最終話 僕たちは同じ未来を歩いていく。
学園を卒業後、僕はチェルシー王女の教育係になった。
教育係になって一年はあっという間だった。
チェルシー王女は素直で、褒めるとぐんぐん伸びる子だ。
この一年で明るく、まっすぐな性格になった。
内気で見うちの前でしかおしゃべりできなかったのに、今では自分からたくさん話をする。初めて会ったときよりだいぶ背も伸びて、たくましさも見え隠れする。
「ジン。見てください。お手紙かけました! ほめてください!」
チェルシー王女が嬉しそうに、幼いながらも丁寧に書かれた手紙を僕に見せてくる。
「とてもお上手です、チェルシー様。お兄様が喜びますよ」
「えへへ。わたし、お兄様に渡してきます!」
チェルシー王女はぱっと笑顔になり、手紙を大切に抱えて走り出す。
「駄目ですよ、チェルシー様。また転んで怪我をしてしまいますよ。歩きましょう」
「はぁい」
手を差し伸べると、チェルシー王女は素直に手を出してきて、ディオン王子の執務室まで並んで歩く。
ディオン王子は書類の山と格闘中だった。
「殿下。チェルシー様が殿下へお手紙を書きましたよ」
「おお、さすがチェリー。なんてうまい文字だ! お兄様のためにこんなに可愛いお手紙を書いてくれるなんて……お兄様は嬉しいよ! これは額を作って執務室に飾るしかない。誰か! 今すぐ額を持ってきてくれ!」
疲れきって死んだ魚のような顔をしていたのに、一瞬にして元気になった。
学生の頃はわからなかったけれど、ディオン王子はかなりの兄バカである。妹のお手紙さえあれば万事解決。
アオイさんが作りたてホヤホヤの額を取り出す。
「ディオン様、額ならわたしが専用のものを作りました! こちらをどうぞ!」
「よくわかっているね、アオイ」
「もちろんですディオン様。チェリーちゃんからのお手紙は一生の宝です」
アオイさんは日付と時間のカードも添えて、額に収めて壁にかける。
執務室どころか、寝室も壁一面、チェルシー王女のお手紙で溢れている。
使用人一同、「そのうちチェルシー王女のお手紙博物館を建ててしまうのでは」と考えている。
ディオン王子もまた、このニ年で大きく変わった。
というのも、アオイさんと結婚したのだ。
「この推し世界全てを幸せにするのが、わたしの生きがい! 永久の推し活、みんな永遠に幸せであれ!」
そう宣言して、満を持してディオン王子のもとに嫁いだ。
王族に嫁ぐという大役を前にしても、相変わらずの熱量とテンションだった。
「アオイには振り回されっぱなしだ。国のためになりそうな政策案を次々提示してくる。あれだけ全力で国のことを考えてくれる人は貴重だ」
「そうですね。何事にも全力でぶつかっているので、僕たち家臣は心配になります」
ディオン王子は心から幸せそうだ。
「ジン。明日は休みだったね。孤児院に顔を出すんだろう」
「はい。最近はボーイが率先して新しく来た子たちの世話をしてくれるので、僕もフィーネも助かっています」
僕はチェルシー王女の教育係になってから半年して、フィーネさん……フィーネと結婚した。
平民の出だけど王女の教育係という立場にあるため、エンデバーのご両親や親族から反対されることはなかった。
フィーネは孤児院の先生になり、院長先生と孤児院の運営をしている。
僕は休みのたびに孤児院に顔を出し、院長先生とフィーネの手伝いをする。
「フィーネ先生、あそぼー! ミーたん、おにごっこしたい!」
「待って、ミネア。洗濯物を干してからね」
子どもたちに囲まれながら、フィーネは慣れた手つきで洗濯物を干す。
最初は戸惑っていたフィーネも、今ではすっかり孤児院の子どもたちに気に入られている。
ここに来たばかりの女の子、ミネアは特にフィーネに懐いている。
「フィーネ。洗濯物は僕が干しておくから、ミネアたちと遊んであげて。今のうちに疲れておかないと夜寝てくれないだろう?」
「ありがとう、ジン」
洗濯かごを受け取ると、影で見ていたボーイがはやしたてる。
「あー! 兄ちゃんとフィーネ先生、ラブラブだー!」
「ボーイ。そういうこと言わない」
「はーい」
その夜。
子どもたちの着替えを手伝い、寝かしつける。
「院長先生、おやすみ」
「ジンお兄ちゃん、おやすみなさい!」
「フィーネお姉ちゃん、おやすみー!」
満足そうに眠りにつく子どもたちの寝顔を見届け、そっと部屋を後にする。
「今日もみんな元気そうでよかった」
「ええ。ここで働くようになってから、みんなの成長を見守るのが楽しいです」
フィーネと並んで、夜の風を感じながら、二人で並んで歩く。
月明かりの下、フィーネが僕の袖をちょこんと引いた。
「……ねえ、ジン」
「なんです?」
「今日も一日、おつかれさま」
そう言って、フィーネはそっと僕に抱きついてきた。
ふわりと漂う彼女の甘い香り。
「……フィーネ?」
「ジンと一緒にいられて、すごく幸せです」
僕の胸に頬をすり寄せる彼女の姿が、あまりにも愛おしくて。
「僕もです」
そっとフィーネの顎を持ち上げて、柔らかな唇にキスを落とした。
「っ……、もう……!」
驚いたように頬を赤らめるフィーネが、恥ずかしそうに僕の胸を叩く。
「不意打ちは、ずるいです」
「じゃあ、次からは確認しましょう。キスしてもいいですか、フィーネ」
「駄目です」
ぷくっと頬を膨らませるフィーネの髪を撫でながら、もう一度そっと唇を重ねる。
「駄目って言いましたよね」
「聞こえませんでした」
僕の胸に寄りかかって、フィーネがぽつりとつぶやく。
「ねぇ、ジン。貴方と入れ替わることもなく、ただの貴族のフィーネのままだったら、こんなふうにたくさんの人と笑い合う未来はなかったと思うんです。あの日、貴方と入れ替わったのはきっと運命なのね」
「確かに、あの日あの瞬間、フィーネと入れ替わったことで、今の僕たちがいるんだ。あの出来事がなければ、僕は学園の誰とも関わらず卒業していたと思う。大変だったけれど、あの日入れ替わったのは運命だ」
手を重ねて、額を合わせる。
「私は貴方と今の道を歩めて、幸せだと思います。ありがとう、ジン」
「僕もです。フィーネ。これからも、ずっと一緒に歩いてください」
fine
最後までお付き合いいただきありがとうございました!
次回作 ギリシア神話のコメディ小説準備中です。
神様の話でもお会いできましたら幸いです。




