12話 ドラゴンソウル
翌日。
朝食を食べた後、まずは村の様子を見て回る。
魔物の襲撃から一夜が経ち、村は落ち着きを取り戻していた。
魔物に壊された家屋の修理をしている人々が見られるが、それ以外は、特に変わったところのない、平穏な光景が広がっていた。
この様子ならば、俺が何かする必要はないだろう。
村人と挨拶を交わした後、薪を取りに行くという理由で村を出る。
そのまま、少し離れたところにある森に移動した。
「おとーさん、おとーさん。これから、なにをするのー?」
一緒に連れてきたイノリが、不思議そうにコテンと小首を傾げた。
「魔法の訓練だ」
「おー、まほー!」
イノリの目がキラキラと輝いた。
「私、つよくなれる?」
「ああ、なれる。俺がイノリを強くする」
「やったー!」
ぴょんぴょんと飛び跳ねるイノリ。
そこまでうれしいのか。
ならば、その期待に応えられるように、俺も全力で教えることにしよう。
「イノリよ。昨日、教えた魔法を唱えることはできるか?」
「えっと……」
イノリは両手を突き出して、魔法を詠唱する。
「火のよーせよ。
われの力は汝の……」
すぐに詠唱が中断する。
やはりというべきか。
イノリはまだ子供であり、加えて言うならば、つい一ヶ月ほど前まで奴隷だった少女だ。まともな学を得ていない。
そんなイノリが、長文の魔法の詠唱をすることは難しいだろう。
だが、その対策ならすでに考えている。
「イノリの才能は申し分ない。魔力もある。が、魔法は詠唱をしなければ発動しない。わかるな?」
「うん……でも、えーしょーはむずかしいの……」
「今日から勉強も教えよう。知識を身につけることで、きちんと魔法を唱えることができるようになる」
「おとーさん、教えてくれるの?」
「ああ、もちろんだ」
「やったー!」
「ただ、それでは魔法を身につけるのに時間がかかる。今は、ショートカットすることにしよう」
「しょーとかっと?」
不思議そうにするイノリに、俺は指輪を差し出した。
寝床を後にする時に持ち出した財宝の一つ、『ドラゴンソウル』だ。
「わー、きれー!」
イノリはニコニコしながら指輪を受け取り、身につけた。
「その指輪は、マジックアイテムだ」
「まじく……あいてむ?」
「特別な力が込められた道具、という意味だ。その指輪の能力は……そうだな、その身で体験した方が早いだろう」
イノリの後ろに回り込んで、小さな肩に手を置く。
「いいか? 昨日と同じように、俺が教えるから、魔法を唱えてみろ。ただし、意識はその指輪に集中させろ」
「ゆびわに? うん、やってみる!」
「では、いくぞ」
ぽん、と軽く背中に手をやり、それを合図とする。
「いいか? 十分に集中したら、こう唱えるんだ。
火の妖精よ。
我の力は汝のもの。
汝の力は我のもの。
ここに契約を交わす。
炎の矢」
「火の妖精よ。
我の力は汝のもの。
汝の力は我のもの。
ここに契約を交わす。
炎の矢!」
イノリが魔法を唱えた……が、魔法は発動しない。
「ふぇ……私、しっぱいしちゃった……?」
「いや、成功だ。指輪を見てみるといい」
「んにゃ? ……ふぁ! 指輪がキラキラ、めらめらひかっているよ!」
「これで、指輪に魔法が登録された」
「とーろく?」
「この指輪は、魔法の詠唱を五つまで記録することができる。一度、登録した魔法は、簡単な言葉で使うことができる。試してみるといい。詠唱の最後の、『炎の矢』とだけ唱えればいい」
「えっと、えっと……炎の矢!」
今度は魔法が発動した。
イノリの手から、炎で形成された矢が高速で射出される。
炎の矢は木の幹を抉り、爆炎を撒き散らす。
「ふわぁ」
「どうだ? それならば、今のイノリでも簡単に魔法を使うことができる」
「やったー! イノリ、まほーつかいになっちゃった♪」
「確かに魔法は使えるようになったが、道具の力を借りているということを忘れてはいけないぞ」
「うん、わかっているよー。ちゃんとおべんきょーもして、いつか、私だけの力でまほーをきちんと使えるようになってみせるよ!」
「うむ。それでこそ、俺の娘だ」
与えられた力に満足することなく、自らを高めることを忘れない。
それができる人間は、なかなかいない。
やはり、イノリは賢い子だ。
偉いぞ、と頭を撫でてやる。
「ふにゃ……おとーさんのなでなで、きもちいいな♪ これがあれば、がんばれるの」
「これくらい、いつでもしてやるぞ」
「ふぁ、いつでも……なでなで天国」
なんだ、それは?
「ひとまず、魔法を五つ、登録してしまおう。そうだな……攻撃魔法をもう一つ。残りは、回復、身体強化、浮遊魔法にしよう」
「おとーさんにおまかせ!」
「では、さきほどと同じように、俺に続いて詠唱しろ。指輪に意識を集中するのを忘れないように」
「あいあいさー!」
そのヘンテコな返事はなんとかならないものか?
どうでもいいことを考えながら、イノリに魔法の詠唱を教えた。
====================
イノリ 10歳 女 レベル:1
クラス:なし
HP :20
MP :60
腕力 :5
魔力 :30
敏捷 :5
耐性 :5
運 :10
技能 :ドラゴンの加護・初級魔法・上級魔法
====================
――――――――――
夜。
「すぴかー……ふにゃ……にゃむにゃむ……」
食事を終えるなり、イノリはすぐに眠ってしまった。
俺にしっかりとしがみついて、寝息を立てている。
「昼はがんばったからな……さすがに、疲れたか」
イノリの頭を撫でながら、これからのことを考える。
ひとまず、魔法は使えるように教えた。勉強を重ねて、知識を得れば、自力で魔法が使えるようになるだろう。
それは後々のこととして……
イノリは、強くなりたいと言っていた。
戦う力を求めているのだろう。
ならば……
「次は、実戦訓練にするか」




