山を前に……TO帰還
山には様々な木がある。桜、楓、樅が居座り、山を支配しているようだ。獣たちの鳴き声は聞こえない。早朝に、ソウとセリムは山と街の境界に立った。四本の足は確かに地面を踏みしめている。
「ねえ、ソウ。もう収まった頃かしら」
ソウは緊張気味に周りに気を配り、山の木々を見る。
「わからないな。まだ何ともいえない。結局のところ、僕らが他の獣たちのために、命をかけるのは馬鹿げている。山に戻ったふりをして、街に帰ろう。ドグマだって、快く迎えてくれるはずだ」
セリムの足は震えている。そこが川であるというだけではない。冷たい水は二匹の罪を洗い流すように、激しくなってきた。上流で何か起こっているのだろうか?二匹は、山のことが気になって、気がつかないようだ。狐たちは、慎重に山を眺めると、大きく深呼吸をする。セリムは恐怖感に打ち勝てない。山にわけいるだけの勇気が持てないのだ。もし、あいつに会えば……。ソウも怯えている。毛が逆立ち、何度も川辺をぐるぐる周回。二匹は結局、山に入ることなく、街への道をとった。
鷹はその様子を遠くの木から見逃していない。早速、老狸に報告するために、飛び立つ。ソウとセリムは鷹に気づいていない。若い二匹はまだまだ未熟だった。
トボトボと二匹は街にむけて、歩く。
「なあ、セリム。街の獣たちに見つかったら、僕らは追い出されるかもしれないぞ。その時、どうする?」
セリムは山を見ていたときとは打って変わって強きだ。たぶん、山の『奴』は、獣たちにとって、わからないから、恐ろしいのだ。反対に、狐にとって他の獣たちは勝手知ったる者たちだ。
老狸は鷹から、狐二匹が戻ってくると聞いて、狐に対抗できる獣たちを集めた。中でも、鹿は強い味方である。いつの頃からか、鹿は古い戦友のように、老狸には思えていた。山では、大して、話したこともなかったが、今では、毎日鹿の家に呼ばれて、今後のことを話しあっている。老狸は鹿を頼りにして、街を運営していこうと、考えた。鹿は惜しみなく、協力すると約束するが、条件を出す。それは、狼を決して外に出さないことだ。鹿はそのために、老狸に狼を餓死させるように、仕向けたが、老狸は頑固に首を振る。
今回、新たな問題が持ち上がったことで、一大勢力だった狐の残党とも呼べる二匹にどう対処するのか、老狸は即座に決断しなければならない。
「鹿たち。狐と戦う覚悟はあるか?」
鹿たちは、本来遊んで暮らしたい平和主義者だ。だが、今回、ある条件とひきかえに、戦うことを決意した。老狸の出身である狸たちも、器用にも防具などを作って、戦おうとしている。そんな中、ドグマの所在が問題視され、どこに行ったドグマ!!とばかりに、皆は探す。ただ、ドグマはどこにもいない。見つからないのだ。人間たちの住居に慣れていない獣たちは、家の中に入ることをためらう気持ちも手伝ったのだろう。ドグマが見つからないまま、街に、二匹の狐、ソウとセリムが帰ってきた。鹿、狸、亀、鷹が二匹の狐を待ち受ける。
対峙する二群。老狸が一歩前に出る。
「ソウとセリム。お前たちは追放されたはずだ。山に帰れとはいわない。ただ、街には、二度と来るな。今、お前たちの追放によって、法は守られている。これ以上、混乱を持ちこむな」
ソウは申し訳なさそうな顔をして、老狸に頭を下げる。内心は、何でこんな奴に!!と思っているだろうが、そこはずる賢いだけに、プライドなど微塵もない。
「悪かったと反省してます。老狸さん。お願いします。どうか、街に入れてください。山は恐ろしい。それはあなたも知っているはずだし、他の山だって、どうか知れたものではないですよ。街がやはり一番安全でした。法を守って、ちゃんと生活します」
老狸は悩んだ。果たして、ここは寛容に許すべきか。あるいは、許さざるべきか。鹿がけしかける。
「狸さん。許すべきではない。少々、こちらが傷ついても、奴らを倒してしまいましょう。また、今見逃しても、こっそりと戻ってくるかもしれませんよ」
よし。と老狸は決意する。狐たちに痛い思いをしてもらおう。そうして、さらに街はまとまるはずだ。
ところが、その時、鹿の後ろから猛スピードで何者かが、走り抜けた。ドグマである。赤い狐は、土壇場になって、やはり、狐の味方をしたようだ。老狸の首にかぶりついて、集まった獣たちを威嚇する。亀が叫ぶ。
「終わりだ。終わりだ」
鹿は老狸を助けようと、機会を伺うが、そのままドグマは二匹の狐のところに、狸をくわえたまま、引きずっていく。
「ドグマ!!」
ソウとセリムが歓喜の声をあげる。ドグマは老狸を離す。
老狸は痛みがあるのか、うめいている。
「街の獣たち、下がれ!!向かってくると、老狸の命はないぞ」
ドグマが叫ぶ。