キャプテン・アサヒマチ/緊急出動
電卓を弾く手が止まった。眉間に皺が寄っている。
悪い兆候だ。細君は家計簿から顔を上げると、ヒデさんを睨みつけると言った。「あんた。暫く、スーパーヒーローごっこは止めにしてちょうだい!」
案の定だ。ご機嫌斜めらしい。
「スーパーヒーローごっこだなんて・・・」
「今月も赤字なのよ! あんたがもう少し、商売熱心なら、こんなことにはならないのに」
「だって、仕方ないだろう・・・」
「何が仕方ないのよ! 人助けをする前に、うちの家計を助けてちょうだい。いい。明日から暫くスーパーヒーローごっこはお休みにしてもらいますから」
「そんな・・・」
「いやなら金を持って来い! 誰かを助けたら、お礼にいくらかもらったら良いじゃないの」
「そんなことできる訳ない」
「じゃあ、スーパーヒーローごっこはお休み! 分かったわね」
こうなると細君には逆らえない。
翌日から、ヒデさんはどこか居心地の悪さを感じながら、蕎麦打ちに精を出した。
(俺がいないと町のみんな、困っているんじゃないか)と心配になるのだが、店に来る客は「おやっ! 珍しい。今日は店で真面目に働いているんだ。たまには奥さんに楽をさせてあげないとね」と細君を喜ばせることしか言わない。
「みんな、困ってないかい?」と聞くと、「何故?」と聞き返されてしまう。
「だって、キャプテン・アサヒマチがいないと、町の平和が保てないだろう」
「ヒデさん。こんな田舎町でそうそう事件なんて起きないよ。キャップがいなくたって、大丈夫さ」
そう言われると言い返す言葉がない。
ヒデさんは鬱屈とした思いを抱えながら、蕎麦を打ち続けた。
その日は朝からずっと嫌な予感が続いていた。
スーパーセンスが働いているのだと思った。ヒデさんは町の誰かが助けを求める声を聞くことが出来た。それだけではない。これから起こるであろう事件や事故を感じ取ることも出来たのだ。
――何か悪いことが起きようとしている。
その嫌な感覚は時間が経つにつれ、段々、強くなって行った。
細君もヒデさんの様子がおかしいことに気がついた。
「あんた。また、よからぬことを考えているんじゃないでしょうね」と何度も釘を刺された。
「いや、何も考えてないよ」
「本当?」
「本当だとも」と誤魔化すが、暫く経つと、また嫌な予感がして蕎麦を打つ手が止まってしまうのだ。
時計が正午を回り、昼食の為に訪れた客が一段落すると、危険が迫っていることをヒデさんのスーパーセンスがしきりに訴えて来る。その感覚は短くなり、強くなって行った。
「ああ~もうダメだ。俺、ちょっと出て来る。頼む。今回だけだ。町の誰かに危険が迫っているんだ。本当なんだ」
ヒデさんは細君に訴えてみた。
「ダメに決まっているでしょう。あんた、人様とお店とどちらが大事なのよ!」
「そうは言っても見過ごしには出来ないよ。俺には彼らを救う力があるのだから」
「何、訳の分からないことを言っているのよ」
「ゴメン! 後で、倍、働いて返すから」
そう言い捨てると、ヒデさんは店を飛び出した。部屋に戻ってキャプテン・アサヒマチに変身すると、スーパーカブに乗って走り出した。
どこに行けば良いのかは、スーパーセンスが教えてくれる。
「どこだ? 何が起ころうとしているのだ」
一番、強くスーパーセンスが危険を訴えて来る場所に来た。やや狭いが、何の変哲もない一般道路だった。住宅街の真ん中で、周辺には家以外、何もない。何も起こっていない。
これから、ここで何かが起こるのだ。
ヒデさんは周囲を見回した。
「あっ! キャップだ」という声がした。
小学生くらいの子供たちだった。下校時間のようだ。ぞろぞろと小学生の一団が歩いて来る。
と、その時、白い車がふらふらと制御を失って突っ込んで来る。道端には小学生の一団が歩いている。危険だ。
キャプテン・アサヒマチは白い車に向かって駆け出した。
「うぬぬぬぬ~! 真心百万馬力――‼」
何と! キャプテン・アサヒマチは走って来る車を受け止めると、両足を踏ん張って止めようとした。とは言え、走って来る車は簡単には止まらない。キャプテン・アサヒマチは車に押されて、ずるずると後退した。
踏ん張る両足がガツガツとアスファルトを削って行く。背後には小学生の集団がいるのだ。ここであきらめる訳には行かない。頑張れ! キャプテン・アサヒマチ。
ずるずると車が前に進む。キャプテン・アサヒマチは両足を踏ん張って、必死に車を止めようとした。このままでは道端の小学生が巻き添えになってしまう。
「ぬがあああ~!」
キャプテン・アサヒマチが雄たけびを上げた。
車が止まった。
キャプテン・アサヒマチは車を抱えながら気を失っていた。
ヒデさんは病院のベッドで目を覚ました。
目の前に細君の顔があった。
「ゴメンな。店をほったらかしにして」
「ううん。いいの。よく頑張ったね」と細君が優しく言った。
何だ? これは夢なのか。
「あなたのお陰で、大勢の子供が命拾いをしたのよ」
細君の話によれば、車を運転していた運転手は持病があって運転中に意識を失ってしまったようだ。車はふらふらと下校中の小学生の集団に向かって突っ込んで行った。そこにキャプテン・アサヒマチが現れ、車を停めたのだ。
危うく、大惨事になるところだった。
「運転手さんは?」と聞くと、「幸い、命に別状はなかったみたい。あなたのお陰だって、涙を流しながら感謝していた」と細君が答えた。
「そうか。それは良かった」
「それだけじゃないのよ。下校中だった小学生のご両親が引っ切り無しに訪れてはね。あなたは命の恩人だ。本当にありがとうございましたってお礼を言うの。あまりに沢山来るものだから、私、対応に疲れちゃった」
「へえ~そうなんだ」
「あなたの変な趣味も、人の役に立つことがあるのね~」
「ははは」
細君の笑顔を見ただけで、キャプテン・アサヒマチは元気になった。




