10 乙女ゲームの主人公だと名乗るアオイさんが僕に話しかけてきた。
フィーネさんと入れ替わってから二日目の放課後。
僕とフィーネさんは図書室にいた。
入れ替わりの原因を探るためだ。
医学か、それとも物理学。
せめて何が原因で入れ替わりが起こるのか、きっかけを掴みたい。
「僕は医学書を探してみます」
「では、私は物理学を調べましょう」
抱えるのも一苦労な分厚い本を棚から抜いて、窓際のボックス席に移動する。
「うーん。私たち、階段から落ちた日より前に、これといって接触はなかったでしょう?」
「そうなんだよね。ぶつかるだけで入れ替わってしまうなら舞踏会なんて、そこかしこで入れ替わりばかりになるだろ?」
「年齢性別身分も関係なく入れ替わる舞踏会は見たくないですね……」
おじいさんに入ってしまう子どもとか、メイドに入ってしまう公爵とか。
そう考えると入れ替わったのがクラスメートのフィーネさんで、まだよかったのかな?
集中して本をめくっていたが、ふと気がついた。
他の生徒たちがこちらをチラチラと見ている。
……そんなに珍しい光景だろうか?
僕は普段目立たないし、図書室で勉強していて人に見られたことなんてない。
けれど今はフィーネさんの姿だ。
そういえば、入学して一年、フィーネさんを図書室で見かけたことがないや。
普段ここで勉強しない人が来たらそりゃ目立つか。
そんなことを考えていると、突然、目の前に黒髪の少女が現れた。
青メッシュの入った黒髪を耳のあたりでツインテールにしている。
この子はアオイ・サイオンジ。
昨日、二年一組に編入してきた男爵令嬢だ。
「わたし、もともとは平民だったけれど、実は男爵様の庶子だったそうでこの学校に通うことになったんだ」と本人が自己紹介で言っていた。
そのアオイさんが、フィーネさんになんの用だろう。
アオイさんはおもむろに口を開く。
「ねぇねぇ、フィーネさん。もしかして、あなたも転生者なの?」
僕は思わず目を瞬かせる。
「…………テンセイシャって、なに? 学者みたいな、何かの職業の名前?」
「えっ、違うの? じゃあ、あなたは本当の本当にフィーネ・エンデバーなの?」
フィーネさんと出会って二日しか経っていないのに、ここにいるのが本来のフィーネさんと気付けるものかな。
一年一緒にいたクラスメートですら「フィーネさんって本当は優しいお方ですのね」という反応だったのに。
「あの……。なぜフィーネ本人じゃないと思ったのか、聞いてもいい?」
問いかけると、アオイさんは確信したように強く頷いてまくし立てる。
「本来伯爵令嬢フィーネ・エンデバーは、この乙女ゲーム『野花の乙女は永遠の恋を探す』略してノハコイの主人公である私に対抗心燃やして、テストのたびに勝負を仕掛けてくるキャラなの。それなのに、あなたは全然わたしに絡んでこない。しかもチェリーちゃんの迷子イベントって本来ならフィーネさんがチェリーちゃんを泣かせる展開なの。それがまるで保育士みたいに子どもの扱いに長けていて懐かれて一緒にご飯を食べる展開になるとかもう、チェリーちゃん尊すぎてけしからん、コントローラーがあったら迷わずスクショボタン押してたわ」
アオイさんはどこで息継ぎをしているのか。早口すぎて途中から何を言っているのか聞き取れなかった。
滝のような勢いってこういうのを言うのかな。滝を見たことないけど。
「ええと、要約すると、つまりここは何らかの物語の中で、アオイさんは主人公。フィーネはライバル。本来と違う行動を取っているから怪しんだ。ということで合っている?」
「そうそれ! 頭いいのねあなた。やっぱり、あなたはフィーネさん本人じゃないのね。話し方もゲームのシナリオと全然違うし。それにこのゲームをプレイしたことのある人でもない」
転生というのは理解の範疇を超えているけれど、この人は僕がフィーネさんじゃないと気付いた。
もしかしたら力になってくれるかもしれない。
人差し指を口元に当てて、静かに、の合図をする。
「ここは他の生徒もいるから、談話室で話そう。談話室借りてきてくれないかな」
急いで棚に本を戻し、フィーネさんにも声をかけた。
さっきのアオイさんのことをかいつまんで説明する。
「まあ。会って二日で私たちの違いに気づくなんて。確かにアオイさんの話を聞く価値はありそうですね」
二人で談話室に行くと、アオイさんは僕(中身はフィーネさん)が一緒にいることに驚いた。
「あれ、なんでジンくんも一緒?」
他に人の目がないから、僕は素直に話す。
「ええと、僕はジンです。階段から落ちたとき、なぜかフィーネさんと入れ替わってしまったんです」
「そして私はフィーネ・エンデバーです。入れ替わってしまった原因がわからなくて調べていたのです」
正直に説明すると、アオイさんは興味津々といった様子で身を乗り出し、顔を輝かせた。
「えっ、入れ替わり!? そんな美味しい展開、ゲームにないんだけど!! っていうか、フィーネさんの中にジンくん!? 名ありモブのジンくん??」
「名ありモブって何……?」
謎の単語が飛び出してきた。
「いやー、攻略キャラじゃないけど、奨学生で学年五位以内の優等生って設定があるから、名前だけは出てくるんだよね。立ち絵もないシルエットのみの存在でさ。でも、それがまさかの入れ替わりで 俺様敬語メガネ キャラになっちゃうなんて……! 美味しい、超推せるリアルジンくん」
アオイさんは頬を染めて、恍惚とした表情を浮かべた。
「敬語なのに我が強い俺様…… 鬼畜で俺様な敬語眼鏡 って最強じゃない!? わたしが一番推すタイプ! こんなの推さない理由がないでしょ!! はぁー! ジンくんのキャラボ誰だろ。優しい声に定評のある星壮二郎様に似ている気がするけど、神矢広様にも聞こえる」
「ええと、あの? キャラボって、なに?」
入れ替わったのを信じてくれるのはありがたいけれど、これまでに出会ったことのないタイプの人で、キラキラ圧が強い。
僕が一言話すと十倍の熱量になって返ってくる。
「くっ……こんな属性持ちが攻略キャラじゃないなんて! いや、もしかしてわたしが死んだあとアプデでジンくんが実装されたの?」
「よくわからないけれど、アオイさんはこの世界の未来を知っている……ような感じなんだよね。僕たちの入れ替わりを解決する方法、知らないかな」
期待を込めて聞いてみたけれど、アオイさんは首を横に振る。
「そもそも、入れ替わりイベント自体このゲームに出てこないもの。完全なイレギュラーね」
「そうですか。なら、地道に探すしかないですね」
フィーネさんは椅子の背もたれによりかかり、人差し指でメガネを押し上げて笑う。
僕なら絶対しない、絶対的な王者みたいな笑い方だ。皮が同じなのに中身が違うだけでこんなに表情が変わるものなのか、感心してしまう。
アオイさんはイベントを知らないとは言ったものの、「でも」と前おいて付け足す。
「でも、入れ替わりもののアニメやドラマのテンプレってのがあるわ。テンプレになぞるなら、もう一度階段から落ちれば元に戻るわ」
「もう一度階段から落ちるって、下手したら死ぬやつじゃ……」
今回は入れ替わるだけで済んだけれど、打ちどころが悪ければ即死だ。
そんな危険な賭けに出るのは怖い。
「他にも色々入れ替わりもののテンプレ事項はあるから、明日から試してみましょ! ノハコイの箱推しオタとして、全力で協力するわ! わたしはノハコイのどのカップリングも推してるから、フィーネさんがもとに戻ったあかつきには気になっている男子について話を聞きたくって。恋愛当事者のフィーネさんとコイバナできるなんて夢のようだわ! 今回ジンくんの聖母ムーブで、ディオン様、ハルトやアルフだけじゃなく他の男性の恋の矢印がフィーネさんに向いているんだもん。これはゲームと違う恋愛イベントが見られるチャンス」
アオイは鼻息荒く怒涛の勢いで喋る。
頼もしいけれど、アオイさんに頼っていいものか、心配になった。




