戻る覚悟
夢を見ていた。
暗い、底のない闇。血の匂い。悲鳴。そして、私を呼ぶ声。
目の前に、血まみれになったアリシアの姿が浮かんでいる。赤い髪は血に濡れて、白い肌には無数の傷。
震える手を伸ばす。指先に伝わってくるのは、冷たさだけ。生きている温度じゃない。死の温度だ。
「どうして、助けてくれなかったんだ」
上から声がした。顔を上げると、そこに――
「――っ!」
その人の顔を見た瞬間、私は目を覚ました。
同時に、全身を激痛が駆け巡る。
「……っ、ぐ……!」
息ができない。肺が焼けつくように熱い。体の芯から、冷たい何かが這い上がってくる感覚。頭痛。吐き気。目眩。体中の関節が悲鳴を上げている。まるで、体の中に無数の針が刺さっているようだ。いや、針じゃない。もっと、もっと冷たいもの。血管の内側から、何かが這い回っている。
(夢……?)
霞む視界で、周囲を見回す。薄暗い部屋。石壁。質素なベッド。暖炉の火が、ぼんやりと揺れている。窓の外には、見慣れた町の景色。ここは、町の宿なのか。
「……っ、げほ、ごほっ!」
咳き込む。喉の奥から鉄の味が広がった。血だ。口元を拭うと、指先に赤いものが滲んでいる。
「アネラ!」
扉が勢いよく開く。駆け込んできたのは、アリシアだった。
「アネラ、目が覚めたのね! よかった……!」
アリシアがベッドのそばに跪き、私の手を握る。その手は驚くほど温かかった。でも、その温かさが、今は少しだけ痛い。
「三日よ。ずっと、意識が戻らなかった」
アリシアの声は震えていた。怒りと、安堵と、悲しみが混ざり合っている。
「助けてくれたのね。ありがとう……」
「ローラに言って、あの子が教えてくれたんだよ」
「ローラは?」
周りを見ても、ローラの姿は見つからない。
「魔王城へ行き来するための転送は、すごく魔力を消費するから。今は女神様のところに戻ってる。心配しないで、特に問題はなかったから」
そう聞いて、ほっとした。今回の件では、迷惑をかけたな。
「アネラ、聞きたいことがあるの」
アリシアの目が、まっすぐに私を捉える。その瞳は、五年前と変わらない。真っ直ぐで、強い。でも、その奥に、私は見てはいけないものを見た気がした。不安。恐怖。そして、ほんの少しの怒り。
「こんな状況でごめんね。でも、どうしても知りたいの」
「どうして、何も言わずに。どうして、私たちの前から消えたの」
「突然いなくなって。手紙も残さずに。私たちがどれだけ探したか、分かる?」
「だから、教えて……いったい何があったの?」
ぐっ、と手を握る力が強くなる。もう諦めるしかなかった。アリシアは、こうなったら絶対に引かない。昔からそうだ。一度決めたら、てこでも動かない。そんな彼女だから、私は
(話すしか、ないか)
覚悟を決めて、息を吸う。でも、体が言うことを聞かない。咳が止まらない。息苦しい。胸が締め付けられる。まるで、体が私に話すなと言っているようだ。
「アネラ、無理しないで」
「……大丈夫」
嘘だ。全然、大丈夫じゃない。でも、話さなければ。このままだと、アリシアは絶対に納得しない。それに、もうこれ以上、彼女を心配させたくない。
「私は……」
でも、どこまで話すかは考えないと。やっぱり、アリシアが悲しむようなことは言いたくない。本当のことを全部話せば、彼女はきっと、私よりも苦しむ。
「そもそも、私に魔力がないってこと、知らなかったよね。……実際は、女神様との契約で、魔力を共有してもらっている感じで使っていたの」
「女神様から魔力を授かって、そのおかげで戦えた。でも、魔王を倒した後は、もう必要ないと思って。だから、お返ししたの」
「でも、それを知られたら大変なことになる。利用しようとする人が必ず出てくるし、みんなを脅かす材料にもなりかねない。だから……」
「だからって、一人で抱え込まないでよ!」
アリシアが、声を荒げた。その目から、涙が零れ落ちる。一粒、また一粒。こぼれた涙が、私の手の甲に落ちて、熱かった。
「私たちは仲間でしょう! 一緒に戦ってきたんでしょう! どうして、一人で決めちゃうのよ!」
「……ごめん」
「謝らないでって、言ったでしょ!」
アリシアの拳が、ベッドを叩く。その音が、やけに大きく響いた。宿の古い木の枠が、ぎしりと鳴る。
「私、あなたを探すのに、どれだけ……っ」
「もっと、頼ってよ。約束して。もう、勝手に消えないって」
アリシアの目は本気だった。その瞳を見ていたら、反論する気力が全部消えてしまった。
(敵わないな、本当に)
昔から、そうだ。アリシアには、いつも敵わない。怒らせても、泣かせても、最後には彼女の真っ直ぐな瞳に、私は負けてしまう。
「……分かった」
「ホントに分かったの?」
「今度は絶対」
アリシアの顔に、ようやく笑みが戻る。その笑顔が、少しだけ眩しかった。
「よかった……!」
アリシアが私に抱きつく。その瞬間、体に痛みが走ったけど、でも、不思議と嫌じゃなかった。彼女の温かさが、痛みを少しだけ和らげてくれる。髪から、懐かしい匂いがした。
「それと、今回の件。セオドアが言っていたの。時間軸を歪める魔法。私の命をアンカーにして、世界を、私が存在しない時間軸へと……」
「達成はしなかったと思う。でも、この後、別の手で来るかもしれない」
「その痕も、その原因で?」
自分の腕を見る。そこには、薄っすらと黒い筋が走っていた。まるで、血管に沿って墨を流し込んだような。触れると、ひやりとする。魔力に蝕まれた痕だ。これが、全身に広がっている。腕だけじゃない。きっと、背中にも、胸にも、足にも。
「……見つけたときから、そうだった。ローラが応急処置をしてくれたけど、完全には消せなかった」
「そう……か」
思ったより、進んでいたんだな。他人事のように、そう思う。
「心当たりはあるの?」
「……」
原因は分かっている。でも、言えない。言えるわけがない。だって、これは――
「アネラ、痛む?」
「少しね。でも、慣れた」
「慣れちゃ、ダメ」
アリシアが私の手を握る。その手の温かさが、黒い筋の冷たさを、少しだけ和らげてくれる。
「これからは、一人で慣れようとしないで。私たちがいるんだから」
「……うん」
(戻ってきて、よかったのかな)
まだ分からない。でも、少なくとも。アリシアのこの手を、振りほどくことはできない。そう思った。思ってしまった。それが、正しいことなのかは、分からないけど。
「その魔法について、もっと詳しく知りたいね。でも、ここじゃ調べられない。まずは王城に帰ったらどう?」
「分かった。一緒に帰ろう」
「本当? 嘘じゃないよね」
「嘘じゃないわ」
アリシアが嬉しそうに立ち上がる。
「じゃあ、こっちも支度してくる。また後で来るね。ゆっくり休んで」
扉が静かに閉まる。一人になった部屋で、私はもう一度、自分の腕を見る。
黒い筋は、まだ消えていない。でも、さっきよりは薄くなった気がした。気のせいかもしれないけど。
これ、本当の原因を知られたら……
頭を振って、そんな考えを追い出す。知られたら、きっとアリシアは怒る。悲しむ。そして…
いや、考えるのをやめよう。今は、それどころじゃない。
アリシアが助けに来てくれた。ローラもいた。みんなが、私を助けてくれた。
だから、今度は私がみんなを守らなきゃ。そのためにも、まずはこの体を治さないと。この蝕みを消さないと。でなければ、守れるものも守れない。
目を閉じる。まだ体は痛い。でも、さっき見た悪夢よりは、ずっとましだ。あの夢に比べれば、この痛みなんて、どうってことない。
眠気がゆっくりと訪れる。今度こそ、悪夢じゃありませんように。そう願いながら、私は意識を手放した。
――夢の中でも、あの声が聞こえた気がした。
「どうして、助けてくれなかったんだ」
その問いに、私はまだ答えられない。
自分に続き書こうと
そうなるよに色々工夫したが
やっぱり自分に書く才能が無いね
夢の内容を再現するだけで
もう精いっぱいなんです(´;ω;`)




