそう言うが、こういう時こそ、危機に瀕する人が出てくるものだ。キャプテン・アサヒマチが持つスーパーセンスが、そういった人々の助けを呼ぶ声をキャッチしてしまう。


――誰か。そうすけを助けて~!


 早速、キャプテン・アサヒマチのスーパーセンスが救助を求める声をキャッチした。

 キャプテン・アサヒマチのコスチュームに身を包み、出かけようとするヒデさんを見つけ、細君が「あんた! 何処に行こうってんだい⁉」と怒鳴りつけた。

「行かなくちゃあ。助けを求めている人がいる」

「ここにも一人、助けを求めている人間がいるんだけどね」

「ゴメン。直ぐに帰ってくるから」

「全く・・・しょうがないわね~とにかく、怪我だけは気をつけてね」

「分かっているよ」

 キャプテン・アサヒマチは家を出ると、出前用のスーパーカブに乗って走り出した。

 振りつける雨が激しく、しかも風が強い。スーパーカブは強い風を受け、右に左に蛇行したり、向かい風を受けのろのろとしか進まなかったり、追い風を受け飛ぶように走ったりした。

 やがて、歩道の街路樹の下で合羽を着て立っている少年を発見した。

「君だね? 助けを呼んだのは。危ないなあ~こんな雨の中、外に出るなんて」

「キャップ! 来てくれたんだね」

「勿論さ。どうしたの?」

「それが――」と少年が街路樹を見上げる。

 少年は街路樹の前に家に住んでいる。少年の部屋は二階の街路樹の真ん前だ。台風が珍しくて窓を開けて見ていたらしい。すると、雷が鳴った。その瞬間、いつの間にか少年の傍に来ていた愛猫のそうすけが驚いて窓から飛び出した。一階の屋根を伝って、街路樹に上ってしまったのだ。

 猫は木登りが得意だが、木から降りるのが苦手な動物だ。上ったは良いが降りることができなくなってしまった。

「それで、助けを求めていた訳だね」

「だって、風がどんどん強くなるから、そうすけが吹き飛ばされてしまうかもしれないでしょう」

 少年は心配そうだ。確かに街路樹の枝の先に、そうすけがしがみついていた。時折、枝が上下に大きく揺れ、今にも折れて飛んで行ってしまいそうだった。

「とにかく、ここは僕に任せて、君は家に戻るんだ。両親が見たら、心配するから。窓から見ていて」

 どうやら親に黙って合羽を着て外に出て、街路樹の下で愛猫の名前を呼び続けていたらしい。危ない。危ない。

「ありがとう。キャップ!」

 少年を家に追い返すと、キャプテン・アサヒマチはするすると木に登り始めた。想像以上に風が強い。吹き飛ばされそうだった。

 慎重に木を登って行く。木の枝の先で動けなくなっているそうすけまで、もう少しで手が届くところまで来た。だが、ここからは枝が細くなっていて前に進めない。

「ほうら。そうすけ。こっちおいで~」と呼びかけるのだが、そうすけは警戒して動かない。

 さあ、困った。この枝の細さでは、とてもキャプテン・アサヒマチの体重を支えることなど出来ないだろう。

 すると、背後から「そうすけ~!」と呼ぶ声が聞こえた。

 少年だ。少年が窓を開けて、そうすけの名前を呼んでいるのだ。二階の少年の部屋の窓から街路樹が正面に見える。少年の声に、そうすけが反応した。

「そうすけ~キャップのところに行ってよ~キャップが木から降ろしてくれるから~」

 不思議なことに、そうすけは少年の言うことが分かったのか、軽々と枝を歩くと、キャプテン・アサヒマチのもとにやって来た。キャプテン・アサヒマチはそうすけを優しく保護した。

 そうすけを抱いたまま、木から降りる。一階の屋根のところまで降りると、そうすけはキャプテン・アサヒマチの胸元を飛び出し、屋根を伝って、少年の部屋に戻って行った。

 少年がそうすけを抱きしめるのが見えた。


――良かった。


 そう思った時、再び、キャプテン・アサヒマチのスーパーセンスが助けを求める声をキャッチした。



 キャプテン・アサヒマチは愛車のスーパーカブに乗って山道をかけていた。


――この先から助けを求める声が聞こえる。


 この山道の先には、過疎化が進む村があったはずだ。高齢者ばかりの三世帯が、山間の谷間に寄り集まるようにして暮らしている。

 村に着いた。

 一軒の家から灯りが漏れていた。

「すみません」と尋ねると、「は~い」と奥から声がするが、出て来ない。

「どうかしましたか?」

「ちょっと腰をいわせて、歩けないのです」とか細い声が聞こえて来た。

 家の中に上がると、老婦人が居間で動けなくなっていた。


――大型で強力な台風が来る。土砂崩れの恐れがあるので、速やかに批難して欲しい。


 と市役所から連絡があり、近所の二軒は車に乗って市民館へ避難して行った。老婦人は支度に時間がかかってしまい、「うちの車に乗って行けば良い」と誘われたのを断って、「直ぐに車で追いかけるから」と二軒の家族に先に行ってもらった。

 準備が出来て、さあ、出かけようという段になって、突然、ぎっくり腰に襲われてしまった。腰をかがめて避難の準備をしていたのが、良くなかったようだ。

 十年前にご主人を病気で亡くしており、老婦人は一人暮らしだった。息子夫婦は県外に住んでおり、近くに助けを求める人がいなかった。

 キャプテン・アサヒマチの姿を見て、「あらまあ~変わった格好の救助隊員さん」と呑気に言った。役所の人間だと思っているのだ。

「さあ、避難しましょう。私が車を運転します。車の鍵は何処にありますか?」

「ああ、あそこ。台所のテーブルの上」

「荷物はこれですね?」とキャプテン・アサヒマチが老婦人の傍らにあったボストンバッグを掴んだ。そして、老婦人を背負うと、降りしきる雨の中、外に出た。土砂降りの雨に濡れながら、老婦人を車の後部座席に寝かせた。

「さあ、避難所に向かいましょう」

 キャプテン・アサヒマチの運転で、一路、市民館を目指した。

 雨脚がどんどん強くなって行く。風も強い。土砂崩れが怖かった。飛ばしたかったが、車がやっと一台、通ることができるような山道だ。うっかりハンドル操作を誤れば、谷底に真っ逆さまだ。

 キャプテン・アサヒマチは慎重に車を運転した。


――山が鳴いている。


 キャプテン・アサヒマチのスーパーセンスは、山が発する悲鳴のようなものをキャッチした。慌ててブレーキを踏んだ。

 ドドドド~! と音がして、キャプテン・アサヒマチが運転する車の前で、崖が崩れた。土砂崩れだ。危機一髪だった。あのまま走っていれば、車は土砂崩れに巻き込まれてしまっただろう。


――だが、困ったぞ。


 山道が土砂によって塞がれてしまった。

「救助隊員さん。大丈夫ですか?」

「大丈夫。心配しないで」

 キャプテン・アサヒマチは車外に出た。

 振りつける雨で、フロントガラス越しにはよく見えなかったが、巨大な岩が山道を塞いでいた。巨大な岩さえ取り除くことが出来れば、車が通ることができそうだ。

 キャプテン・アサヒマチは岩に近づくと、両手で抱きついた。

「真心百万馬力~!」

 キャプテン・アサヒマチが足を踏ん張る。両手で巨大な岩を持ち上げようというのだ。だが、岩は人一人がどんなに力を込めても、動くような大きさではなかった。

 それでもキャプテン・アサヒマチはあきらめない。

 めりめりとキャプテン・アサヒマチの両足がアスファルトの地面にめり込んで行く。

「うがああああ~!」

 キャプテン・アサヒマチが絶叫した。

 すると、何と巨大な岩が僅かに動いた。

「まだまだ~真心百万馬力~!」

 再び、キャプテン・アサヒマチが両手に力を込めた。

 じゃりじゃりと音がしながら、巨大な岩が浮きあがった。キャプテン・アサヒマチは巨大な岩を頭上に抱え上げると、「ふんぬっ!」と声を発して、崖下に投げ捨てた。

 振る注ぐ雨がキャプテン・アサヒマチの体を激しく打ち続けていた。キャプテン・アサヒマチの体からは、もうもうと湯気が立ち上っていた。

 キャプテン・アサヒマチは、よろよろと車に戻ると、「さあ、避難所に急ぎましょう」と後部座席に横たわる老婦人に声をかけた。

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